「ダーウィンの足跡を訪ねて」


ダーウィンの足跡を訪ねて (集英社新書)

ダーウィンの足跡を訪ねて (集英社新書)


美しい英国やガラパゴスの写真がちりばめられた旅行記風エッセイだ.またダーウィンの簡単な伝記にもなっていてストーリー性も十分あり上品な本に仕上がっている.
しかし何よりこの本はダーウィンオタクで長谷川眞理子先生の大ファンという私の読書ニッチをわしづかみにしてくれた.デズモンドとムーアの大部な伝記「ダーウィン」,ランドル・ケインズの「ダーウィンと家族の絆」,グウェン・ラヴェラの「思い出のケンブリッジ」を読んだことのある人にはこたえられない新書である.これらを読んで一度行ってみたいなというダーウィンゆかりの土地を(南米の調査地を除いて)美しい写真で次々と案内され,その間に著者の楽しいエピソードがはさまる.(ダウンハウスで古い蔵書のにおいを嗅ぐところなど傑作なエピソード満載である)案内の地図も丁寧に挟まれ,何とか次に英国に行く機会があれば,いろいろなダーウィンゆかりの土地を訪ねたいと思わせる.ガラパゴスの風景と動物たちも紹介されていて,ここは珍しい動物相をみた著者の興奮が伝わってくる.
ダーウィンなり,英国に興味のある人にはお薦めの一冊だ.

本書にもあるように日本ではまだまだダーウィンは過去の人と誤解されている.(ダーウィンの言ったことは現代ではすべて否定されているとか,単なる哲学的な考察だと甚だしく誤解している人も多い)しかしダーウィンの思索は現代でも十分に通用するほど深いものが多いのだ.遺伝メカニズムについてまったく誤っていたにもかかわらず,進化の本質をしっかり見抜いていたことは驚嘆的だと思う.本書がきっかけになって少しでもダーウィンの実像が日本でも理解されるといいなと思う.



書評から離れるが,ダーウィンの重要な著作で邦訳されていないものはまだまだ多い.(重要な著作では「家畜,栽培品種の変異について」,「人間と動物の感情表情について」が未邦訳だ.特に後者は進化心理学のルーツ書籍とも言えるもので是非邦訳されてほしい.実際,種の起源とビーグル号航海記以外はほとんど売れないようだ.)文一総合出版は一時ダーウィン著作集の構想を打ち出したが,わずか3巻がでたのみで,あまりの売れ行きの悪さに中断し,再開の見込みは絶望的だと聞いている.その3巻(「人間の進化と性淘汰 I」,「同 II」,「植物の受精」)のできばえは見事であっただけに,まことにまことに残念なことである.

この本が売れに売れて日本のダーウィンファンが増え,文一総合出版ダーウィン著作集の出版が再開されることを(せめて近刊予告まででた「花の異型性」だけでも,オンラインデジタル出版でもよいので是非)心から願っている.



ダーウィン著作集〈1〉人間の進化と性淘汰(1)

ダーウィン著作集〈1〉人間の進化と性淘汰(1)


ダーウィン―世界を変えたナチュラリストの生涯

ダーウィン―世界を変えたナチュラリストの生涯

ダーウィンと家族の絆―長女アニーとその早すぎる死が進化論を生んだ

ダーウィンと家族の絆―長女アニーとその早すぎる死が進化論を生んだ

思い出のケンブリッジ―ダーウィン家の子どもたち

思い出のケンブリッジ―ダーウィン家の子どもたち



重要な未邦訳書籍


The Variation of Animals and Plants Under Domestication (Foundations of Natural History)

The Variation of Animals and Plants Under Domestication (Foundations of Natural History)

The Expression of the Emotions in Man and Animals

The Expression of the Emotions in Man and Animals




8/27追記
ダーウィン著作集第III巻の訳者,矢原先生からトラックバックいただきました.
http://d.hatena.ne.jp/yahara/20060827
ダーウィン著作集の再開は決して絶望的ではなく,訳者の先生方の奮闘努力はなお継続中ということのようです.誤解を招く表現で,まことに申し訳ありませんでした.
しかし「表情」が翻訳出版されるかもしれないというのは大変うれしいニュースです.こころより期待しております.




下は矢原先生の訳書;37年間に渡るダーウィンの植物の交配実験についての大著.
真実に迫ろうとする知的執念が感じられます.

ダーウィン著作集〈3〉植物の受精

ダーウィン著作集〈3〉植物の受精