「Spent」第2章 マーケティングの天才 その1

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


第2章は千夜一夜物語から始まる.ミラーに言わせるとアラディンは消費者中心主義のメタファーになれるのだそうだ.つまりアラディンはランプの精にゴージャスなものを何でも出してもらえたし,それによって王女を娶るという繁殖利益を手にしたということになる.


現代ではランプの精に代わってマーケットが何でも出してくれる.ミラーは私達が本当は(意識しているかどうかにかかわらず)何を望んでいるのかを知りたいなら,マーケティングこそ理解の鍵だと言う.実際にマーケティングされたマーケットで何が提供されているかをよく見るべきなのだ.つまり利他性を調べたいなら,囚人ジレンマや独裁者ゲームで実験するより,ハイブリッド車でエコフード店に買い物に行く消費者を調べた方がいいということだ.


ミラーはここで現代のマーケティングのターゲットは「地位をディスプレーできるもの」と「脳の快楽中枢を刺激するもの」2つがあるが,本書では前者のみを扱うと限定している.
しかし本質を理解したいなら後者のプロダクツでも同じだとも言っている.つまり男性の性的好みが知りたいなら,男性にアンケートして答えたいことを答えさせるより,風俗店の女性がどのようにチップを稼いでいるかを調べた方がいいということだ.*1



ではマーケットで提供されているもの,あるいはマーケティングをどのように分析すべきなのだろうか.もちろんミラーは進化心理学的な手法をもちいるのだ.進化消費者心理学ということになるだろう.


このようなヒトが配偶者や友人や家族の支援や地位を求める社会的霊長類だという認識から消費者心理を考えようというマーケティング理論は1990年代になるまで現れなかったとミラーは言っている.これはある意味当然だろう.そもそも進化心理学自体が1990年代に始まるものだからだ.

では,それ以前のマーケティング理論における消費者心理の扱いはどうだったのか.ミラーによると,それ以前にははマズローのモデルしかなかったと言うことだ.
私もよく知らないが,マズローはヒトの欲求について5階層があると主張し,低次から順番に,生理的欲求 安全の欲求 所属と愛の欲求 承認の欲求,成長の欲求(この中にさらに認知的欲求,美的欲求,自己実現欲求)があるとしたらしい.
マーケティングにかぎらず,通常巷にあふれるビジネス理論は大体「物事はこうなっている」と勝手に宣言し,それがどうして正しいと考えられるのかとか,その証拠については無頓着なことが多い.私も時にそのようなセミナーなどに参加せざるを得ないこともあるが,いきなり実証なく2次元4象限のチャートが出てきて,それが正しいことが前提で本題が始まるという文化はかなり特殊だ.(そのようなビジネスマン向けのビジネスとしては筋は通っている.顧客は,最終的な売り上げだけに関心があり,そもそもの理論の前提はもっともらしければいいのであって,それが正しいかどうかには無関心だからだ)

ミラーは,マズローについては

マズローの階層は進化的に見ればぐちゃぐちゃだし,理由付けがない.また欲求間のトレードオフにも無関心だ.低い階層の欲求のプライオリティが常に高いわけではない.また見落としている動機も多い.要するにマズローは様々な欲求があることをしめしてみせたが,それはダーウィン的に統合されていないのだ.それは古すぎるし,実際第1線では使われていないのになおテキストに載り続けているのは不思議だ.

とコメントしている.


ミラーは次に進化消費者心理学についての先駆者の業績を上げている.

  • ガド・サード:1990年代から一人でこの分野を切り開いてきたパイオニア.この分野の最初の本「The Evolutionary Bases of Consumption」を2007年に出している.
  • ロバート・フランク:1980年代の半ばから誇示的消費にかかる問題について進化的な方法を取り入れている.
  • ヴラダス・グリスケヴィシウスとジル・サンディー


しかし現時点ではこのダーウィニアンたちはまだ消費者心理の表面をひっかいたに過ぎない.
そしてマーケティング理論はまだ進化心理学に注意を払わないし,個人のパーソナリティの知見についても無関心だ.さらに一般知性についてはタブー扱いしている.


本書はこのような科学とビジネスの間隔を埋めるという志を持つものだということだろう.


関連書籍


The Evolutionary Bases of Consumption (Marketing and Consumer Psychology Series)

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本書によると進化消費者心理学の嚆矢ということになる本のようだ.
とりあえず購入済み,未読




Luxury Fever: Money and Happiness in an Era of Excess

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What Price the Moral High Ground?: Ethical Dilemmas in Competitive Environments

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ロバート・H・フランクの誇示的消費にかかる本は何度か紹介しているところ.




ヴラダス・グリスケヴィシウスとジル・サンディーについては,単著としての著書はないようだ.以下のページ参照
http://www.csom.umn.edu/Page8713.aspx
http://www.bauer.uh.edu/sundie/

*1:ホイチョイプロダクションの「気まぐれコンセプト」ではAV産業にもマーケティングはあるのだというネタを扱っていた.AV嬢のネーミングについて,DVDの陳列がアイウエオ順になっていることが多いことから「あ」のつく名前が有利だという話だったように記憶しているが,消費者が快楽中枢にやられている場合には単純な戦略で十分ということかもしれない