「Spent」第17章 自由を法制化する その1

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


高額商品を購入することに偏ったディスプレー方式を何とかできないかという議論.第15章で個人でできること,第16章で社会として変われるかを見た後,本章ではいわゆる「政策論」を行うことになる.

現状の法制度が,ヒトの行動変化の障害になっているのなら,そこを変えてやればいい.ミラーは社会的,性的シグナルを規制しているような場合にそれが起こりやすいと指摘している.


ミラーが本章で特に行っているのは税制度の問題だ.
ミラーは,所得に対して課税するのではなく,消費に対して課税した方がよいとここで主張している.なお,ここでの議論は,累進的な所得税とフラットな一般消費税を比較しているのではなく,まずそもそもの課税ベースを所得にするのか消費にするのかの議論をおこなっていることに注意が必要だ.とりあえず,現状の所得税と,年間の消費総額を申告してそれに税金がかかる形式を念頭において(税務当局による把握の問題は考えずに)比較すればいいだろう.

すべてのエコノミストが課税ベースを消費にした方が,人々はより貯蓄をし,投資やチャリティを行うようになると予測する.これは当然だろう.
特にアメリカでは(そして特にリーマンショックまでは)人々の貯蓄率が異常に低いこと(時にマイナス)が問題になっていたので,課税ベースを消費にする議論がかなり主張されていたという背景がある.貯蓄と投資が増えた方が経済はより成長するという議論だ.なお日本では1980年代のバブル時を除けば常に貯蓄過剰が問題視されているので,論調は随分異なる.


課税ベースに続いて累進制についての議論が来る.ミラーは,ロバートフランクの累進制のきつい直接消費税の主張を紹介しつつ支持している.フランクは10億円を超えるような消費については税率100%でもよいとしているそうだ.確かにそれがディスプレー目的なら,コストこそが問題になるのだから,金持ちにとってたいして問題はないはずだ.(社会全体にとっても信頼性のためのコストが単純な無駄から一部政府の収入になるというメリットがある)


では品目別に税率は変えた方がよいのか
ミラーは変えた方が良いという議論を行っている.消費態様により外部性は正(例えば住宅の断熱工事)から負まで様々であるから,それに応じて税率を変える方が望ましいという主張だ.

ミラーは品目別に税率を変えるためにはきちんと外部性リサーチをおこなえばよく,そうすればより耐久性のある品目,よりエネルギー効率のよい製品は(ゴミ処理などの理由から)税率を下げることが出来るし,高い消費税率は,よりバーターや交換などを通じて社会的なネットワークを促進するだろうともコメントしている.ここでミラーは「毎年の流行をInter Society Color Councilで決めているような服に比べて,リサイクル可能で洗濯の簡単な素材によるベーシックで長持ちするデザインの服に低い税率をかければいい」と書いていてなかなか面白い.
ミラーは負の外部性を持つ消費の例として銃の所有を挙げ,保守派の銃規制反対派には,銃を持つ権利はあるとしても,外部性のコストは負担すべきだと主張すればいいと言い放っている.アメリカの保守派にはかちんと来るところだろう.(彼等は当然,権利の問題のほかに,犯罪の予防という正の外部効果があると主張することになるだろう)


このあたりのミラーの主張は実務面に対してかなりナイーブな印象だ.ミラーは外部性の意見の食い違いについてはリサーチにより解決できると楽観的だが,ことが税率の大小にかかれば,泥沼のリサーチ合戦になるのは目に見えているのではないだろうか.

また(これは本来経済学者であるロバート・フランクに聞くべきだろうが)累進制にするには年間の消費総額を申告させることになるが,税務当局はどんな方法を使って年間の消費額を調査できると考えているのだろう.所得が把握しやすいのは,ある人の所得は別の人(あるいは会社)の所得の控除項目だから突き合わせが可能だという事情があるからだ.消費を当局から隠す方がはるかに容易な気がする.(あるいは品目別の税制をきちんと構築すれば自然と累進的になるということかもしれない.このあたりは明確に議論されていない)
また品目別税率の主張もそもそも外部性について意見が食い違うという問題を別にしても,実務的にはやっかいだ.(ラムネ菓子が一粒ついたフィギュア(食玩)は食品だろうか?)世界の消費税がみなほとんどフラットな一般消費税型になっているのはおそらくそういう事情が大きいためだろう.



関連書籍


ロバート・フランクによる累進的消費税の議論はこの本に書かれている.

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