「Spent」第11章 一般知性 その1

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


ここまででミラーは,ヒトの誇示的消費は誰かに何かを伝えたがっているハンディキャップコストのかかったディスプレーであると説明し,何をディスプレーしているかについては一般知性とビッグ5というパーソナリティの6要素だとしている.本章からこの6要素を1つずつみていくということになる.


最初に取り上げるのは『一般知性』だ.
しかしこれはなかなか政治的には地雷原に近い概念だ.ミラーは,まず概念についてのよくある誤解を解くところから行っている.

  • 知性にはヒューマンユニバーサルとしての側面と個人差の側面があるが,この「一般知性」あるいはIQは,個人差を見るための指標であり,これまでの心理学でもっともしっかり確立された方法だ.そして客観的なパフォーマンスや学習能力をよく予測できる.
  • 一般知性にかかる皮肉は,一般の人には良く理解できるのに,エリートはしばしばこの概念そのものを否定しようとすることだ.大学教授はエリートだけとつきあっているために,スーパーストリングセオリーは誰でも理解できるなどとコメントできるのだ.
  • 進化心理学者でさえも,しばしば一般知性も何か1つの適応モジュールで,脳の特定エリアにあると誤解している人がいる.そうではなくて一般知性は健康とか美しさのようなものだ.特定の場所にある器官の機能ではなく,抽象的な構成,あるいは隠れた変数で,計測により現れる.


最後のところはなかなかやっかいな問題で『モジュール』とは何かという定義を巡って混乱しがちな部分だ.ミラーはこのやっかいな部分には踏み込まずにさらっと流し,ともかくも個人差があることからこれは「多くの遺伝的な質や表現型の状態のよい指標」ではないかという説明をしている.だから一般知性は以下のものと相関があると主張している.

  • 脳の大きさ
  • 一部の皮質の厚さ
  • 一部の化学物質の脳への集中度
  • 子供期に皮質がもっとも厚くなる年齢
  • 基本的な感覚運動スピード
  • 基本的な神経伝達スピード
  • 身長
  • 顔や身体の対称性
  • 健康
  • 長寿
  • 精子の質
  • メンタルヘルス
  • ロマンティックな魅力


1970年代,これらの相関の主張はレオン・カーミンや・スティーブン・グールドによって厳しく批判された.彼等はこのような特徴と一般知性にはなんの相関もないのだと散々批評を書いた.しかしそれは間違っていたのだ.遺伝学から神経科学まで山のようなリサーチが相関を示している.


しかしリベラルエリートの間にはこのような傾向が残っている.ミラーによると,彼等のあいだでのIQに対するあからさまな軽蔑は,「その人の調和性や開放性のファッショナブルなディスプレー」として残っているということになる.

ここはなかなか皮肉が効いていて面白い.しかしIQへの軽蔑は,調和性のディスプレーとしてはなかなか有効だろうが,開放性のディスプレーとしてはどうなのだろうか?少なくともアメリカのエリートの間ではそう受け取られるということなのだろう.リベラルエリートの偽善性が垣間見えるようだ.


もちろん,IQがリベラルエリートに軽蔑されたからと言って,知性ベースの能力主義が否定されることにはならない.ミラーは「子供がテストで良い点を取り,いい大学に行って喜ばない親はいない.低いIQの殺人犯に重罪をと叫ぶ政治家や,アルコールがIQに与える効果などの報道が絶えることはないのだ.」と指摘している.



関連書籍


ミラーが挙げているグールドの主張にかかる本.かなり昔に読んだのではっきり覚えているわけではないが,この本では,IQにかかる過去の歴史が語られた後,IQに人種差があるかもしれないという主張への反論と,そもそもIQに実体はないという主張の両方がなされていたと思う.最近文庫化されている.

人間の測りまちがい〈上〉―差別の科学史 (河出文庫)

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人間の測りまちがい 下―差別の科学史 (2) (河出文庫 ク 8-2)

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