Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その16

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第14章 ヒトの行動 その16

 
ヒトについての行動生態学の実践的応用.現在すぐに役立ち始めている分野として本書では進化医学が紹介されている.
  

進化医学
  • ほかの特徴と同じく,すべての個体の健康状態は進化史の産物であり,それが現在の環境と相互作用する中で形成される.一部の学者は病原体の行動や私たちの病原体への応答がどのように進化したのかを考察することで,多くの疾病,病理,症状によりうまく対処できると考えている.実際に適応主義者の考察は,喘息,アレルギー,熱,咳などの症状に対する医者のアプローチの一部に影響を与えている.また生活史における個体維持と繁殖のトレードオフへの考察は,ホルモン感受性の癌や非感染性疾病のリスクを抑えようとする公衆衛生の取り組みを改善している.
  • 実際に,進化医学(あるいはダーウィニアン医学とも呼ばれる)の成果には目をみはるものがあり,一部の医科大学では学生にこの分野の単位をとるように要求している.ここでは2つのトピックのみ概説する.それは肥満と自閉症だ.

 
進化医学はなかなか面白い分野だが,日本ではまだまだあまり知られていない分野だと思われる.おそらく進化心理学よりさらに知られていないだろう.しかしここの記述によるとアメリカの一部の医科大学では必修単位化が始まっているようだ.誠に喜ばしい.日本ではどうなっているのだろうか.
ここでは典型的な現代環境とのミスマッチ現象としての「肥満」がまず取り上げられている.
 

肥満
  • 肥満は多くの先進国で蔓延している.2017年のCDCのレポートではアメリカ人のおとなの1/3,子どもの1/6が肥満とされている.肥満になると糖尿病,心臓疾患,高血圧やその他の疾病のリスクが上がる.
  • この肥満の蔓延に対しては3つの仮説が提唱されている.
  • (1)倹約遺伝子仮説:第1の仮説は進化環境では過食は追加的なカロリーを確保できるという点で有利であり正の淘汰を受けたが,今日では適応的でなくなったというものだ.倹約遺伝子仮説によると,倹約遺伝子は過食から効率的に脂肪を蓄えることを可能にし,しばしば生じる飢饉の際に(ちょうど冬眠する動物のような)利点をもたらしたことになる.
  • しかしながら最近の遺伝子リサーチはこの仮説を検証するのに失敗している.肥満に関係する遺伝子は千を越え,これらが飢饉の際の淘汰産物とは考えにくいし,これらの関連遺伝子にはヒト以外の霊長類にも見られるが,それらに肥満を引き起こすようにはみえないのだ.

 
この部分はやや分かりにくい.多くの量的な表現型はきわめて多数の小さな効果を持つ遺伝子が関与していることが普通だ.これはヒトに限らず,多くの生物で見られる.だから多くの遺伝子が関与しているからといって飢餓の際の淘汰産物ではないという論理には納得感がないように感じられる.近縁種の比較の議論も,近縁種を新奇環境にして飽食できるようにしても肥満にならないかどうかかが問題であるが,そこについてのはっきりしたコメントがなくややもやもやするところだ.
 

  • (2)間接淘汰仮説:もし肥満が適応的でないとしたら,それは非適応的なのだが別の特徴(褐色脂肪組織の過剰カロリーを燃やす能力)への淘汰の副産物なのかもしれない.褐色脂肪組織は哺乳類特有の組織で熱産生に関連する.この間接淘汰仮説によると褐色脂肪組織は異なる熱環境への適応により個人間で多様性があり,一部の個人のみがうまく過剰カロリーを燃やすことができることを説明できる.
  • しかしながら肥満に関連する遺伝子は褐色脂肪組織の機能と関連していないようにみえる.そして褐色脂肪組織の機能に関連する遺伝子をノックアウトしたマウスにハイカロリーの餌を与えても肥満になることはなかった.

 

  • (3)遺伝的浮動仮説:適応的でも非適応的でもなく,肥満関連遺伝子は単なる遺伝的浮動の結果なのかもしれない.遺伝的浮動仮説によるとほとんどの肥満関連遺伝子は適応度的に中立で,浮動により私たちの遺伝子プールに存在することになる.この説では一部の人々が肥満になりやすく,一部の人々が肥満になりにくいことを説明できる.またほとんどの肥満遺伝子に淘汰圧がかかった形跡がないこととも符合する.
  • しかしながら淘汰圧の証拠が無いことは浮動の結果であることを必ずしも意味しない.それはさらなるリサーチの必要性を示しているのだ.

 

  • 重要なことはこれらの仮説のどれにも強い証拠が無いことが進化的なアプローチを否定する根拠にはならないことだ.私たちは肥満の進化的な意味を知るためにもっとリサーチすべきなのだ.いずれにしても,私たちの砂糖や脂肪への好みは,それらが進化的に見て稀で貴重な栄養源であったことから説明でき,それは今日の肥満問題と関連する私たちの食べ物への思考の基礎にあるのだから.

 
引き続きリサーチが必要だというのはその通りだろう.しかし私の感覚では(より広義に多数の遺伝子について淘汰がかかったとする)倹約遺伝子仮説が最も有望だと思う.