
The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution
- 作者: Richard Dawkins
- 出版社/メーカー: Free Press
- 発売日: 2009/09/22
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さて発生がいかに進化で説明できるかという第8章.ドーキンスはここまでに,発生は設計図ではなくレシピ(あるいはプログラム)によるものであって,それは自律形成されるというところまで説明した.
いよいよ生物体の形成だが,まずウィルスの構造から説明がある.部品であるタンパク質は化学の法則に従って3次構造をしており,そしてウィルス製造過程では,それらが集まってローカルな化学ルールに従い4次構造になる.つまりウィルス本体の正20面体が結晶と同じ原理により組み上がることを解説している.
ウィルスは肩ならしというところで,続いていよいよ多細胞生物の発生に取りかかる.
ドーキンスは特に原腸形成と神経管の形成を説明しようとする.
まず最初に全体の比喩としてジャンク船の折り紙が登場する.これはドーキンスがミームの説明としてもよく使う例であって,自分が父親から聞いて学校で流行らせたもので特別思い入れがあるのだろう.あるステージに行くために別のステージを経なければならないこと,裏返したり折ったりするところがよく似ているという趣旨だ.ドーキンスは全体の進み方はこうなっていて人の手によって折らないでも自律的に折れ曲がっていくためには何が必要なのかという形で議論を進める.
ドーキンスは何らかのローカルルールで細胞分裂によるシートの伸長が制御されればこれが可能であることを示そうとして,ジョージ.オスターの胚発生モデル化を詳しく説明している.これはなかなかエレガントなシミュレーションになっていて,2次元にした個別細胞のマイクロフィラメントを6本にし,粘性減衰係数や弾性定数などを使ってモデル化したものだ.うまくパラメーターを設定し,この細胞を数十環形に並べ,そのうち1つの細胞の収縮フィラメントを縮めてみた.結果は見事な陥入が現れたのだ.さらにパラメーターをきつく設定すると陥入部分が切り離されて神経管形成に似たような形も表れる.
大きな構造を説明した後,特定の導線が特定の目的に沿って伸びていく仕組みは化学信号に基づいている,例えば神経*1はもともと何らかの設計図があって引かれているのではなく,それぞれの軸が,最終的につながるべき組織の化学信号に誘導されて伸びる*2ことによりできあがると説明している.そして導線の伸長ではなく,糊として化学信号が使えればシートを折りたたむことができる.
さらにミクロな部分はどうなっているのか.ドーキンスはタンパク質がそのアミノ酸順序を指定することによって(プリオンの例外を除けば)一義的に3次元構造が定まること,これにより酵素と呼ばれる触媒になること,それらはスイッチとして複雑なネットワークを形成でき,さらに精密に化学反応を制御可能であること,いずれも自然淘汰により漸進的に改善できることを述べている.
ここで興味深い科学的な知見として線虫C. elegansのことが紹介される.幼生の場合の588の細胞の系統樹が示されてその発生が非常に深いところまで解明されていることをかなり詳しく紹介し,最後のパズルのピース「細胞はどのような異なる細胞に分化するのか」を説明している.答えは,それは分裂する前から細胞の両極において化学的な性質が異なっていることにより異なるスイッチが入るためだということになる.(ここでは最初の受精卵における化学的な勾配にまでさかのぼって説明されていないが,突き詰めるとそういうことになるだろう)
ドーキンスはこれらを合わせて考えることによって内部構造がある複雑な自律折り紙が原理的に可能であると示している.
ドーキンスは最後にこのような発生過程も身体というプロクシーを通して自然淘汰にかかることを力説して本章を終えている.発生について様々なことがわかってきていることを読者に伝えたいというちょっと変わった1章になっているが,その狙いはうまく果たされていてなかなか楽しめる内容だと思う.
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モデル生物としてのC. elegansについての本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060222