From Darwin to Derrida その171

 

第13章 意味の起源について その9

 
ヘイグの意味についての論考.エリオットの詩を引用しながらタイムスケールの問題が考察される.リボスイッチの配列はナノセカンド単位で配座を変え,それは数十億年スケールの進化を引き起こす基礎となる.それらはいずれもヒトの認知できるタイムスケールの外側にある.
 

どのように時間が経過するか その2

 

  • 短いタイムスケールの変化と長いタイムスケールの変化を区別しようとする視点から考える場合,何が「短いタイムスケールか」は個人的な好みによることになる.心理学者は個別の行動を短いと,個人の成長を長いとみなす.しかしベルグストロムとロズヴァルは個人の成長を短いと,世代間の遺伝的継承を長いと見る.

 
何を「短い」とするかは個人的な好み(personal predilection)によると書いているが,扱っている問題によるということだろう.引かれているベルグストロムとロズヴァルトの論文は生物学哲学の雑誌に掲載されているもので,生物学者が情報,コードなどという用語を使うときの問題を扱っているようだ.
link.springer.com

 

  • 進化生物学においては,タイムスケールの分離は,遺伝子頻度の平衡動態(短いタイムスケールの進化)においては新しい突然変異の出現を無視し,より長い期間における表現型の進化は突然変異の流入により進む(長いタイムスケールの進化)と考えることに現れている.(Eshel 1996; Hammerstein 1996) 生理学者にとっては短いタイムスケールの進化はあまりにもゆっくりなので実験において無視できるが,古生物学者にとっては短いタイムスケールの進化は進化系統を考える上で速く進みすぎることになる.

 
突然変異の出現を入れ込んで考察するかどうかはある意味タイムスケールの問題ということになるだろう.例えばプライスの方程式からは適応的形質の進化速度は(遺伝的形質と適応度の共分散により決まり)集団規模に依存しないことになるが,突然変異の出現を入れ込んだ集団遺伝学の議論からは適応的形質の進化速度は集団規模に依存することになる.なおここで参照されている論文は以下の通り
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov


 

  • 昔々(Once upon a time),ソシュール学派の構造言語学は同時性の共時軸(a synchronic axis of simultaneity)と継続性の通時軸(a diachronic axis of succession)を区別した.共時軸は「共存する物事同時の関係で,時間の観念は無視する」ものであり,通時軸は「言語の時間的変化に関連する」ものだ.「全ては共時的で,それは私たちの科学の静的様相に関連する.そして進化に関連する全ては通時的だ」(ソシュール1986) ソシュールにとって共時性は時間の外側にある非歴史的構造であり,通時性は歴史的変化の時間軸なのだ.

 
ここで(デリダに続いて)いきなりソシュールが登場する.進化生物学者が言語学者について議論するときにはチョムスキーとその批判者たちが登場することが多いので,ソシュールの登場は意外だ.私は読んだことはないが,なかなか難しそうな議論だ.なぜ「昔々(Once upon a time)」という前置きをおくのだろうか.ソシュールの議論はアウトオブデートだが,ここでは敢えて取り上げるという意味なのだろうか.
ここでのソシュールの参照元は「Cours de linguistique générale(一般言語学講義)」でオリジナルのフランス語版と英語版の両方が示されている.

邦訳書としては2016年に新訳が出ているようだ 
そしてここからヘイグによる(タイムスケールから考察した)ソシュールの共時性の解釈となる.
 

  • 全ては時間とともに生じる.私は共時性についての2つの有益な解釈を見つけた.
  • 簡単な方の解釈は,共時性は通時性より速いタイムスケールで生じるものだとするものだ.この解釈によるとソシュールは今ここで起こっている言語使用変化の共時軸を,過去にどこかで生じた言語進化の通時軸から区別したということになる.これはマイア(1961)による至近的説明と究極的説明の区別,ベルグストロムとロスヴァル(2011)の発生の垂直軸と遺伝的変化の垂直軸の区別に似ている.この見方によると,生物学的解釈者による情報入力と意味出力の因果的連結は,マイアの至近因やソシュールの共時軸に似た構造的メカニズムとも,マイアの究極因やソシュールの通時軸に似た進化的歴史の機能的生産物とも理解できることになる.
  • 2つ目の解釈は,共時制は,通時性より速いタイムスケールと通時性より遅いタイムスケールの両方の変化を包含するとするものだ.この解釈によると通時的変化は同じものと違うものの相互作用により生じるのに対して,共時的現在は同じものの固定性(より遅いタイムスケールで変化する)と潜在的違い(より短いタイムスケールで変化する)の両方を含む.この見方によると,人間の歴史の通時的ドラマは,歴史よりゆっくり進む変化と,歴史より速く変化する実在論的現在を背景として描かれることになる.

 
なかなか難解だ.個人的には2つ目の解釈が興味深い.