From Darwin to Derrida その166

 
ヘイグは意味を論じるにあたって,まずリボザイムとリボスイッチの仕組みを説明し,リボスイッチはそのRNA状の遺伝子の発現についての複雑な制御を行うものがあることを示した.ここから「サインの恣意性」の議論に進む.冒頭にはソシュールが登場する.
 

第13章 意味の起源について その5

 

リボザイムとリボスイッチ その4

  

  • ソシュール言語学の中核はサインの恣意性,つまりシニフィアンとシニフィエの連合に必然性がないことにある.

 
参照されているのはソシュールの「一般言語学講義」になる

 

  • 分子生物学におけるパラレルな概念はアロステリック効果(allostery)と呼ばれ,マクロ分子のある結合部位の結合が別の部位の機能的変化を生じさせることを指す.アロステリック効果は,リガンドと反応の連合を生理化学的に自由にし,進化を化学の3次元的制約から解き放つ.モノーとシャンジーとヤコブの魅力的な結論はここに引用するに値する.
  • 制御性のアロステリックタンパクは,淘汰エンジニアリングのための特別なプロダクトと考えられる.これにより(そうでなければ相互作用しない)代謝産物間の間接的な正および負の相互作用が可能になり,特定の反応を本来関係のない化合物に制御させることができる.
  • これにより,我々はそれにより細胞や個体が生存可能になるような生理的に有用な制御作用が,適切なアロステリックタンパクの選択を通じ,どのように成立したのかを理解できる.それは特定のタンパク質を単に触媒や運搬に用いるのではなく,化学的シグナルの受信者や送信者として用いることにより,それなしでは得られない化学的な制約からの自由を得たのだ.そしてそれにより自然淘汰は生命体の驚異的に複雑な回路を発達させ相互連絡させることができたのだ.

 
分子生物学における「サインの恣意性」の最も有名な例は遺伝暗号で,アミノ酸とDNAやRNAの塩基配列の間に化学的な必然性はない.ここでヘイグが取り上げているリボスイッチの制御信号の恣意性はさらに深いもので,これにより柔軟な発現制御が進化可能になっている.確かにモノーたちの論文の引用部分はそれを雄弁に語っているといえるだろう.
なお引用されている論文は以下の通り
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

  • リボスイッチの文脈では,アプタマーの発現プラットフォームへの配座的カプリング(conformational coupling)はシグナルと反応の物理化学的な恣意的カプリングを可能にした.アロステリック効果はアプタマーと発現プラットフォームについての進化的にうまく働く組み合わせを可能にした.

 
配座的カプリングとは分子の3次元的な構造に基づく結合を指している.アプタマーとリガンドの結合はこの分子の高次構造に基づくもので恣意性はない.しかしリボスイッチとして自らの遺伝子の発現を制御する際には,この結合をキーにして自由に論理演算を含む様々に複雑な制御を行うことができる.これは進化的には極めて重要な仕組みだというわけだ.
 

  • GlcN6PはmRNAの切断について物理化学的に必須だったわけではない.それはわずか3塩基が変異したリボザイムがGlcN6Pなしで切断を行うことからわかる.またglmSリボスイッチがGlcN6Pの合成と関係のない機能を持つmRNAに存在できない物理化学的理由もない.glmSリボスイッチは,例えばthiM mRNAのTPPリボスイッチの代わりにGlcN6Pの有無によりチアミンの合成を制御することもできる.しかしそのようなGlcN6Pなしで切断を行うリボザイムも,GlcN6Pがあるときにチアミンの合成を阻害するmRNAも適応的な「センス」がない(neither a ribozyme ・・・, nor an mRNA ・・・, makes adaptive “sense.”)のだ.

 

  • 進化的なタイムスケールにおいては,その時々の生物学的解釈者の機能における情報的な入力と意味のあるアウトプットの因果的な連結は,アロステリックに恣意的であり適応的に有用だ.形態のシフトが「センス」を作る(makes sense:意味がある)のだ.

 
分子の高次構造に基づく結合だけでは,恣意性がなく柔軟な制御にはつながらない.リボスイッチの仕組みによる恣意性のある制御構造の中では,様々な制御方式の中から(淘汰により)最も有用なものだけを選び出すことができる.それは淘汰による解釈者の意味の創造だということになるのだろう.