Evolinguistics Symposium 「Concepts and Categories」 その1


 
昨年夏にいろいろ参加して面白かった新学術領域「共創的コミュニケーションのための言語進化学」が主催するEvolinguistics シンポジウムが10月29日に駒場で開かれたので参加してきた.
今回の講演者はシジュウカラのシグナルコールの研究で活躍中の進化生物学者の鈴木俊貴,「ことばと思考」の著者で言語学者の今井むつみに加えて,海外からハウザー,チョムスキーといろいろと話題になった「The Language Faculty: What is it, who has it, and how did it evolve?」を共著した認知科学者のフィッチ(W Tecumseh Fitch),意味論やアナロジーが専門の言語学者ゲントナー(Dedre Gentner)という豪華メンバーだ.
会場は東大駒場キャンパスのKOMCEE West.
 
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Opening Remarks & Introduction 藤田耕司

 
まずこの新学術領域のテーマ「階層構造と意図共有による共創的コミュニケーション」の意味を簡単に解説.
それからドゥ・ヴァールの新刊「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか(Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?)」にも触れて,ヒトと動物のコミュニケーションの比較の重要性を強調し,さらにチョムスキーの最近の考え「ヒトの言語は思考のための適応であり,コミュニケーションのためではない」を批判気味に紹介し,今日のテーマ「概念とカテゴリー」につなげる.一般的に動物にも概念はありそうだがカテゴリーはないのではないかと思われているが,そのあたりを考えていきたいという趣旨になる.
 

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?

Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?

 

Imagery in wild birds? Retrieval of visual information from referential alarm calls 鈴木俊貴

 

  • 私は鳥のコミュニケーションを研究している生態学者だ.
  • ヒトの言語においては外界のものについてカテゴリーを持ち,そのメンタルイメージを持つ.これが指示言語(reference language)だ.ヒトの言語発達過程を見ると2~8ヶ月では話し相手を見ているだけだが,9~12ヶ月で相手が見ているものをチェックするようになり,13~15ヶ月でメンタルイメージを持った指示(reference)を行うようになるとされているようだ.
  • このような指示コミュニケーションの進化についてはよくわかっていない.チンパンジーやボノボを研究するのは進化的な連続性や起源を調べることになる.これに対して系統的に離れた鳥を調べるのはその一般則を探る試みだと思っている.

 

  • 一般に動物のシグナルは動機的,感情的なものとされていた.ダーウィンも動物の信号を感情の発露と考えていたし,それはローレンツも同じだった.それでこれまではほとんどが送り手と受け手の2者間の関係だけが考察されていた.
  • それを変えたのはセイファースのヴェルヴェットモンキーにおける3種のアラームコールの発見だった.(動画による紹介あり)またこのコールの意味の完全な獲得には学習が必要であることもわかった(子どもはワシコールについてすべての大形の鳥を対象にするが,大人になると猛禽類だけに使うようになる)
  • これに触発されてこのような機能的指示=コールがほかの動物でも調べられた.その基準としては音として指示対象ごとに異なることと受信者がそれに異なる反応をすることが挙げられる.そして哺乳類で13種,鳥類で8種に見つかった.有名なのはワタリガラスやミーアキャットの事例だ.
  • ではこのようなアラームコールはヒトの指示言語と同じなのだろうか.これは激しい論争を巻き起こした.議論の焦点は認知メカニズム,概念,メンタルイメージを巡るものだった.

 

  • 私はこの中で特にメンタルイメージについて興味を持って調べている.
  • 日本のシジュウカラ(Japanese Tit)には一般的な捕食者警戒コールとはっきり異なるヘビに対する警戒コールがある.これはまず送信者側に「無害な動物」「一般的な捕食者」「ヘビ」というカテゴリーがあることを示している.
  • また受信者側もヘビコールには特異的に反応する.(巣の外で聴いたときには下を見る.巣内にいると飛び出す)これは機能的な指示(reference)といえる.(動画による説明あり)
  • ではメンタルイメージはあるのだろうか.fMRIで調べるのは難しいので以下のような実験を行うことにした.シジュウカラにアラームを聞かせ,その際にヘビではない棒っ切れを紐でヘビのように動かしてみせる.ここでアラームをヘビアラーム,一般捕食者アラーム,(関係ない)社会的コールの3種にして,それぞれヘビに対して行うようなチェック行動が見られるかどうかを見る.結果はそれぞれ11/12,1/12,2/12となった.
  • また単に新奇刺激に反応しているかどうかを見るために動きをヘビ的なものと振り子的なものに変えて比較する.ヘビアラーム下ではヘビ動きに10/12,振り子動きに1/12,一般捕食者アラーム下でそれぞれ0/12,0/12となった.
  • これはメンタルイメージを持っていることを示している.

 

  • 今後はこの発達過程について調べていきたい.

 
 

Q&A

 
Q:Japanese TitとGreat Titは異なるのか.(フィッチ)

A:とても近縁な2種だ.しかしヨーロッパのシジュウカラは私が見つけたヘビコールを持たない.録音を聞かせても反応しない.

 
Q:ほかのメンタルイメージはあるのか(今井)
 
A:私はこの鳥を15年観察しているが,見つけたのはヘビコールだけだ.
 
 
Q:これはコンセプトなのか.(今井)
 
A:私はそう思う.この辺は定義の問題.
 
 
Q:このヘビコールはガラガラヘビの音に似ているが,単にヘビに似ている音に反応しているのではないか
 
A:それは違うと思う.そもそもこのコールはこの地域のヘビ(アオダイショウ)の音に似ていない.そして実際にこのアオダイショウの出す音に似た別のコールがあって,それに対してはヘビへの反応を示さない.
 
 
シジュウカラのヘビ警戒コールが日本で発見された話は聞いていたので,発見者による動画付きの解説は大変楽しかった.ヘビの動きと振り子の動きを対比させてメンタルイメージの有無を調べるという話も興味深かった.
なお本発表では日本のシジュウカラJapanese Tit(Parus minor)とヨーロッパのシジュウカラGreat Tit(Parus major)は別種であるという立場に立って解説されていた.あとで調べてみるとかつてはこれは同一種とされていたが,2005年頃から別種とする見解が現れ,日本鳥類目録も2012年の改訂7版から別種とすることにしたようだ.確かにヨーロッパのシジュウカラは胸がクリーム色でかなり見た目が異なる印象がある

 
 

Abductive inference in symbol grounding and system construction in lexical acquisition 今井むつみ

 

  • 子どもの意味論の獲得を調べている.子どもに対してその単語の意味をその語を使って教えるのは無理だ.子どもは1つあるいは少数の例を用いて推測しているに違いない.それでどうやって語を使えるようになるのかはいわゆる「ガバガイ問題」で,インファレンス(Inference)によるのは論理的には不可能とされている.
  • そこで私はこれはアブダクションによっているのだと主張したい.
  • アブダクションの定義はパースが行っている.アブダクションは q, if p then q, so maybe p という形の推論形式であり,受け入れ可能な最も良い説明を探そうとする.
  • そして語の意味の推論にはアブダクションが必要だ.与えられた例や関連する情報を統合し,最もありそうな解釈を受け入れる.

 

  • そしてどのようなアブダクションを行っているのかを調べるためにいろいろ実験している.
  • まず子どもに対してあるものを「これはダックスだ」と教示し,次に形だけ同じもの,大きさだけ同じもの,色だけ同じもの,材質だけ同じものなどのいくつかの候補を示して,ダックスであるものはどれかを聞くという形で行う.
  • こういう実験を行うと子どもには強いシェイプバイアスがあることがわかる.ものの名詞については形から一般化するのだ.
  • しかし常に形が優先するわけではない.木材チップや米粒などを多数並べてある形にして示すと,その形より材質を優先させる.つまりソリッドなものについては形に,流動的なものについては材質にバイアスがあるのだ.そしてお人形のようなものには固有名詞バイアスがかかる.

 

  • では動詞の意味はどのようにアブダクションするのか.
  • これはイベントシーンの要素をマッピングする形で調べることができる.
  • 動きの意図は文法からある程度推定できる.例えば他動詞は動作主の意図を,受動態はエージェントの意図なく自然に生じたことを示す.
  • しかしそのような要素が複数あるので最後にはアブダクションが必要になる.項の数と格のどちらが重視されるかを見ると2歳児では項の数になるが3歳児から5歳児では格の種類が重視される.
  • 似た動詞の意味がどう違うかを理解するにもアブダクションが重要になる.アナロジーを理解するのにもアブダクションは使われる.
  • ある言語内での動作を動詞でどう切り分けるか.英語でcarryというところを中国語では持ち方により何種類もの動詞を使い分ける.これらの習得にもアブダクションが必要だ.

 

  • ではアブダクションの進化的な起源はどこにあるのだろうか.
  • チンパンジーは「記号→それが指し示すもの,色」を学習し理解することができる.
  • これは語の意味を獲得したといえるのだろうか.実はチンパンジーは「記号→指し示すもの」のタスクができるようになっても逆の「指し示すもの→記号」のタスクができるようにはならない.これはヒトの幼児とは対照的だ.
  • このような双方向の理解ができるかどうかについて多くの動物が調べられた.チンパンジーのほかハトやサルで調べられたがほとんどは失敗した.唯一(どうしてかはわからないが)アシカには成功例がある.
  • この双方向の理解は最も単純なアブダクションリーズニングであり,子どもはこれをアブダクションで獲得するのだ.

 

  • ではこれは言語獲得したからできるようになるのか,それともこれがあるから言語獲得できるのか
  • それを調べるために(獲得前の)8ヶ月児で,おもちゃの種類とその動きを何度も見せて,次に動きだけ見せそのあとでそのおもちゃの種類を魅せる.最初の学習時と組合せが異なると,ヒトの幼児はより見つめるが,チンパンジーではそういうことがない.
  • 結論としてヒトの幼児は様々な手がかりを統合し,アブダクションをしている.これはヒトのユニークな能力だと主張できる.

 

Q&A

 
Q:双方向理解はオウムができるという報告がある.(フィッチ)
 
A:なるほど.しかしでは何故チンパンジーができないのだろうか

→私は訓練の詳細が問題なのではないかと考えている.
 
言語学習にアブダクション形式の推論が用いられているというのは説得的だ.双方向性の理解の話も面白い.レファレンスが常に双方向的でないというのはその通りだろう.例えば私は英単語→日本語単語想起と日本語単語→英単語想起では多くの単語で前者の方が遙かに容易になる(話したり書いたりするより聞いたり読んだりしている方が圧倒的に多いからだろうが).これは名詞とその指し示すものでもおそらく微妙に生じているのではないだろうか.
 
今井の著書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/archive/2010/12/25

ことばと思考 (岩波新書)

ことばと思考 (岩波新書)

 
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Virtue Signaling その8


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その4

 
ミラーの論文,いよいよ本論に入ってくる.
 

ロマンティックな徳と道徳的徳

 

  • この性淘汰モデルは道徳哲学者たちにとっては最初奇妙に見えるだろう.アウグスティヌスからフロイトまで性は道徳の敵と見做されてきた.西洋思想は身体と精神,色欲と徳,罪人と聖人を対比してきた.
  • 進化生物学理論もこれまでは道徳を個人やグループの生存効率を高める戦略として理解しようとしてきた.

 

  • このような知的バイアスを克服するためには,道徳が実際の配偶選択の場面でどう働いているかをよく考えてみることが有用だろう.身体的魅力や社会的地位を別にするとどんな特徴がロマンティックな衝動の観点から最も魅力的だろうか.人々は寛容さ,優しさ,正直,勇気,社会的感受性,政治的理想主義,知的誠実性,子どもへの共感,両親へのリスペクト,友人への忠誠などのアセスメントをもとに恋に陥る.それらはしばしば世界の哲学や宗教で道徳的徳とされてきたものだ.これらは西洋キリスト教的伝統的徳目(信仰,希望,チャリティ,愛,親切,フェア,平等,謙虚,良心など)だけでなく,ニーチェのいう異教の徳目(リーダーシップ,勇気,強さ,忍耐,喜び,優雅さなど)にもあてはまる.

 
配偶相手の魅力については進化心理学の初期のリサーチがかなり詳しく調べている.その中では性差があるものは注目を集めやすく,身体的魅力や社会的地位は教科書でもよく採り上げられている.この中であまり性差がないために注目度合いは低かったが,「やさしいこと」が確かに配偶選好にとって非常に重要なファクターであることははっきりしていた.そして(特に長期的関係性において)もてる人物像は高潔であることが多いだろう.なかなか示唆的だ.
 

道徳的障害物競争コースとしての求愛

 

  • 道徳的徳は我々が求愛時に誇りを持ってディスプレイする個人的特徴だ.実際に多くの文化における求愛は道徳的障害物競争のコースとしてみることができる.いわば様々な道徳的徳の儀式化されたテスト(プレゼントを贈る際の優しさ,約束を守る誠実さ,相手のいうことに耳を傾ける共感性,性的自制など)なのだ.
  • この求愛が道徳テストとして信頼できるものになるためには,そのポピュレーションにおいてテスト成績に分散があり,時に失敗するようなもの(約束を破る,偏見を暴露する,イライラしてしまう,浮気をする)である必要がある.

 

  • 通文化的な典型的なロマンス物語は,主人公たちは両方とも恋に陥り,至福の時を経てどこかでモラル的に失敗して危機を迎え,解決のために自分のモラル的失敗を自覚して性格態度を改善し,互いに寛大に許し合い,その後幸福に暮らすというプロットを持つ.この失敗が単に感覚的なものや認知的なものではロマンティックにならない.もし主人公たちがその性的関係のモラル的な側面(例えば売春婦と顧客,奴隷と主人など)について無関心であれば,関係は非常に浅い表面的なものであり,真実の愛はないと見做される.
  • 主観的にはロマンティックな感情は潜在的恋人に対するモラル性の分散への感受性を増幅させる.恋に陥ったときには相手はモラル的に高潔に思え,モラル的な失敗を目にするとひどく邪悪に思える.修正が示されれば評価は回復される.境界性パーソナリティ障害はこのような感度増幅の極端な状態なのかもしれない.もちろんこういう状況が判断の正確性を上昇させるとは限らない.しかしその情報を脳の別の働き(注意,記憶,意思決定,言語,運動制御など)からアクセスしやすくするだろう.
  • 逆にモラル的悪徳は潜在的配偶相手としてふさわしくないと感じられる性格上の傷になる.これには反社会的傾向(殺人,レイプ,嘘つき,騙しなど)だけでなく,被害者のない中毒的なもの(怠け者,暴食,強欲,嫉妬,薬物中毒,賭博など),向社会的行動をしないこと(チップをけちる,飢えた子どもを無視する,戦いから逃げ出すなど),意地悪なシンボル的行動(おもちゃを蹴飛ばす,本を焼く,墓につばを吐くなど)も含まれる.
  • これらは伝統的な考え(利他性についてのこれまでの進化理論,法律,宗教,精神医学)から見ると,犯罪行為,宗教上の罪,性格上の欠点,狂気などを含んだ奇妙な混合物に見えるかもしれない.しかし道徳的徳,あるいは性淘汰の信頼できるシグナルという視点から見ると,これらには重要な共通点がある.これらは配偶相手の望ましさを低く評価するものだ.そして離婚の主因(浮気,虐待,中毒,正業に就かないこと)は通文化的に道徳的な失敗と見なされている.
  • 道徳哲学者にとって道徳的悪徳の性的なコストはヒトの道徳の進化と関係ないと感じられるかもしれない,しかし進化生物学者にとって道徳的悪徳と繁殖失敗の相関には重要な示唆が含まれているのだ.

 
このロマンス物語の典型的なプロットもよくある分析だが,その意味を考えるとなかなか興味深い.確かにロマンス物語で主人公が乗り越えなければならない障害には(どちらかあるいは両方の)道徳的失敗があることが多い.とはいえ,偶然の悲劇や,双方ともモラル的には失敗していないが誤解されてしまうというプロットもないわけではないだろう.その場合には最初から最後まで両主人公はモラル的に高潔だが,運命に翻弄されるという筋書きになるようだ.
 

求愛の優しさ

 

  • 性淘汰で最も容易に説明できる道徳的徳は通文化的に求愛において顕示的に示されるものになる.特に求愛時の「優しさ」は最も明白な例だ.それは動物求愛における給餌(オスによる求愛給餌は良い遺伝子,良い子育て能力の信頼できる指標になる)とパラレルだ.
  • ヒトの求愛における優しさには,利他性,親切,パートナーやその連れ子や家族への同情が含まれる.これらの優しさは非血縁個体に向けられ,返報が期待されていない.だから血縁淘汰や互恵性では説明が難しい.
  • さらに求愛における優しさには,通常血縁淘汰的に解釈される父親の投資も含まれる.しかし実際にほとんどの離婚した父親は母親への性的アクセスが閉ざされるとすぐに投資をストップしようとする.これは性的関係を維持するための投資として解釈する方が整合的だ.伝統的社会では子育て投資のカットはすぐに仲間に知れ渡っただろう.だとするとそういう男は非モラル的で利己的だと悪評が立ってその後の繁殖成功にマイナスになるかもしれない.しかし社会的文脈によってはそのようなモラル的コストは投資コストより低くなるのかもしれない.このような条件依存性をよく理解すれば,より検証可能な予測を導くようなモデルに発展させることができるだろう.

 
実際に離婚したあとで養育費を払わなくなる男性は多い.社会的規範やそれによる評判効果もあって性的アクセスが断たれれば掌を返すようにすぐ払わなくなるわけではないようだが,確かに包括適応度だけでは理解しにくい振る舞いであるかもしれない.

Virtue Signaling その7


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その3

 
ミラーはまず性淘汰理論に関連する部分を整理した.続いてヒトの性淘汰の特徴に関する部分の整理に入る.
 

性淘汰シグナルと性差

 

  • コストのあるシグナル理論の観点から見ると,性淘汰は必ずしも性差を創り出すようなものに限られるわけではない.相互に配偶選択があるならそれは性差のない極端な特徴を説明することができる.
  • ヒトは母親と父親が共に子育て投資をするという哺乳類では普通ではない特徴を持っている.そして長期的配偶関係においては両性共に同じレベルの配偶選択を行う.これはヒト種において性的身体的装飾(長い髪,比較的裸のボディ,めくれ上がった唇など),そして性的心理的装飾(言語,芸術,音楽,ユーモア,イデオロギーについての創造性,感受性)の性差のなさを創り出した.男性だけに性的装飾があるような(ヒト以外の動物によくある)形(男性が道徳的行動を誇示し,女性はそれを見定めるだけ)にはなっていないのだ.
  • しかしながらヒトの男性は繁殖成功においてより分散が大きい.そして予測通り配偶に対してよりエネルギーや時間をかけ,リスクをとる.そしてそれにはコストが高くリスクのある道徳的徳の誇示行動が含まれる.このモデルは,なぜ男性に赤の他人のために命を投げ出すような向社会性ヒーローが多いのか,なぜ男性がリスクが高く賃金が低い利他的でロマンティックに魅力的な職業(警察,消防,軍人)につくことが多いのか(そしてなぜ女性がリスクが低く賃金が低い利他的でロマンティックに魅力的な職業(看護師や学校の先生)につくことが多いのか)を説明できる.
  • もちろんこのリスクの高低による職業選択の性差にジェンダーにかかる社会的規範が影響を与えていることは疑いない.しかし動物界におけるリスクテイキングの性差の普遍性を考えるとそれが説明のすべてだというのは疑わしい.
  • より一般的には,道徳的徳の誇示や判断に通文化的で安定的な性差がある場合には,性淘汰が関連している可能性が高いと考えるべきだ.多くの伝統的理論はヒトのモラルの進化は血縁淘汰,互恵性など性的に中立な過程によって説明できるとしている.そしてこれらの考え方は様々な道徳的性差を前に困難に陥っている.

 
まずミラーはヒトにおいては配偶選択が相互的であることを強調する.そのためヒトにおいては典型的な配偶選択型性淘汰による装飾を持つような動物に比べて装飾的特徴の性差は小さいと主張する.だから道徳的行動を男性だけが行うわけでもその判断を女性だけが行うわけでもない.ミラーの主張で言うと芸術や音楽についてもこれが当てはまることになる.しかしそうはいってもその程度については性差が観察できる.だから性淘汰が絡んでいるはずだというのがミラーの主張になる.性差に絡んではいろいろフェミニズムが絡んで批判されやすくややこしいところだが,ミラーはここでは深入りしていない.
 

モラルの人物評価Vモラルの行為評価

 

  • コストリーシグナル理論はヒトの道徳的行為に新しい光を当てる.行為は行為者の行動傾向の信頼できる印だということだ.これは個別の行為の道徳性を論じてきた道徳哲学者たちにとっては奇妙な考え方に思えるかもしれない.ただ最近では行為倫理学は徳倫理学に置き換わりつつあり,人的レベルでの記述にも注意が集まっているようだ.
  • この人物レベルは,進化遺伝学の量的形質,進化心理学の配偶選好,社会心理学の個人パーセプション,行動遺伝学のパーソナリティ,刑事政策の保釈基準,そして民主政治の投票選択を統合できるレベルだと思われる.
  • 我々の先史時代の祖先がモラル判断を行為レベルでやっていたというのは考えにくい.彼等は個別の行為を行為者の安定的な個人的な特徴の印として解釈していただろう.それを恋人や友人や同盟相手を選ぶのに使っていたはずだ.緊密な社会グループで暮らしていた祖先環境では個別の行為を独立にモラル判断することは適応的に意味をなさないだろう.判断は行為者のその他の特徴と合わせて行われただろう.我々も小さな子どもの盗み行為,熱病時のうわごとによる言葉に対してより許容的に扱う.また行為者との関係も合わせて判断される.その行為者との社会的関係により同じ行為は異なって判断される.我々は配偶選択ではより優しさを重視し,取引関係ではよりフェアネスを重視する.

 

  • この行為vs人物レベルにはそれ以外にも配偶選択に関連した違いがある.
  • 第1に,同じ「道徳性」が行為レベルと人物レベルでは異なって用いられる.行為レベルでは「道徳性」は特定のルールに従っていたかどうかが問題にされる.これに対して人物レベルでは「道徳性」は配偶相手や友人や取引相手として選ばれるかどうかが問題にされるのだ.進化的には「道徳的人物」はその遺伝的利益を究極的に追求している人のことであるといってもいい.
  • 第2に,人物レベルの「道徳性」は,モラル判断者と被判断者の相互作用から生じる創発的な特徴を持つ.ちょうど美が装飾と評価者の好みの相互作用から生まれるように,道徳的人物は特徴と評価者の好みの相互作用から生まれるのだ.これに対して行為レベルの「道徳性」は,(判断基準はユニバーサルな原則にあるという前提を持ち)観察者の役割を考慮しない.
  • 最後に,行為の「道徳性」を判断する際には,我々は一般的に「すべきである」は「することが可能である」という前提の上にあることを認めている.我々は貧困者にチャリティへの多額の寄付を期待したりしない.しかし人物の「道徳性」判断に関しては,我々はそんなに許容的ではない.トゥーレット症候群患者が初デートの際におかしなことを繰り返し口走ることを止められなかったら,その病状について相手がどんなに理解していても二度目のデートはまず期待できない.我々は効率的な行動ができなくなった精神障害者を哀れむかもしれないが,狩猟仲間として選びはしない.適応度的な賭け金が高ければ,我々は相手に責任能力がない場合でも許容しなくなる.祖先環境で,祖先たちが責任能力なく(自分ではどうしようもなく)邪悪な人々を排除できなければ,連続レイプサイコパスや激情殺人魔から自分たちを守ることはできなかっただろう.

 
この人物評価vs行為評価という視点も面白い.確かに祖先環境で道徳性判断を行うのは,それを元にある行為者を配偶相手や友人や取引相手に選ぶかどうかを見極めるためである場合がほとんどだっただろう.

Virtue Signaling その6


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その2

 
ミラーの道徳性淘汰論文,序論を終了していよいよ本論に向かう.
 

Sexual Selection for Moral Virtues. Quarterly Review of Biology, 82(2), 97-125 (2007)

 

コストリーシグナル理論,適応度指標,道徳的徳

 

  • コストリーシグナル理論は多くの伝統的アカデミアの分野にルートを持っている.その中には道徳と関連するものもある.ニーチェの「道徳の系譜(On the Genealogy of Morals)」には,異教の徳は健康や権力の魅力的なシグナルだという主張がある.ヴェブレンの「有閑階級の理論」には,顕示的消費や顕示的なチャリティは富と社会的地位についてのフェイクしにくいシグナルだという主張がある.そして生物学者のザハヴィは1975年の独創的な論文で多くの動物の向社会的行動はフェイクしにくい適応度指標だと論じた.

 

道徳の系譜 (岩波文庫)

道徳の系譜 (岩波文庫)

有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫)

有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫)

The Theory of the Leisure Class (Oxford World's Classics)

The Theory of the Leisure Class (Oxford World's Classics)

 

  • 1990年代からコストリーシグナル理論は性淘汰とヒトの利他性についての研究に革命的な影響を与えるようになった.多くの動物の信号は同種他個体に自分の優秀性を示すために用いられる.しかし発信者は(自分は本来より優秀だと)嘘をつくインセンティブを持つ.(もし嘘がまかり通れば受信者は信号を信用せず,信号システム自体が崩壊せざるを得ない) コストリーシグナル理論はこの問題の解決を提供するのだ:もし信号が本当に質の高い個体しか耐えられないようなコスト高なものであれば,それは進化的に信頼できるものになる.
  • コストは適応度的にどのようなものでも良い.多くの性的装飾は精妙で派手だ.これは発信者に非常に高いコストを課し,だから適応度指標として信頼できるのだ.(クジャクの羽の例が解説されている)

 

  • 本論文は多くのヒトの道徳的徳がコストのある性淘汰シグナルとして進化したと主張するものだ.この仮説の実証的検証はここ数年の進化心理学や進化人類学で最もアクティブな活動の1つになっている.かつて血縁淘汰や互恵性利他の産物と考えられていた多くの向社会的行動傾向が,社会淘汰や性淘汰のコストのあるシグナルではないかと考えられるようになっている.
  • その1つの例はリスクのある大型動物の狩猟行動だ.かつてこれは家族や子どもなどの血縁者を養うのに有利であるからだとされていた.しかし最近のリサーチでは,大型の獲物の肉を部族民に分け与えるハンターはより多くの望ましい女性を魅了することがわかってきている.これは意識的な動機ではないかもしれないし,因果関係もはっきりしないが,しかし肉の分配行動の少なくとも一部は性淘汰産物である可能性を示唆している.
  • 同様にその他の道徳的徳についての配偶選好もコストのあるシグナルで説明できるのかもしれない.恋人募集広告の「やさしくて正直な男性を望む」という文言は進化的には「コストのある利他的行動を行えるほど健康でパーソナリティ障害や遺伝的欠陥が少ない男性を望む」と読み替えられるのかもしれない.もちろんこの広告自体はコストのあるシグナルの証拠にはならないが,広告はコストのあるシグナルとして機能しうる道徳的徳を指し示しているのかもしれない.

 

良い遺伝子,良い親,良いパートナー

 

  • 性淘汰を受けるコストのあるシグナルは通常2つのクラスを広告している.1つは良い遺伝子でもう1つは良い親(子育て投資)だ.異なる道徳的徳はそれぞれこのどちらかを広告しているのかもしれない.そしてさらに長期的に良いパートナーである資質を,つまり信頼でき,気立てが良く,共同作業を効率的に行えるということを広告しているのかもしれない.
  • 良い遺伝子広告は突然変異負荷が小さいことを示す.道徳的徳は遺伝的負荷が高いとうまくディスプレイできないこと,つまり洗練され,共感的で,社会知性を持ち,複雑な心の理論を扱えることを印象的に行えるという形で機能するのかもしれない.これらは様々な精神障害があるとうまく行えない.そして広告が機能するにはこの特徴について遺伝性があり,集団内に遺伝的分散があり,別の適応度形質と相関している必要がある.
  • これに対して良い親広告は子育てに役立つ表現型を広告する.だから共感性パーソナリティは良い親広告としても機能するのかもしれない.良い親広告の場合はその特徴に遺伝性,遺伝分散,別の適応度形質との相関がある必要はない.
  • 良いパートナー広告は効率的な共同作業を通じた相互利益があることを広告する.この関係は複雑なペイオフコンフリクトのある繰り返しゲームとしてゲーム理論的に分析できる.いくつかの道徳的徳は自らのペイオフを改善しリスクを下げるためのシグナルと解釈できる.例えば相互協力戦略をとるというシグナルがそれに該当する.共感や同情の能力は「私はパートナーのペイオフも自分のペイオフとしてカウントしますよ」というシグナルになるかもしれない.ロマンティックコミットメントへの選好は協力関係を保つことを望むシグナルになるかもしれない.ただしこの場合シグナルの将来的な信頼性は常に問題になる.

 
この部分はシグナルが何を広告しているかの分析になる.性淘汰が効くためには特徴に遺伝性がなければならないが,遺伝性がない特徴も広告して有利になるなら当然広告することになる.ハンディキャップ原理は広告全般に適用されるのでどちらの広告にも当てはまる.ただし最後のゲームのペイオフの広告というのは実は発信者の「質」とはちょっと異なる問題になるので,うまくハンディキャップが設定できない場合が多いだろう.それでこういう留保がついているのだと思われる.
 

  • 遺伝子,親,パートナーを問わずこのような配偶選好は,血縁淘汰や互恵性などのその他の社会選好から起源したのかもしれない.例えば(互恵性にかかる)だまし検知としての適応は配偶選好において拡張されるだろう.
  • もちろん機能を持たない副産物的起源であったり,感覚バイアス起源である可能性は排除できない.しかし配偶選好の適応度的重要性を考えるとそのような非適応的な選好は素速く排除されるか,適応的なものに変容していくだろう.

 
このあたりは当時の性淘汰の理論的論争に絡むところだ.ミラーは割とあっさり流している.

Virtue Signaling その5


Virtue Signaling: Essays on Darwinian Politics & Free Speech (English Edition)

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第4エッセイ 道徳的徳の性淘汰 その1

 
第4エッセイは2007年に出されたミラーの論文そのものだ.まずはこの論文についての背景説明.
 

  • 「Virtue Signaling」は最初はとても簡単な話に思える.しかし実際には「人々は消費の好みや政治的態度を見せびらかすことによって実際より善良であるようにみせかける」ということよりも遙かに深い.その深さを理解するには道徳的徳自体の進化的起源に戻って考える必要がある.その起源は自明ではない.ルーツを掘り返すのは一仕事なのだ.
  • このエッセイは徳の起源についての私の最深探索になり,本書のハートそのものだ.本書の中で最長で最もシステマティックでアカデミックなものだ.道徳的徳の性淘汰が理解できれば,ファーストデートやグリーン消費から政治までの「Virtue Signaling」の心理的な基礎が理解できる.

 

  • 私はこの論文をテニュア取得(2008年に取れた)に向かっている最中に書いた.テニュア取得には,私が大きな絵を思索する考察家であると受け取られるために一流誌にメジャーな理論的論文が掲載される必要があった.私はほとんどの心理学雑誌よりもQuartery Review of Biology誌の方が私の進化的な議論にオープンであることを知っていた.だからそこに投稿し,受理されたときには身震いした.Quarterly Review of Biology誌はかつてトリヴァースの互恵的利他論文を掲載したことがあるのだ.
  • 私はヒトの親切と利他性の起源に興味を持っていた.そしてこの論文の10年前にもそのテーマで論文(それは「The Mating Mind」の1章になっている)を書いている.しかしそれまでシステマティックで学術的に真剣な論文は書いていなかった.私はそれまで学んだ進化心理学,ゲーム理論,信号理論,利他行動,道徳哲学,ロマンスについてのすべてをこの論文に盛り込んだ.

 
というわけで本エッセイは本書収録の中で最長で,フォーマルな議論が繰り広げられるものになっている.ゆっくり見ていこう.
 

Sexual Selection for Moral Virtues. Quarterly Review of Biology, 82(2), 97-125 (2007)

 

  • ヒトにおいて美しい肢体は短期的な欲望をかき立て,魅力的で道徳的な行動は長期的な愛に火を付ける.性的装飾と道徳的徳は機能的類似物なのだろうか? 本論文はヒトのモラルが性淘汰により性的ディスプレイとして進化してきた可能性を探求するものだ.

 

  • 最もロマンティックに魅力的な特徴,つまり優しさ,勇気,正直,信頼はしばしばモラル的側面を持つ.
  • 最近の実証的リサーチは,多くのモラル的特徴が性的に魅力的であり,メンタルな適応度指標として機能しているらしいことを示唆している.それらはメンタルヘルス,脳の効率性,協力的な性的および子育てについての協力的関係をもたらすことについての正直なインディケーターとして機能している.つまり性的に魅力的な道徳的徳は(性淘汰理論,信号理論に従い)適応度についての騙しの難しい広告をするために進化したと考えられる.
  • この仮説は道徳的徳の少なくとも一部は性淘汰により形成されたというものになる.モラルに関連する共感や公正さに関する感覚は類人猿にも見つかっており,ヒトのモラルがすべて性淘汰で1から作られたわけではない.そうではなく,私は性淘汰は社会性類人猿として我々の祖先が持っていた標準的な徳をユニークで精妙なヒトの徳に強化したと考えているのだ.そしてこれまで主張されていた血縁淘汰,互恵性利他などの仮説を置き換えようとするものでもなく,それを補足するものだと考えている.

 

  • このモラル性淘汰説には長所と短所がある.これまでの考え方と異なるのは,本仮説においては性的魅力,同類配偶,遺伝分散,表現型分散,条件依存的コスト,顕示的ディスプレイ,ディスプレイが若い年代でピークを形成することをうまく説明できることだ.
  • そして血縁淘汰などの別のメカニズムで生じるモラルをより強化し,社会的選択として作用することにより極端でコスト高なモラル的行動を引き起こすことを予測する.血縁淘汰などのメカニズムだけでは個体に包括適応度的な生存メリットが必要になるが,配偶選択メカニズムが加わると遙かにコスト高な行動傾向が進化できるのだ.つまり配偶選択型性淘汰はその他の進化メカニズムにポジティブフィードバックメカニズムを付け加えてスーパーチャージするように働くのだ.

 

  • 一部の道徳的徳はシグナルとして魅力的(例えば競争力のシグナルとしての英雄的行為)なのだろう.また一部はそれ自体が魅力的な特徴(例えばフェアであることは長期的性的関係において望ましい)だろう.とはいえこの区別はトリッキーだ.というのはシグナルには常にフェイクの問題がつきまとうからだ.つきあい始めは愛想が良くていい感じの男性に思えたが,2〜3年経つと実は気むずかしくて厄介な男だとわかったりする.この場合の愛想の良さは(将来的な特徴のシグナルとして)信頼できないシグナルだということになる.
  • この問題を明確にするにはコストのあるシグナルの視点が有用だ.すべての道徳的徳のディスプレイは潜在的には不安的で信頼できないものである可能性がある.信頼性を見るにはコストの分析が重要なのだ.

 
(ここで進化的理由付けが意識的動機になっている必要がないことについて注意書きがある)
 

  • 本論文は性的魅力のあるパーソナリティと道徳的徳の間にかなりのオーバーラップがあると主張するが,すべての道徳的徳が性的魅力をもつとか,すべての性的魅力のある特徴が道徳的だとか主張するわけではない.人によっては異性のマキアベリアン的狡猾さや攻撃的な獰猛性に惹かれることもあるだろう.ヒトのセクシャリティは時に変態的になるし,ナイスガイが常にもてるわけでもない.悪徳が決して魅力的にならないわけではないのだ.

 

道徳的徳と徳倫理

 

  • 本論文は私の著書「The Mating Mind」で議論した内容を深め,2000年以降の実証的理論的研究,個人差研究,行動遺伝学,道徳哲学からの洞察を取り入れたものになっている.
  • 道徳哲学的視点は本論文で特に説明的な力を与えてくれたわけではない.また私は哲学者たちが歴史的に「徳」として考えてきたものが自然淘汰産物と一致するとも思っていない.しかしここで道徳哲学を持ち出すにはいくつかの理由がある.
  • まず徳倫理(virtue ethics)は伝統的な帰結主義(そしてこれは利他主義の血縁淘汰や互恵性の説明の基礎に使われている)に対して有用なカウンターバランスをもたらしてくれる.また徳倫理学は分析の焦点を個別の行為から安定的パーソナリティに転換させてくれる.さらに多くの徳倫理学者は他者の道徳的行動に対する認知的感情的反応を記載してくれていてこれはモラルシグナルに対する受信者心理分析の出発点として役に立つ.最後に徳倫理学は進化理論が今日の社会科学や人文科学へ影響を与える新しいルートになり得ると思うからだ.

ここまでが本論文の序論にあたるものになる.このミラーの性淘汰仮説はあくまで血縁淘汰や互恵性による利他主義の説明の補足,興味深いスーパーチャージャーだとしていることがわかる.またごく初期からパーソナリティとの関連を深く捉えていることもわかる.当倫理学へのコメントもなかなか興味深いものだ.