From Darwin to Derrida その128

 
 

第11章 正しき理由のために戦う その22

 
ヘイグによる目的因の擁護,ここで意味論に踏み込む.文字テキストを例にとって科学は最小アイデアを組み合わせて簡潔で明瞭な意味を作り出すという主張を行った.ここから自然淘汰プロセスによる進化の場合の議論に進む.

 

目的ダイナミクス

 

非決定的な世界において,自然の因果は創造的な要素だ.そして科学は,因果を無限にさかのぼるのではなく,興味の対象である結果についてのオリジナルな原因に関心があるのだ.

ロナルド・フィッシャー

https://digital.library.adelaide.edu.au/dspace/bitstream/2440/15119/1/121.pdf

 
冒頭の引用はフィッシャーの論文「Indeterminism and Natural Selection」からのもの.因果と決定論を扱ったもののようだ.
 

  • 接合子の運命を考えてみよう.接合子は厳しい精子間の競争をくぐり向けた精子と卵からなる.彼等の運命は遺伝子間の相互作用,そして遺伝子と環境の相互作用によって展開していく.多くは偶然や必然性により倒れ,そして成熟まで生き残ったものが,100,あるいは60,あるいは30の子孫を残す.時にアレルの違いがこの子孫の数の違いの原因となる.そして,刮目して見よ(And, lo and behold,),子ども,孫,あるいはそれ以降の世代の遺伝子(複数形)はその前の世代の遺伝子(複数形)のバイアスを受けたサンプルになるのだ.物語は,マイナーな変異や突然変異とともに,無限に繰り返され,そして確実に新しいものが生まれてくる.

 
lo and beholdというのは驚きの結果の前口上として使われる成句だが,ここでは驚きの結果というわけでもないので,ちょっとおどけた表現かもしれない.もともとはLook and Seeのような意味の古表現なので,こう訳してみた.全体としては適応度の高いアレルが確率的に頻度を上げていくという自然淘汰の本質が提示されている.
 

  • この進化的たとえ話は,より細かな詳細と過去へのより深い再帰の因果的説明とともに無限に続けられる.すべての個体,すべての突然変異,すべてのキアズマ,すべての配偶相手の選択,すべての配偶子の接合,そして生じなかったすべてのことについて因果的説明がある.しかし実際にこの物語を語ることはできない.それは情報の不足,カオスダイナミズム,計算複雑性のためだ.そしてもし語られたとしてもその物語は理解不能になるだろう.物語を語るなら,お話を単純化し,いくつかのものに焦点を合わせ,残りは未解決のままにしなければならない.

 
ここで話がフィッシャーの引用の部分に関連する.ある現象を完全に説明しようとすると光円錐内のビッグバン以降の全ての素粒子の確率論的振るまいを記述しなければならなくなるが,そもそも何を知りたかったのかにより焦点を絞らなければ(ヒトの認知能力では)理解できなくなるということだ.
 

  • 衒学者は,「圧力」というのは作用因にはなりえない(個別の分子のみが真の原因だ)から物理学的説明から排除すべきだと主張するかもしれない.そかしそれはObfuscation(難解で意味不明にすること)として却下できる.適切なレベルの問題については「圧力」は完璧に適切な説明を提供できる.そして実際問題として得ることができない「すべての分子の衝突の記述」に比べてはるかに有用だ.
  • 同様にダーウィニズムの目的因は作用因として基礎づけることができる.そしてそれは完璧な,ある種の生物学的な問題においては不可欠な説明なのだ.「淘汰圧」は,気体の圧力が多数の分子の動きを要約できるのと同じく,多数の繁殖の結果を要約できる.ダーウィニズムは,熱力学と同じく統計的な理論であり,すべての詳細を追うわけではないのだ.

 
ここが本章の核心ということになるだろう.適応進化プロセスに興味があるなら,それは目的因を用いて記述することが一番適切になるということだ.
 

  • 最近の意味論的な業績はダーウィン的情報の概念の上に展開されている.(アダミほか)

 
いくつか論文が参照されている.なかなか難解そうだ.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/bies.10192

https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.97.9.4463

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1420-9101.2008.01647.x

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

  • 類似した表現型には,共通祖先からの共有形質と同じ淘汰環境からの収斂が含まれるが,概念的には異なる.違いを選ぶのではなく,私はここで(ここまで議論してきた中から)選択した結論のサブセットを統合する.
  • 意味論的情報は淘汰を通じて環境から得られ,その環境を指し示している.それは過去うまく働いたという意味で後ろ向きの,将来うまく働くだろうという意味で前向きの機能的意味を持つ.すべてを壊していくエントロピー的力の中で情報が永続するためには複製が必要なのだ.

 
そしてここが本章の要約ということになる.遺伝子には情報が書き込まれているが,それは過去うまく働いたという環境という意味と,将来もうまく働くだろうという機能という意味の両方を含んでいる.そしてこれが永続するには淘汰プロセスが必要だということになるのだろう.