War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その54

  

第7章 中世のブラックホール:カロリング辺境におけるヨーロッパ強国の勃興 その15

 
ターチンは本章でここまでフランク帝国のカロリング朝時代の4つの辺境に後のヨーロッパ列強につながる強国,つまり,スペイン,イングランド,フランス,ドイツ,オーストリアが興ってきたことを説明してきた.最後に冒頭の疑問に戻っている
 

なぜヨーロッパは再統一されなかったのか その1

 

  • さて本章の始めで提示した問題に戻ろう.なぜヨーロッパはカロリング帝国の後統一されなかったのか.
  • ジャレド・ダイアモンドはこの問題に対して「銃・病原菌・鉄」において複雑な海岸線による地理的分断を理由とした.彼はこう書いている「ヨーロッパには入り組んだ海岸線があり,5つの大きな半島がある.そこには異なる言語を話す異なるエスニックグループが存在した.ギリシア,イタリア,イベリア,デンマーク,ノルウェイ/スウェーデンだ.」ダイアモンドはヨーロッパと中国を対比する.「中国の海岸線はずっと単調だ.東アジアは地理的に単一であったために世界で最も長く続く帝国期を生み出した.秦は紀元前221年に中国を統一し,統一は現在まで継続している」

 
たしかにダイアモンドは「銃・病原菌・鉄」のエピローグにおいて「なぜ近世において中国はヨーロッパに後れを取ったのか」を問題にし,その前段で,中国の統一の継続とヨーロッパが中世以降統一されなかったことを対比している.
そしてその説明の最初で5つの半島を持ち出しているのは確かだが,そのすぐ後で,ヨーロッパにおけるアルプス,ピレネー,カルパチア,スカンジナビアの山脈の存在による民族や言語の分断の継続,黄河と揚子江とその間を結ぶ運河の存在(ラインやドナウはそこまでの規模の水運はなかった)による中心地域の形成なども理由としてあげている.この引用はかなり不誠実な印象だ.

 

  • しかしこの説明が正しいはずがない.海は両側を隔てる濠として機能するだけではない.それは統合のための道としても機能する.ローマ帝国はダイアモンドが挙げた5つのうち3つの半島,さらにブリテン島,アナトリア,地中海沿岸全域,そしてヨーロッパの半分を統一した.地中海は各地方を分断させたのではなく,ローマ帝国を1つの織物に編み込んだのだ.
  • 人々はむしろ山脈によって分断される.そして中国にはヨーロッパより多くの山脈がある.これに対してヨーロッパの平原はアキテーヌからドイツ,ポーランド,ウクライナ,ロシアまでつながっているのだ.この巨大な平原に重大な障壁はない.歴史はそこが危険で不安定な地形であることを示唆している.平原に置かれた数多くの首都が敵に征服されてきた.モスクワはモンゴルに征服され,ポーランドに占領され,タタールとナポレオンに焼かれ,1941年にはもう少しでナチスに侵略されるところだった.パリはナポレオン戦争の最後にロシアに占領され,その後ドイツに2度占領された.ベルリンは7年戦争時にロシアに焼かれ,1945年にも陥落した.しかし最もそれをよく示すのはポーランドの歴史だ.それは18世紀にプロイセン,ロシア,オーストリアに分割占領され,1939年にはドイツとソ連に分割占領された.ヨーロッパの平原がシャルルマーニュ以降統一されなかったのには地形以外の理由があるはずだ.

 
ヨーロッパの平原がフランス北部からロシアまでつながっているのはたしかで,歴史的にもモンゴル,ナポレオン,ナチスなどの大軍勢が東西に侵攻を繰り返している.しかしアルプス,ピレネー,カルパチアという山脈がないわけではない.そして中国の秦漢の統一帝国領域内では,たしかに四川盆地は山脈で隔てられており,南部にはいくつかの山地が広がっているが,華北から揚子江中下流域は平原でつながっている.このターチンの議論もやや誇張されたものという気がする.
ともあれターチンの議論は「統一されるかどうかは,地形でなく,アサビーヤの有無,辺境がどういう配置になったかで決まる」というものだ.ここからその説明が始まる.