読書中 「The Stuff of Thought」 第4章 その5

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


さて私達の認知,「もの」と「材質」の次は空間の認知だ.


ピンカーはまず,世界のレイアウトを見抜いて身体を誘導するのは驚異的なエンジニアリング課題であり,それは中身を空にできる皿洗い機や,階段を上る掃除機がないのを見てもわかると述べて,人の空間認知のすばらしさを強調する.

そして続いて,空間に関する言語はそれほど見事ではないという.言語で説明するより絵を見る方がはるかにわかりやすいとはよくいわれることだ.


この身体運動能力と言語能力の不一致は脳のデザインのためだということで,本書では珍しく脳システムの話になる.身体の感覚運動機能のネットワークは小脳と大脳基底核にある.
視覚システムには「何」システムがあり,脳の一番下の部分にある.それは文字の形,顔,ものの形を記録し,ここに障害を受けると識字障害や相貌失認になる.また「どこ」システムもあり,脳の後方にある.

ピンカーによると,私達が,「何」「どこ」と聞くのは,脳がそうなっているからなのだ.この区別はほとんどの言語にある.いろいろな形の「もの」を区別する非常に大きな名詞の集合(左半球の「何」システムに関連)と,パスや場所に関する少し小さい名詞の集合(右半球の「どこ」システム)がある.英語はこれが極端な言語の1つで,ものの形に関する語だけで10,000語はあるだろう.これに対して,空間に対する前置詞は80ほどあるにすぎない.


空間は「端 edge」とか「近接 vicinity」とかいう名詞,「入る enter」「広がる spread」「覆う cover」という動詞, homeward, Chicago-bound などの接尾辞にもコードされている.多くの言語は前置詞や後置詞よりこのような語に空間認知に関して頼っている.しかしそれらを含めても,空間については形に対してよりはるかに粗雑にしか表現できない.


ここでピンカーは論理的にはあり得るが実際にはない架空の空間把握システムを説明する.位置の特定には6つの情報があればよい.理論的には6音節で位置は示せる.レファレンスに対して3次元で上か下,左か右,手前か奥の距離を(おそらく対数的に)示せばいいからだ.角度で表示しても同様だ.しかしそのようにしている言語はない.言語はまったく幾何学を知らないかのように位置を表示し,聞き手は迷うことになる.


そして空間言語の欠点を列挙する.
1.空間に関する語彙は非常に多義的である
2.その区別がデジタルである(そして通常あるかないかの2値である)


ピンカーがあげる例は,英語の on, over の多義性だ.また言語間の差もいろいろと紹介される.
そしてこのような前置詞,後置詞も要素に分けて考えていくと,普遍的なルールがあるという.接触,上方にある,付着,含む,近くにあるか,がポイントらしい.日本語では接着してるかどうかにはあまり注意を払っていないような気もするがどうだろうか.


デジタルについては英語は近いか遠いかの2値システムであるが,3値,4値の言語もあると紹介される.日本語はこちら,そちら,あちらの3値システムということだろう.
そしてそのデジタル表現は本質的にトポロジカルな区別になる.同じ across は手の平を渡るアリにも,大陸を横断するバス旅行にも使える.主観的にはまったく異なる経験だが,私達は同じ前置詞を使う.この能力は子供の頃からある.


ピンカーによるとこれは心の一部が物事を概略図としてどの3次元方向にも引き延ばせる能力を持つことで可能になっているという.ものはすべて長さと幅と厚みがあるが,私達は任意の次元を無いものとして無視できる.
私達の心はものの境界をものそのものとして捉える.幾何学者は3次元の物体は2次元の面,2次元の面は1次元の線,1次元の線は0次元の点を境界として持つという.しかし私達の心はさらに進む.「縞」は2次元で,皿の縁のような2次元のものの境界にもなる,それは縞の主な次元が1次元だからだ.


このような特徴を表す例として「穴」に対する認知が語られる.主たる,従たる次元感覚が,中身がすくい取られたあとの何もない状態に適用されると,「無い」ということに関する語彙が生じるということになる.溝,穴,窪みなどの言葉だ.nicks, grooves, dents, dimples, cuts, slots, holes, tunnels, cavities, hollows, craters, cracks, clefts, chambers, openings, orifices
これはいわば「負のもの」であり,普通の「もの」と認知的には共通するということになる.


第4章 大気を切り裂く


(2)インチを争うゲーム:空間についての思考