読書中 「The God Delusion」 第6章 その1

The God Delusion

The God Delusion





今日からは第6章.第6章では道徳の問題を扱う.
宗教を擁護する人の最大の論拠は,人は宗教なしでは道徳を持ち得ないではないかというものらしい.少なくとも欧米ではそうなのだろう.このあたりは日本ではちょっとわからない感覚だ.

ドーキンスによるとこの問題は重要なのだという.それはすべての宗教の議論は結局宗教擁護派の背後の動機として道徳の問題が隠れいているからだという.要するに学校で進化を教えることに反対するのは,そうしないと自分たちの子供が不道徳になってしまうと本当に恐れているからだというのだ.

ドーキンスは読者からの手紙にあからさまな敵意や脅迫があることを紹介する.(脅迫状の中でドーキンスアメリカの宗教擁護派から「チーズ」呼ばわりされていて,どうしてそれが罵倒語なのかわかならいとドーキンスがこぼすところは笑える)そして何故神はこれほど防衛的でなければならないのかと疑問を呈する.手紙の書き手はダーウィニズムは偶然の理論であり,それはニヒリズムにつながり,邪悪の根源だと信じているというのがドーキンスの解釈だ.


ドーキンスはまず我々の道徳の起源を議論していく.
まず我々にある利他性が利己的遺伝子の理論では説明できないという批判について.未だにこの批判は非常に多いらしい.きっと常に誤解した新しい人たちが議論に加わり続けているのだろう.ドーキンスはもう一度丁寧にそれはこの理論を全くの誤解に基づくことを説明していく.
基本は利己的な遺伝子は,「個体」や「種」ではなくて「遺伝子」が利己的であることを説明しようとしているもので,個体は利他的になりうるというところをまずおさえる.



このあとにつづく利他行為についての簡潔な説明は要を得ていて見事だ.

遺伝子がライバル遺伝子に対し利己的に振る舞うもっとも普通の方法は個体を利己的にすることだが,状況によっては個体を利他的にしてその目的を果たすことができ,よく知られた例は血縁利他と互恵利他だ.
互恵利他は非対称があればトレードとして生じる.ヒトでは借用書や通貨によって互恵利他が時間の非対称の中でも生じうる.これは個体識別ができれば動物でも生じる.そしてこの場合システムにだましの検知と罰がないと安定しない.
さらにヒトの社会では名声が重要だ.さらにヴェブレンの派手消費とザハヴィによる優越的地位の広告としての利他というアイデアもある.
ヒトの社会ではこの4種の利他はいずれも重要だっただろう.小さなグループメンバーは血縁関係が多く,トレードも繰り返し同じ人間と行われ,名声も優越的地位も重要だっただろう.同じグループの集団メンバーに対しては利他的に振る舞い,他のグループメンバーに対しては敵対する傾向が進化したとしても不思議はない.

我々が大都会を作るようになっても他人に親切にすることは(ダーウィニアン的にいえば)心理的傾向として(進化的環境とは異なる新しい環境下で)ミスファイアしているのだ.避妊していても性的に快楽を感じるように,大都会でも他人に優しくしたいのだ.そしてその心理的傾向は文化的に,文学,習慣,法律,伝統,そして宗教により洗練されているのだ.


その中で,エンロンのCEOが「利己的な遺伝子」の愛読者で,彼の利己的そのものの行為はこの本のメッセージが誤解されたことからくる可能性について注で触れられているところはちょっと面白い.困惑しきったドーキンスの顔が見えるようだ.




第6章 道徳の起源:我々はなぜ善なのか?


(1)我々の道徳感覚はダーウィン的な起源を持つか?