「名誉と暴力」

名誉と暴力: アメリカ南部の文化と心理

名誉と暴力: アメリカ南部の文化と心理

  • 作者: リチャード・E・ニスベット,ドヴ・コーエン,Richard E. Nisbett,Dov Cohen,石井敬子,結城雅樹
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2009/04/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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文化心理学者ニスベットとコーエンによるアメリカ南部の「名誉の文化」についての本である.アメリカ南部*1の文化とは何かというのは日本人にはあまりなじみのないところだろう.「風と共に去りぬ」を見たり,読んだりした人なら何となく感覚はわかるかもしれない.ここでは南部諸州の白人の中で,「男性が礼儀正しく,名誉のためには死をも恐れない」というロマンスと上品さに満ち,他方で暴力的な側面も持つ文化があることを指している.私自身アメリカ南部で暮らしたことはなく何度か訪れたことがあるだけだが,確かにファンシーなレストランにおけるドレスコードはニューヨークなどとは異なっていてなかなか優雅だ.


このことについての文化心理学的なリサーチがあるということを最初に読んだのは,ネシーらの「Evolution and the Capacity for Commitment」における(本書の共著者の一人)コーエンの寄稿においてだった.そこでは,泥棒に対して警察が頼りにならず自力救済しかできない社会では,「自分は名誉のためなら命は惜しくない」というコミットメントを行い周囲に信用されると,周囲から手出しされないというメリットを得ることができること(逆に言うとなめられるとカモにされる),アメリカ南部では当初の入植者が牧畜農民であり,家畜泥棒に対して国家権力による有効な取り締まりが難しかったことからそのような条件が満たされていたと考えられることが説明されていた.
本書はそのような記述のもとになった本であり,社会条件が文化に影響を与えているという興味深い研究を示す有名な本である.今回訳出されたことは大変喜ばしいと思う.


さて本書は,このリサーチを包括的に説明しようというものだ.まずアメリカ南部に,自らのタフネスについての評判が脅かされることへの強い危機意識があること,つまり「侮辱されて引き下がるようなやつは男じゃない」という強い信念があること,そして実際に暴力的な慣習が多いことを説明し,これまでの原因の説明(気温,奴隷制,貧困)が当てはまらないことを見る.そして牧畜経済こそその原因であると仮説を提示する.


本書の重点は,実際のデータで南部がどのように暴力的なのかを多元的に丁寧に示しているところだ.殺人率を比較すると,特に小都市の白人のあいだでアメリカの他地域と明らかに差があることが示される.またアンケート調査によると,南部の白人には一貫して自分の名誉や家族を守るための暴力使用に肯定的な態度が示される.またこれは銃規制への意見,国防に関する政策支持にも影響を与えている.さらに北部出身と南部出身の学生を使った実験によって,確かに南部出身者は侮辱されたときの生理的な反応(テストステロン濃度,コルチゾール濃度など)が異なっていることも示されている.(侮辱された後,アメフトのプレーヤーと狭い通路で向かい合わせになるように仕組み,どの距離まで道を譲らないかというテストもあって面白い)また死刑制度,銃規制,家庭内暴力への法規定などの法制度にもこの違いが反映されている.(本書では書かれていないが,政党支持にも大きな影響を与えているのだろう)


様々なデータから浮かび上がるのは,南部文化の特徴は,自らの名誉,家族,家を守るときに関して特に暴力を肯定するところだ.そしてこれは,気温や貧困では説明できない.名誉を守ることは自力救済的な社会では大きなメリットがあったと考えられること,牧畜経済では簡単に移動できる家畜泥棒が重要な問題であり警察は頼りにならなかったであろうこと,牧畜文化のあったと思われる白人居住者地域に特にこの名誉の文化が見られることから,著者達はこれが牧畜と関連していると結論づけている.地中海沿岸地域でも牧畜地帯と名誉の文化が相関していること,犯罪に対して公権力の抑止が期待できないマフィアやストリート文化でも同じ傾向があることから見てもこの結論には説得力がある.これは日本の伝統的組織犯罪集団においても同じような傾向があるといってよいだろう.
一方で著者達は,南部における子供のしつけなどに対する暴力肯定的な態度は奴隷制の影響ではないかと示唆している.これについてはやや疑問だ.少なくともなぜそうなるのかについて「慣れ」以上の説明がなく説得力に乏しいように思われる.


最後にこのような南部文化がなぜ牧畜経済でなくなった後も現存しているかについて若干の考察がある.基本的には一旦そういう文化が成立すると,周りの期待が成立し,引き続き名誉を重んじる態度が合理的なペイオフをもたらすからだということになる.
またこの文化において女性もまたタフであり,さらに子供に対して名誉を尊ぶように強く教育することが示されていてここもちょっと面白い. 


内容も興味深いし,全体的にわかりやすい記述がなされていて読みやすい本に仕上がっていると思う.アメリカ政治の基層や南北戦争の背景の一部分も理解できるし,「風と共に去りぬ」をより楽しむことができるという実利もある.
さらに巻頭に載せられた山岸俊男の序文によると,ニスベットとコーエンは,本書刊行後,それぞれ,どのような社会がどのような文化を生むのかという社会文化的な研究の地域を広げたり(人文科学的知の伝統アプローチ),最後に触れられている一旦成立した文化の中での人々の期待がどのように文化の維持を可能にするのか(ゲーム理論的制度アプローチ)についてリサーチを前進させているそうである.それぞれ興味深いエリアであり,本書はその出発点としての価値もある文献ということなのだろう.




関連書籍



原書

Culture Of Honor: The Psychology Of Violence In The South (New Directions in Social Psychology)

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コミットメントの進化的解釈にかかる本

Evolution and the Capacity for Commitment (Russell Sage Foundation Series on Trust, V. 3)

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*1:アメリカ南部というのは,ヴァージニア,ノースカロライナサウスカロライナジョージアアラバマミズーリルイジアナアーカンソーテネシー,フロリダ北部などの地域(場合によってその周りの州,地域が含まれたりのぞかれたりする)を指している.地域的には南というより東南部になる.テキサスは普通含まれるが,別に扱われることもあるらしい.基本的には南北戦争南部連合を形成した諸州である.本書で地図を含めた解説がないのは残念なところだ