「Spent」第15章 遠心性の魂 その2

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


現代社会において,休日により感情豊かで調和的なディスプレーをするのによい方法は何か.


ここからはミラーのハウツー本だ.大半はいわゆる「賢い消費者になりましょう」的なものであまり知的に興味深いものではない.ただちょっと面白いのはディスプレーとしての有効性からの観点が入っていることだ.並べると以下のようなことが推奨されている.

  1. 欲しくなってもすぐには買わずに何日か考えてみよう.もしかしたら断念した方が周囲に対して印象的かもしれない.
  2. もしかしたら既に持っているのではないか.それをガレージから引っ張り出して修理やアップグレードして使う方が,あるいは古いレトロ型のものを使う方が,ディスプレー相手に対してよい話題提供になり,より強い印象を与えることができる.
  3. 友達や近所の人から借りてみよう.貸し借りは互恵性,信用,社会的絆という社会的な資本を作り出すことができる.
  4. ディスプレーという効用から考えると(つまりどうせ数回しか使わないのなら),ほとんどの製品は商業的なレンタル利用の方が安く上がる.(ここではバフェットやゲイツが自家用ジェットのタイムシェアで十分だというなら,本当にそれを所有することが必要な金持ちがこの世にいるはずはないと皮肉っている)
  5. 同じことが中古品,ジェネリック品,レプリカについても言える.ディスプレー効率から考えると新品や純正品でなければならない理由はない.(ここでは古着について次のようなコメントがあって面白い「新品の服は天使がクリーンルームで作っているわけではない.製造国の工場から輸出入手続き,そして店頭に並ぶまでに何十人もの人がタッチしているし,小汚い倉庫でさっきタコベルを食べたままの手で開封されているのだ.新品とは単に40人以下の人しか触ってなくて,5人以下の人しか試着していないということを意味するに過ぎない.」)
  6. 自分で作ってみよう.これは使用価値が目的だとすれば(特に精密な製品,安全,健康に影響する製品については)あまりいい戦略ではないが,ディスプレー目的なら別だ.これは自分の専門分野以外で,知性,誠実性,創造性を強くディスプレーできる.(なおここでは,この分野にも消費者資本主義の魔の手は伸びており,ホビー商品として高額の工具セット,ビスケットジョイナーなどが売られているから注意が必要だと指摘している.ミラーはこれらも友人から借りてみようといっている)
  7. 専門家にカスタムメイドしてもらおう.特に同じ地域にコミュニケートできる専門家がいればこれはよい戦略だ.これにより創造性,趣味の良さに加え,芸術家と共同できるという社会的技術をディスプレーできる.また作られたものには付加的な物語が生まれる.特に住宅についてはこれはよい戦略になる.(中古価格の下落が小さくメンテナンスや修理のアドバイスを受けやすいとミラーは指摘している.日本だとあまり特異な家は中古価格では不利なので,そのままは当てはまらないだろう.)
  8. 新しい技術を買うときには3年待ってみよう.アーリーアドプターはディスプレー戦略としてはあまり効率的ではない.それはディスプレーしようとしている相手がその技術の詳細に通じていなければ有効にはならないからだ.少なくとも相手に対して効果的な技術かどうかをよく考えよう.
  9. プレゼントとして欲しいといってみよう.待つのは楽しいし,送り主との絆が生まれる.さらに誰かにもらったという物語はその製品のディスプレー価値を上げる.(アメリカではウィッシュリストをある程度公開するということが結構あるようだ.日本では通常もらいたい人に直接意思表示するしかないからちょっと微妙な問題もあるだろう.それとも私が知らないだけでSNSウィッシュリスト公開ということが日本でもあるのだろうか)
  10. ほとんどの商品にあるディスプレープレミアムを良く理解しよう.


アーリーアドプターのくだりはなかなか手厳しい.私自身典型的なアーリーアドプターではないが,そうなることもある.最近ではハイビジョンテレビ(私が最初に買ったハイビジョンテレビはブラウン管方式のもので,「地デジ対応ハイビジョン=薄型」と思っている普通の人々に説明するのには大変苦労する),ブルーレイ,iPadがそうだ.これらは(無意識も含め)見せびらかしたくて買ったのだろうか.*1 ミラーにいわせればそうだということになるだろう.
主観的には使用価値を熟考して購入したつもりだったわけだし,まあ実際に主観的使用価値はいずれもとても高かったし.その後の値下がりを考えて何ら後悔はないからいいことにしよう.


ミラーは最後にだめ押しを試みている.

小売で新品ブランドを定価購入するのは,想像力のない人にとっての最後の手段だということになる.それは物語として価値がない.それはあなたに購入能力があること,そして欲深く,人と一致したがり,自覚のない消費者だということ以外何も示さない.信頼や互恵性や社会性を示すことはできないのだ.人との絆も作らないし,物事をよく知るきっかけにもならない.
小売消費は,ごく狭い特性のみ表示する.あなたは稼ぐか盗むか相続するかして金を持っていて,メディアに操作されるだけの認知能力があるというだけだ.


次にそうはいっても小売商品を買うのは手間がかからなくていいのではという疑問に対して,実際に数ある小売商品のそれにするかを選んで,運転して買い物し,さらにその消費を奥様に言い訳するのに大きなコストをかけているかもしれないとコメントしている.
そして時間の節約という点をさらに詰めれば,時間をかけたというコストこそが(特に本書を読むようなインテリにとって)ディスプレーの信頼性を挙げるのだ,また上記のような戦略をとれば「物語」という得難い付加価値をつけることが可能であることも重要だと強調している.


もっともな話だが,なかなか物語を作るのは難しそうだ.


ミラーは最後に現在進行中の様々な情報革命や技術の進展により,大幅なカスタムメイド製品が提供される可能性を示唆している.現在はデジタル製品の一部のオンラインショップでBTOが可能である程度だが,製造技術が進めばありとあらゆるカスタマイズができるかもしれない.ミラーはこの動きがどこまで進むかわからないが,iPodの形までカスタムメイドできるようになれば消費行動は随分変わったものになるだろうとコメントしている.


一体どうなるのだろうか.どこまでも自由になると,非常に印象的なディスプレーが可能になる人もいるだろうが,どうしていいかわからない人もいっぱいいるだろうし,自分でいいと思って実は失笑を買うということもありうるだろう.ちょうどファッションセンスと同じような具合になるのだろうか.それとも結局様々なカスタムメイドについて代行を請け負うようなサードパーティが生まれるということになるのだろうか.

と考えながらちょっと検索してみるとこんなデジカメが発表されているようだ.売れるのだろうか?
http://japanese.engadget.com/2010/09/09/optio-nb1000-nanoblock/

*1:iPadについては日本発売前だったし,その要素は確かにあったかもしれない.しかしiPadについてはほとんどの人に対して強いディスプレー効果があったのも事実だ.職場で見せびらかしていると普段話したことのない人までよってきた