第15回日本人間行動進化学会(HBESJ SAPPORO 2022)参加日誌 その4

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大会も二日目の午後となり,最終発表になる.
 

第二日目 その2

 

口頭発表 4
「共有現実」の社会的創発の認知・神経基盤 小倉有紀子

 

  • 共有現実とは世界の見方についての共通認識であり,ある社会では何が普通なのかについての認識,あるいは社会規範でもある.
  • では共有現実はどこから来るのか,外部から押し付けられることもあるが,人々の相互作用を経て創発することもある.
  • これは従来Ashパラダイム(外部の規範への服従)とSherifパラダイム(共有現実の創発)と呼ばれていた.
  • これを画面に映るドットの数を答えてもらうドット数タスクをペアで行ってもらい,被験者をfMRIにより神経的に調べた.
  • (結果の詳細の説明あり)2者間の相互作用により自動的に共有現実が生じることが示され,その際に特定脳領域が活性化することが示された.

 

ヒトはなぜ教えたがるのか:教示欲求の心理学的・行動遺伝学的構造 安藤寿康

 

  • 私は少し前よりヒトは進化適応として教えたがり,教わりたがるのだという Homo educans仮説を提唱し,進化教育学を標榜している.
  • ここでの「教える」(教示教育)とは「知識」を当該個体の観察学習だけでなく,互恵的な利他関係に基づき他個体の学習を促進させるような行動によって学習することをいう.他の活動でいえば食物分配に近い概念になる.

 

  • 本研究の内容は(1)教示欲求の構造を探る(1因子なのか多因子なのか)(2)教示欲求の個人差の由来を探る(行動遺伝学的取り組み)(3)教示欲求の心理学的特徴を探る(パーソナリティとの相関分析)になる.

 

  • <調査結果>
  • 調べる前は教示欲求gは1因子なのではと予想していた.しかし実際に調べてみると(3回の行動遺伝学的リサーチの詳細が別途説明される.千人単位の標本数を用いたもの)これは2因子に分解できることがわかった.
  • 2因子(ここでは支援欲求因子と啓蒙欲求因子と名付けている)のうち,支援欲求因子は「見返りなく教えてあげたい」という気持ちで,血縁者,知人,友人対象に強く出て(直接互恵的),女性的(共感的)であり,遺伝的な個人差があまりない.これは進化的に獲得された(ユニバーサル的)形質であると考えられる.
  • 啓蒙欲求因子は「自分がつかんだ大切な知識を若い者に伝えたい」という気持ちで,対象は広く(間接互恵的),男性的(システム的)であり,遺伝的な個人差がある.
  • ビッグ5との相関を調べると支援欲求因子は外向性,調和性と,啓蒙欲求因子は開放性と相関があった.

 

  • <考察>
  • 教示欲求は利他性と関連し,リサーチの結果はHomo educans仮説を支持するものといえる.
  • 2因子のうち支援欲求は直接互恵,血縁淘汰的,啓蒙欲求は間接互恵的な傾向がある.教育は全くの私的な営みではなく公的なものと捉えられる.
  • 支援欲求の個人差は環境要因で決まっている.これは進化的に古く安定しており,初等教育的なものではないかと考えている.
  • 啓蒙欲求の個人差は遺伝的要因も関わる.これは高等教育的なものではないかと考えている.
  • そして教育位相のイデオロギー対立(例:詰め込みvsゆとり)の根源は啓蒙欲求のところにあるのではないか.

 
Homo educans仮説の内容がどんどん深くなっていくようで興味深い.
Q&Aでは啓蒙欲求は自らの質の誇示欲求ではないかということが議論されていた.安藤は,確かにそのような利己的な部分もあるが,それだけではなく,「価値を伝えたい」という利他的な側面があるのだ,しかしご指摘については検討してみたいと答えていた.私的には「自分は利他的に知識を広めているのだ」ということ自体誇示的ではないか(そして本人が利己性に気づいていない方が説得力が高い)という感想だ.
 
以上でプレナリーの発表は終了.
 

諸連絡,若手発表賞授与

 
若手発表賞は以下の通り 今回は研究計画ポスターも受賞していた.
 

  • 口頭発表部門
  • 金恵璘 「社会情報は政治的偏見に基づくバイアスを低減できるか?」 
  • ポスター部門
  • 子安ひかり 「ネコにおける視覚的特徴を基にしたHomophilyの探索」
  • 米村朱由 「同種個体またはヒトパートナーによる不公平な報酬分配に対するウマの忌避反応の比較(研究計画)」

 
また来年の大会は会場設営と企画を分けた上で,大阪公立大学で開かれるそうだ.
 

会長挨拶 竹澤正哲

 

  • 会長と大会委員長をかねていろいろ大変でした.コロナがまた増えていてどれぐらいの人が来てくれるか心配していましたが,たくさんの人に北海道においでいただきました.ありがとうございます.
  • 本学会は国際大会HBESと合同で第1回を開いてから,今回で第15回となりました.当時ポスターで発表していた人たちが今も現役で発表しているし,片方で新しい人も入ってきている.若い人が参加してくれる良い研究コミュニティになっているなということを実感している.こういう形をつないでいき,長く続くようにがんばっていきたい.

 

  • これまでこの学会は最後に眞理子先生に(会長として)一言いただいてきました.今回もやはり眞理子先生に締めていただかないと落ち着きが悪いように感じます.眞理子先生,是非前会長として一言お願いします.

 

前会長挨拶 長谷川眞理子

 
(眞理子先生に締めていただかなくてはという声に)いやいやそんなことはないでしょうといいながらマイクを受け取り一言.
 

  • 今回は久しぶりに対面でやれました.事務局の皆様ご苦労様でした.皆様のおかげで多くの人と対面でやり取りでき,うれしい限りです.(ここでスタッフの皆様の紹介と拍手)
  • 私は今回この学会の理事でもなく,まったくの一参加者です.理事でなくなったのは会費を払い忘れていて資格がなかったためです.役員をやりたくなかったから滞納したのではとも言われましたが,そんなことはありません,単に忘れていただけです.
  • 本学会もかなり代替わりして若手が中心になりました.これはとてもいいことだと思います.学会というのは,基本ボランティア活動で,参加し研究を進めるものです.そしてそれを支える皆さんがいる.これからもいろんな形で参加したいと思います.
  • 今回は対面でやれて本当に良かった.今回このコロナ禍でオンラインの会議やミーティングがとても増え,オンラインでできることとできないことがよくわかってきました.特に相手の腹を探るようなミーティングはオンラインではできません.また何かにコミットするには対面でないと難しい.だから学会で本当に議論するならそれは対面の方が良い.しかし単に話を聞きたいというならそれはオンラインでもいいと思う.
  • あとオンラインでいいことは,インタビューなどをオンラインで受けた場合,次の依頼があっても簡単に断れるということがある.対面で会っているとなかなか断るのは難しくなる.これはコミットメントの違いが現れるのだと思う.
  • 今後はハイブリッドの良さを理解しながら,コミットしたいときには出てくるということだと思う.
  • 若い人がどんどん参加してくれるのはとてもうれしい.私もあと3ヶ月で学長任期が終わるので,そこからは研究に戻りたいと思っている.特に今進めている東京ティーンコホート研究に戻りたい.あの子たちももうすぐ20歳になる.成果をこの学会で発表できたらと思っている.
  • これからもどんどん盛り上がってください.ありがとうございました.

 
以上で本年のHBESJは終了となった.私からもここでスタッフの皆様に感謝申し上げたい.ありがとうございました.
 

<完>