読書中 「The Evolution of Animal Communication」第4章 その6

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)



利害が相反する信号の次の例は有名なカエルのコールだ.これは体重と比例するインデックスとしてメイナード=スミスとハーパーが扱っていたもの.あまりインデックスに重きを置かない本書ではどう扱われているだろうか.


通常これにはメスを呼び寄せる機能とライバルのオスと遠ざける機能の両方の機能があると議論される.
そういう意味では鳥や昆虫の歌と似ているが,面白いのは優越周波数の役割で,身体の大きさの信号になっているとされている.ここでいう優越周波数とはコールの中でもっともエナジーがかかっている周波数のことだ.

要するに大きなオスは低いコールをする.そして大きさは対戦能力を決定する.このコールの周波数は声帯の大きさによるし,それは身体の大きさにより,それは対戦能力を決めるという議論がなされている.本節ではこの議論を見て行くことになる.


例によって受信者の反応から

デイビスとホリデイ(Davies and Holliday 1978)のヨーロッパヒキガエルの実験

実験室で雌と交尾しているオスの声をでないようにして大きなオスのコールと小さなオスのコールを再生し,挑戦するオスの反応を計測.大きなオスの低いコールを聞かされたオスが攻撃する確率は1/3だった.
この場合周波数だけが決め手だったのかどうかはわからない.


ラク(Arak 1983)のハシリヒキガエルの実験

人工的なコールで実験.挑戦者のオスが逃げる確率は高いコールの8%に対して低いコールでは51%だった.攻撃確率はそれぞれ61%,20%だった.

コオロギガエルでも同じような結果が出ている.

これらの実験の結果では受信者は反応を聞き分け,低いコールの発信者に有利なように反応している.
しかしカエルによっては結果の解釈が微妙な実験結果や,特に反応がないものもある.

ブロンズガエルやカーペンターフロッグでは低いコールを聞かされると,自分のコールを頻繁に行って張り合うというデータがとられている.これは発信者に有利になっているのかどうかよくわからない.

ウシガエルでは高いコールにも低いコールにも同じ反応しか返さなかった.

なかなか自然はそれほど単純ではないようだ.




次は信頼性
いきなり辛辣にこう始まる.「身体の大きさと優越周波数の関係は非常に多く調べられている.公表された結果には有意な相関が見られている.しかしおそらく有意でなかった結果は公表されないだろう.また公表された数値も相関係数は平均で-0.6にすぎない.(r2=0.36)要するに優越周波数のうち36%しか身体の大きさでは説明できないということだ.この残った分散はほんとに単なる測定誤差と偶然の変動なのだろうか?それとも一部のオスはこれを利用しているのだろうか?」


問題を分析するにはコールの仕組みの理解が重要と述べ,これにかかるリサーチが紹介される.

マーチン(Martin 1971, 1972)

声帯(Vocal cord)の長さは優越周波数とは関係がない.声帯の体積こそが関係するらしい.そして特に声帯の中の繊維質の体積が重要だということだ.すると身体全体の大きさとこの声帯繊維質体積は完全には相関しないだろう.これは残差の一部を説明する.

マーチンはさらに肺の気圧と声帯の張力が関係することを突き止めた.肺の内圧を下げるとコールは低くなるが,肺の表面積は下がるので,これにはコストがかかる.

結局結論としては「繊維質体積を増すことによりより低い音を出すことができるので,これには大きな淘汰圧がかかっただろう.その結果できるだけ大きな繊維質体積を持つようになり,周波数はある程度信頼できる信号となったのだろう.しかしなお変位はあり,だましができる個体が存在する.また気圧や張力によりだましをする個体も存在するだろう.」ということになる.

要するにこれをよく調べると,とてもフェイクできないインデックスとは考えられないと言うことだろう.


さらにコストとだまし

まず発達的なコスト
繊維質体積を増やしてだますことは可能で,当然発達にかかるコストがあるだろうと推測できる.しかしこれを調べた研究はないようだ.



行動的なだましとコスト
気圧や張力を変えて行動的に周波数を変えることもできる.

ワグナー(1989)

コオロギガエルのオスがほかのカエルのコールを聞くと周波数を変えることを見いだした.より低い音のコールを聞くとより低いコールに変える.最大360Hz,周波数変位の1/3も変化する.さらに受信者は同じコールより低く変位したコールにに対してより退却する.

このコオロギガエルに対する1つの仮説はこれはだましだというものだ.しかしこの変位が予測可能であれば,受信者はこれに正確に反応するように共進化するだろう.最初のコールが身体の大きさのある指標になり,変位したコールはそれより小さい身体のサイズの指標となる.しかし最初のコールと身体の大きさのr2は変位した後のr2より大きい.(それぞれ0.45,0.18)これはだまし仮説に符合する.

ワグナーは別の仮説を提示した.
まず変位幅自体が身体の大きさの信号だというもの.しかしこれはデータから否定された.
次に変位幅は攻撃意図の信号だというもの.ワグナーは変位が大きいとより攻撃しやすいことを発見した.ワグナーはもしだましなら逆になるはずだと指摘している.


最終的な著者の解釈は大きさの信号から攻撃意図の信号が派生しているというものだ.
最初にコール周波数は単に解剖的理由により身体の大きさの指標だった.これにより受信者は退却などの反応を進化させた.次に発信者はより挑戦されたときに低いコールを出すように進化した.ここで変位幅が攻撃意図を示す信頼できる信号になった.そして受信者はこれに反応するようになった.そして変位幅が攻撃意図を示すとして,同時にサイズについてだましということがあるだろうと解釈している.なかなか考えられた仮説のように思う.


コストについては挑戦されるまではより高い周波数で鳴いているということは,低いコールを出すにはコストがあるに違いないと推測している.
研究例はないようだ.


その他のカエルではいろいろな現象が記載されている.アメリヒキガエルでは変位後の方が身体サイズと相関が高い.カーペンターフロッグでは2つの周波数ピークのうち1つが身体サイズと相関し,もうひとつのピークのみ挑戦に対して変位する.white-lipped frogではオスは挑戦に対してより高く周波数を変位させる.


結論として解剖的理由によりコールは身体の大きさの信号となっているが,完全に正直になるように制限されているわけではない.コオロギガエルのコール変位はだましの例と考えてよいとしている.

いずれにせよ単純なインデックスと考えられやすいカエルのコールでもよく調べると,相関は弱いし,だましもありそうだし,攻撃意図の信号とも解釈できそうだということのようだ.自然相手に実際に詳しく調べることの面白さがよくわかる内容になっている.




第4章 利害が反するときの信号



(5)カエルの鳴き声の優越周波数