From Darwin to Derrida その167

 
ヘイグは意味を論じるにあたって,まずリボザイムとリボスイッチの仕組みを説明した.そしてリボスイッチはそのRNA状の遺伝子の発現についての複雑な制御を行うものがあることを示し,これはリガンドとの分子の高次構造に基づく結合に限定されずに「意味」を作り出したと見ることができると論じた.ここから遺伝暗号の組み合わせの数(その膨大さ)とそしてそこからどのように意味ある構造の進化が可能なのかが議論される.
 

第13章 意味の起源について その6

 

超天文学数について

 

  • RNAやDNAの塩基がnからn+1に増えるたびに可能な配列の数は4倍になる.アミノ酸が1つ増えるたびに可能なプリペプチドは20倍になる.nビットの配列は2のn乗の異なるメッセージを送れる.有用なベンチマークとして述べておくと300ビットの配列の数は宇宙の全素粒子の数と同じぐらいになる.すると150ヌクレオチドのRNAや70アミノ酸のタンパク質は同じ程度配列数を持つことになる.

 
この組み合わせの場合の数が極めて大きなものになるというのは遺伝暗号に限られず,普遍的な現象だ.この手の議論で私が思い出すのはドーキンスの「盲目の時計職人」にあるバイオモルフの遺伝的空間の議論とデネットの「ダーウィンの危険な思想」によるメンデル図書館の議論だ.そしてこのデネット本はすぐあとに参照される.
 

 

  • ほとんどのmRNAは150ヌクレオチドより長いし,ほとんどのタンパク質は70アミノ酸より長い.例えばヒトのIGF1R遺伝子のmRNAは7000ヌクレオチド以上あり,1000アミノ酸以上あるタンパク質をコードしている.対応するDNAはイントロンを含むと316000ヌクレオチドある.これらの可能配列数は超天文学数(hyperastronomic)あるいはヴァスト(Vast*1)といえる.しかしヒトのゲノムは万単位のタンパク質コード遺伝子を持ち,それが海図のないノンコーディング領域の大海のなかの島のように浮かんでいる.知りうる全宇宙においてそのごくごく一部のRNA配列やタンパク質が見つかっているに過ぎない.この超天文学的空間は(超天文学的空間を探索するのと無限空間を探索するのに実務的には違いがないという意味で)「事実上無限」だ.そのような空間を網羅的に調べることはできない.

 
hyperastronomicの参照元はクインによるこの本だ.どうやら哲学の辞書という風体の本らしい.

そしてVastの参照元は先ほどのデネットの本


 

  • 可能なRNAやDNAの配列数は長くなるとすぐに超天文学数になるが,このような超天文学数は自然淘汰による進化の領域には実在しない.これまで実在した配列は確かに多いが,せいぜい地球規模だ.遺伝情報の小片が深い過去から送られてくるには,生と死の違いを何度も作り出さなければならない.それは単一の突然変異から集団に広がらなければならないし,そこから浮動や新しい変異に対抗して残らなければならない.残る配列は違いを作ってきた歴史的プロセスの産物なのだ.

 
そしてこのような超天文学数的な可能性の中から,自然淘汰はその極く限られた一部のみを実現させることになる
 

  • ある特定のリガンドのためのアプタマーを作る方法が1通りしかないのなら,100ヌクレオチドのアプタマー(これより長いアプタマーも短いアプタマーもある)はこの惑星時間において自然淘汰では達成できないだろう.しかし1012オーダーの30~200ヌクレオチド程度のランダムなRNA配列プールの中からある選ばれた化学活性を見つけることはそれほど難しくはない.これは,似たような特徴を持つアプタマーが多数存在可能であること,そして全てのヌクレオチドが機能により制限されているわけではないことを意味している.とはいえ,極めて選択性の高い既存のアプタマーがその形態で突然出現したということはありそうもない.早い時期のアプタマーのリガンドに対する不完全な適合性は,すでにある機能的配列に「近接」するランダムな突然変異の上にかかる自然淘汰による洗練を受けただろう.

 
これも進化の説明にはよくある説明だ.最初から最適応的な最終形が選ばれるわけではなく,適応地形を少しずつ登っていく中で,改良が累積する.そしてアプタマーとリガンドの結合はそういう形で改良を累積していけるようなものだということだ.この最後のについてはこの論文が参照されている.
www.ncbi.nlm.nih.gov


  • 数千配列の機能的RNAはどのように進化したのだろうか.ありそうなのは,自然淘汰は,まずより短い機能的配列を発見し,これらを組み替えながら長くし,より洗練された機能を持つ配列にしていったというシナリオだ.

 
ここで参照されている論文はこれだ.論文誌は「Entropy」という名前だ.
www.mdpi.com

 

  • 2nの長さのランダム配列プールからの新奇機能の淘汰的探索の問題は,すでに長さnについての機能的配列が得られており,それを組み換えることができるなら遥かに容易になる.組み替えによるイノベーションの例としては,古いアプタマーを組み合わせて新しいプラットフォームにすること,単純なりボス一致を連結して複雑な計算デバイスを作ることなどが知られている.そのようなすでにある道具を使った進化的な間に合わせ仕事は,複雑な構造の中の階層的なモジュラー組織という跡を残している.このような過程によりリボスイッチは進化的に組み合わされ,広い範囲のデジタルおよびアナログ計算を行う複雑な回路となったのだ.

 
そして適応地形を登っていくにつれて論理計算もできるスイッチが進化するというわけだ.

*1:大文字になっているので超天文学的な大きさを表すデネットの造語なのだろう