「The Greatest Show on Earth」 第9章 大陸たちの方舟 その1

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution


発生に1章を費やした後ドーキンスはまた進化の証拠に戻る.


本章は生物の地理的分布についてだ.これもダーウィン種の起源において2章をかけて論じている部分である.ダーウィンは自説において現在観察される地理的分布がいかに説明されるのかという観点から書いていて,第11章で概略,第12章で説明が難しいと思われることを論じている.(私の種の起源ノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090411を参照)

ドーキンスは現在みられる生物の地理的分布はまさに進化があったことの非常に強い証拠だという主張を行っている.進化がいかにこのパターンを説明でき,そして創造論ではできないかということが本章の中心になる.


まず肩慣らしとしてある生物にとっての好適な環境がそうでない環境に囲まれている場合には,水面に浮かぶ島でなくてもすべて「島」と見なせるということを指摘している.ここではネマトーダにとっては1枚の葉が島になるし,シラミにとっては1人の人間の股が島になるなどの例があげられている.


次に種分化についての説明になる.ここは同所的だとか異所的だとかなかなかややこしいところだが,ドーキンスは,基本は異所的種分化であり,昆虫などにとっては同所的種分化も重要であり得るが,いずれにしても何らかの障壁で交雑が回避されると種分化が生じるのだと簡潔にまとめている.
ここではヒトとセキセイインコの共通祖先(つまり哺乳類と爬虫類の共通祖先)にプロタニオ・ダーウィニという仮名をつけて詳細を仮想的に語っている.最後にイヌのブリーダーが交雑回避の純血種のグループを作っていることも1つの「島」だと触れて,冒頭の家畜の話に戻っているのは小粋だ.


「島」と「種分化」を解説した後で,ここからが進化の証拠としての本題になる.ドーキンスはこの節の節題を「One might really fancy...」としていて,これはダーウィンの言い回しの引用だ.


ダーウィンは「種の起源」出版前に出したビーグル号の博物誌「Darwin, C. R. 1845. Journal of researches into the natural history and geology of the countries visited during the voyage of H.M.S. Beagle round the world, under the Command of Capt. Fitz Roy, R.N. 2d edition. London: John Murray. 」において,いわゆるダーウィンフィンチについて説明しているところ(380P)で,以下のように書いている.

Seeing this gradation and diversity of structure in one small, intimately related group of birds, one might really fancy that from an original paucity of birds in this archipelago, one species had been taken and modified for different ends. In a like manner it might be fancied that a bird originally a buzzard, had been induced here to undertake the office of the carrion-feeding Polybori of the American continent.

つまりまだ進化については発表前であるので,「鳥のあまりいない諸島に,大陸から1種が渡ってきて,それが様々に変化した」ということを事実の主張のように書くのを控え,婉曲的に表現しているのだ.この部分は正式に進化学説を発表する前からダーウィンが進化について考えていたことをよく示している.
垂水雄二訳では「本気で想像してもいいのではないか」と訳しているが,婉曲的に表現しているとするなら「本気でそう想像してしまうかもしれない」ぐらいの方が感じが出ているようにも思う.


というわけでここからはダーウィンへのオマージュ*1としてガラパゴス諸島について丁寧な解説がある.

大陸にやや離れた近縁種があり,諸島間で少しずつ異なった近縁種が分布しているという状況はガラパゴスにおいて,フィンチ,マネシツグミ,イグアナ,リクガメに見られ,そのほかの大洋島において世界中で観察できる.ドーキンスセントヘレナのキク科の植物,さらにアフリカ大地溝帯の湖に見られるシクリッド類の適応放散,オーストラリア大陸におけるユーカリ類の優越と有袋類の分布についても触れている.


ここまで生物の分布が進化を念頭に置いて考えるとよく説明できることを示してから,ドーキンス創造論を痛烈に批判し始める.
特にノアの方舟を信じているものへの指摘は辛辣だ.(ドーキンスは大人げないように見えるかもしれないが,実際にアメリカでは40%の人が文字通り聖書を信じているばかりか政治的な影響力を持って子供を洗脳しようとしているのだとコメントしている)

アララト山で方舟から放たれた有袋類は何故中東にもインドにも東南アジアにもまったく脱落者なくオーストラリアと南アメリカに行ってしまったのか?

特に面白いのはキツネザルへの言及だ.

キツネザルマダガスカルにしか分布せず.最近絶滅した数種と現生種37種が知られている.それらはハムスターより小さなものからゴリラより大きなものまでいる.そして逆にキツネザル以外のサルはいない.歴史否定派はどう説明するのだろう?ノアの方舟からキツネザルが尾をあげて*2一列になって進み,途中のアフリカで一匹の脱落者もなくマダガスカルにたどり着いたとでも?


さて創造論者がすべてノアの方舟を信じているわけではない.創造主がそれぞれの地に個別に生物を創造したという説についてはどうだろうか.*3
ドーキンスは「何故創造主はまさに進化が生じたとしか思えない形で生物を大陸や島に分布させているのか?世界のどこを調べてもその分布はダーウィンの理論で説明することでしか筋が通らない.」と指摘しているが,ここは創造論者は精一杯いろいろな抵抗をする部分だろう.これは結局,「創造主は人間が進化があったと誤解するような形で創造を行った」という反証不可能な形の命題に逃げ込むという戦略をどう考えるかというところになるだろう.


ドーキンスは本節をダーウィンが島に魅せられていたことを紹介して終えている.



関連書籍

How & Why Species Multiply: The Radiation of Darwin's Finches (Princeton Series in Evolutionary Biology)

How & Why Species Multiply: The Radiation of Darwin's Finches (Princeton Series in Evolutionary Biology)

ダーウィンフィンチの種分化についての本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091127

*1:というわけで添付されている地図はダーウィン当時の英語名の島名を使ったものだ.ドーキンスはmagnificently naval-sounding English namesと表現していて英国人らしくて愉快だ.アルベマールとイザベラ,ナルボロとフェルナンディーナ,ジェイムズとサンチアゴバーリントンとサンタフェ,あたりの対比で英国人にはそう響くのだろう

*2:垂水雄二訳では「尾を巻いて」となっているが,原文はhightailとなっていて,口絵カラー写真にも載っているワオキツネザルの習性からいって「尾を上げて」と訳した方が原文のユーモアが生かされると思う.ワオキツネザルを先頭にキツネザルたちが尾をピンという上に立てて一列になってマダガスカルを目指している光景を思い浮かべると笑える.

*3:話を個別創造論に振るところでドーキンスはEven if we leave Mount Ararat to one side, ...と書いて,アララト山の話を脇に置いて置くとしても(個別創造論には問題がある)と説明を続けている.垂水雄二訳ではここを「たとえ,アララト山の一方の側からだけ出発したとしても」と訳しているが,誤訳かと思われる