「二本指の法則」

二本指の法則―あなたの健康状態からセックスまでを語る秘密の数字

二本指の法則―あなたの健康状態からセックスまでを語る秘密の数字


ヒトの手の人差し指と薬指の長さの比が,実はヒトのいろいろな特徴の指標となっているという話は,最初はいかにも与太話のように聞こえる.私としてはあのトリヴァースが真面目に取り上げているのを見て考えを改めたわけだが,本書は当初トリヴァースの共同研究者としてこの研究を始め,その後も追い続けている研究者ジョン・マニングによる本である.原題は「The Finger Book」で2007年に出版されたもの.マニングにはこの前に「Digit Ratio」という本も著していて,この話題に関しては2冊目のようだ.


さてマニングは序章で自分の経歴にふれている.マニングは最初に解剖学や動物の形態の比較に興味を持ち,続いて性の進化に強い関心を持ちシンメトリーについて研究を行う.ヒトのシンメトリーと性淘汰形質について数々の発見をした後にジャマイカでトリヴァースに出会う.子どもたちの身体の様々な測定を行ううちに人差し指と薬指の比が胎内における性ホルモンの被爆を関係しているのではないかと考えつき,それ以来その研究一筋というわけだ.この指の比率は性ホルモン,そして性淘汰形質に強く結びついているという物語はこうして明らかになってきたというわけだ.


さてこの指の比率は人差し指の長さを薬指の長さで割ったものだ.典型的には同一民族集団内では男性はこの比率が小さく(薬指の方が長く)女性はこの比率が高い.マニングはこれは胎内でのホルモン被爆に関連していると推測し,その間接的な証拠を提示する.薬指と人差し指の皮膚のテストステロンやエストロゲンに対する敏感度が異なっていること,ペニスの発達を促すシステムが薬指にも効くらしいことなどだ.(マニングはペニスと指の発達に関連があるのは両生類が陸上適応するときにともに必要になるからだと推測している)それ以外にもホルモンへの感受性が指の比率と関係するデータも数多く説明されている.


では指の比率はヒトのどんな特徴と相関を持つのだろうか.このデータは驚くべきものだ.まず性格,行動特性だ.ビッグ5などと絡めて社会性攻撃性などとの関連がある.これに関連して自閉症ADHD失読症なども取り上げられている.これらは指の比率が小さいことと相関があるのだ.
次に心臓病やガンとの関係もある.マニングによると,胎児期のテストステロンは男性を心臓病から守る働きがあるのだ.また胎児期のエストロゲンは乳ガンリスクを増やす.マニングは,胸や心臓といった器官は性淘汰の影響を受けやすく,これらの器官の疾患にはホルモンが重要な影響を与えるのだと説明している.なかなか面白い説明だ.


性淘汰に関連する性質ということであれば,影響はさらに広い.男性は競争に勝つ能力と免疫力のトレードオフに直面していると考えるなら,感染症と指の比率の相関が現れるだろう.データはあまりはっきりしないが,確かに影響はあるようだ.
さらにマニングはアレルギー症が先進国に多い理由として,先進国はより一夫一妻的であったので競争が緩やかで,テストステロンが低濃度で免疫が弱くなる方向に胎内ホルモン量に影響を与えたのではないかとまで踏み込んでいる.
マニングは人種,民族間の皮膚の色も単純な環境への自然淘汰だけではなく,配偶システムによる影響を受けているという.つまり一夫多妻的であれば,より免疫が弱めになり,それを補償するために(ビタミンDとのトレードオフ上で)皮膚のメラニン色素による防御能力の比重が大きくなるのではないかというものだ.実際に肌の色とAIDSへの抵抗性,また肌の色と結婚制度には相関があるようだ.
この部分は本書の読ませどころで迫力がある.いずれにせよ配偶システムが免疫や肌の色に直接的に影響を与えているとすれば驚きだ.


また逆サイドで,当然男性の競争に勝つ能力と指の比率に相関が現れることになる.ここではサッカー選手の指の比率のデータが示されている.プロサッカー選手は一般平均より指比率が低く,一流選手ではさらに低いのだ.かなりの時間フィールドを走り回る能力に効いているらしい.これも驚きだ.これからのプロスカウトは指比率にも注目すべきなのだろうか.さらに音楽能力にも同じ傾向があるようだ.
またマニングは,このように薬指の長さに男性の能力が表れることから,女性は直接的に長い薬指に魅力を感じるようになっている可能性があることを示唆している.これはちょっと怪しいが,しかしでは何故指輪は薬指にはめるのかと考えると気になるところではある.


最後にマニングは同性愛との関連に触れている.男性の同性愛傾向は指の比率が低い場合に多い.これは胎内のホルモンバランスという点から,「上の兄弟が同性愛であれば本人も同性愛になりやすい」というこれまでの知見を説明できるものだ.では何故なのかということに関しては,どうも非常に複雑でまだわかっていないということのようだ.また男性の同性愛傾向が何故自然淘汰で無くならないかについては,女性の身体にあるときに有利に働いている可能性を指摘するに止まっている.いずれにしてもここはこれからのリサーチエリアのようだ.


本書は指の比率について広範囲な話題を取り上げて,初めてこの話を読むものに驚きを与えてくれる.ただ読み終わって1つ不満なのは,結局この指比率にどれだけ遺伝性があるかについて触れていないところだ.高い遺伝性があるなら,遺伝的な多様性はどのように保たれているのか.また環境によって可変であるなら,そのキーになっているのは何かというのは大変興味深い問題だ.本書では配偶システムによる男性の競争の激しさに反応していることのみが触れられているが,どのように反応しているかについては語られていない.一卵性双生児と二卵性双生児,さらに普通の兄弟のデータを見れば簡単に見当がつくような気がするので,この沈黙は残念だ.ともあれ,本書はなかなか啓発的な書物であり,ヒトの身体にはまだまだ不思議が詰まっているということがよくわかる.




関連書籍

Finger Book

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原書


Digit Ratio: A Pointer to Fertility, Behavior, and Health (The Rutgers Series in Human Evolution)

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同じ著者による2002年の本,私が知る限り邦訳されていないように思う.


Natural Selection and Social Theory: Selected Papers of Robert L. Trivers (Evolution and Cognition Series)

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トリヴァースの論文集,最後にこれに関する論文「The 2nd : 4th Digit Ratio and Asymmetry of Hand Performance in Jamaican Children」(マニングとトリヴァースとソーンヒルの共著)が収められている.