How Many Friends Does One Person Need?: Dunbar’s Number and Other Evolutionary Quirks
- 作者: Robin Dunbar
- 出版社/メーカー: Harvard University Press
- 発売日: 2010/11/01
- メディア: ハードカバー
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これはヒトの言語の起源について「霊長類のグルーミングに変わるゴシップを行うため」という仮説を提唱していることで有名な人類学者,進化心理学者のロビン・ダンバーによるエッセイ集である.収録されているのは1994年から2006年のニューサイエンス誌に掲載されたエッセイや2005年から2008年にかけてスコッツマンニュースペーパー*1に掲載されたコラムが元になっているようだ.とはいえ,かなり編集の手も入っているようで,ヒトの進化心理を大きなテーマにしてうまくまとまっている.
最初の導入部ではここまでの研究者人生を振り返って,ちょうど独り立ちしたころにドーキンスの「利己的な遺伝子」とE. O. ウィルソンの「社会生物学」が出版され,これまで考えられなかったような視点が開かれてエキサイティングだったと述べられている.ダンバーの立ち位置がさりげなく示されているようだ.この後は進化心理学まわりの様々なトピックが扱われている.エッセイということで大胆な仮説も自由に取り上げられている.面白かったものをいくつか紹介しよう.
- 生涯モノガミー(一夫一妻制)の動物は乱婚性の近縁種より脳の容量が大きいことが知られている.これは同一相手と長期間うまく協調するためには知性がより必要になるのだろうという議論をしている.*2
- ヒトの色覚について.X染色体を二本持つ女性の場合,赤色遺伝子,緑色遺伝子に変異があると,4原色視,5原色視が可能になる.女性の1/4は4原色視が可能というデータもあるそうだ.ダンバーは,女性が服装に関して男性にはわからない微妙な色合いを巡って逡巡するのはこのせいかもしれないとコメントしている.1/4も4原色視できる女性がいるとは驚きだ.日本ではこの比率はどうなっているのだろうか.彼女たちには普通のテレビやカラー印刷の色再現力には満足できないだろう.そしてファッションについて一部の女性の感覚が男性には理解できないのはこのためなのかもしれない.
- スコットランドでは,姓は同一起源でも土地によって微妙な変異があり,名前も長男に父方祖父の,次男に父の,三男に伯父の名前をつける風習があるので,姓名は個人の関係をよく表している.そして人は自分と同じ姓や名前の人からの依頼をより引き受ける(さらに珍しい名前ほどそうなる)というデータがある.これらはハミルトン則と整合的だ.
- 南イングランドの人々の遺伝子要素を地理的に分析すると東に行くほどケルトが減ってアングロサクソン的なるが,ミトコンドリアに比べてYの方がよりアングロサクソン的だ.これはアングロサクソン系の侵入が男性に偏り,ケルト系の女性と子供を作ったことを示している.またアイスランドではYはノルマン的だが,ミトコンドリアにはスコットランドやケルトの要素がある.ダンバーはアングロサクソンがケルトを奴隷にしたり,ノルマンがスコットランドやケルトの女性を拉致して連れて行った可能性があると論じている.
- 音楽の起源:ピンカーは副産物説で,ミラーは性淘汰形質説.ダンバーはこれほど夢中になるものが副産物だとは考えにくく,エンドルフィンを放出することから社会的絆形成の機能が最初にあり,性淘汰はその上に乗ったのではないかと議論している.しかし絆形成にエンドルフィンが有利なら,単にエンドルフィンを出せばいいだけだ.何故あれほど音楽に夢中になる必要があるのだろうか.
- 物語の起源:ゴシップは社会的絆形成の機能があったとして,では物語というのは何なのか?ひとつは神話のような起源の物語が社会的絆形成の役に立ったということがあるだろう.しかし物語はそれだけではない.何故夕食後暗い中で物語が語られ,いい話はみなが好むのか?ダンバーはこの問題については答えを語らずオープンなままとしている.
- ヒトの皮膚の色の淘汰圧:70-80%は紫外線量で説明できる.しかしこれはよく言われる皮膚癌とビタミンD生産のトレードオフではなく,紫外線によるビタミンBの破壊とビタミンDの生産がトレードオフになっているようだ.女性の方が色白であることは乳生産のためによりビタミンDが必要であることから説明できる.
- 感染症リスクが高いほど感染を避ける文化進化が生じると考えることができる.これで熱帯地方の方が狭い地域に多くの言語がひしめくこと,感染負荷と信心深さに正の相関があるというリサーチ結果を説明できる.
- フローレシエンシス:新種だということはほぼ確実.ボルネオには3種の森の人があるという言い伝えがある.オランリンバは山岳民族のことらしい.オランウータンは類人猿.そして謎のオランペンディックだ.これは実はフローレス人のことかもしれない.
- 進化心理と投票行動:ニュートラルな顔を作り,そこに候補者の構造だけ似せた顔(被験者にはモデルが誰だかはわからない)を作ってアンケート調査したリサーチがある.これによると顔だけで選ばせたアンケート結果は数カ国の選挙の実際の結果を6:4で予想できた.さらに戦争時と平和時で好まれる顔が異なることもわかった.これによると戦争時ではブッシュの顔構造が,平和時にはケリーの顔構造が好まれたそうだ.また恐ろしい写真への敏感さと保守的かどうかにも相関がある.
- 刑事裁判の陪審制について:もともとの陪審制は,国王任命の裁判官に裁かれる不信から,被告をよく知るコミュニティの人たちに裁いてもらう権利として生まれた.しかし現代においては同じコミュニティの人に判断してもらうという意義はなくなっている.犯罪が複雑になり,陪審操作のプロのテクニックが発達した現在においては陪審制は誤審を増やす温床になっている.ダンバーは陪審のプロ化(トレーニングを受け,報酬をもらって陪審を務める)を提唱している.どうも英国では,陪審は操作されやすく,誤審が多いということになっているようだ.
- ヒトと(ヒト以外の)動物の最大の違いは何か:これまで道具製作,文化,言語などが議論された.しかしそれらは調べれば調べるほど明確な境界を示すことが難しくなる.最近議論されるのは「心の理論」.動物にも低次のものはありそうだがうまくそれを示すことは難しい.いずれにしても3次を越える志向姿勢を持つのはヒトだけのようだ.これは量的な違いなのだろう.
- 心の理論における志向姿勢:通常のヒトは5次まで持つ.そして少数のヒトは6次まで持つ.観客に5次の志向姿勢能力をフルに使わせる劇を書くためには,作家自身に6次の能力が必要になる.これがシェイクスピアが天才である理由だ.
- ラテン語学習は何故重要なのか:真に重要な科学を行うには,単に頭がよいだけでは駄目だ.いろいろなことを覚えておいてその場で関連づけられなければならない.ラテン語や歴史は記憶のトレーニングとして優れているのだ.そしてラテン語は特に正確で構造がしっかりしているので科学向きだ.(ダンバーは,これに比べて英語は柔軟で語彙が豊富なので科学より文学向きだとコメントしている.このあたりはかなり強引な主張に見える.あるいはジョークなのだろうか)
- 新聞の求愛広告は進化心理研究のよい材料だ.広告主の自分に対する説明は信頼できないが,どのようなビッドを出しているかで広告主自身のマーケット価値を示してしまうことが多い.そしてよく分析すると広告主は自分のマーケット価値について実によく把握している.リサーチによると唯一のアノマリーは「男性は女性が求めるほど自分の家庭性をアピールしない」ということだそうだ.日本の「イクメン草食系男子」はそのアノマリーも克服したのだろうか.
- キスとは何か:ダンバーはMHCは匂いに効いてくるので,血縁の近さを確かめているのではないかという仮説を提示している.しかしもしそうなら多くの動物でもキスがありそうなものだがそうは思えない.嗅覚が鈍くなったことへの補償という趣旨だろうか?
- 英雄的行為はリソースを持たない若い男性の配偶戦略という側面があるようだ.実際にアメリカ市民の英雄的行為に贈られるカーネギーメダルの受賞者のリサーチによると,男性は血縁のない若い女性をより助け,女性は血縁の子供を助けるという傾向がある.あるインディアンの部族では,平和酋長と戦争酋長があり,戦争酋長は戦争に勝ち抜いてはじめて就任でき,結婚も可能になる.そして戦争酋長の多くは孤児や貧しい層の出身者が多いようだ.
- 道徳の本質に感情が絡むのは間違いないが,それだけでは自分勝手の基準になって正当化できないはずだ.もしこの正当化に道徳を作る「神」の存在を要求するなら,道徳の正当化には4次以上の志向姿勢が必要になる.「私は,あなたも私も,神が,私達が正しい(と考える)行為を行うことを欲していることを知っていると考える」
- そして宗教はアトランやボイヤーが言うように単に副産物ではなく,小さな社会のシャーマン的な宗教には社会をより結束させるという機能があったのではないか.これはまずグルーミングではエンドルフィンがでるが,ゴシップではでないことを補完したのだろう.そしてそのためには儀式と教理が必要になり,教理を作るには5次の志向姿勢を必要とする.「私は,あなたが,私たちは,神が,私たちが正しい(と考える)行いをすることを望むことを理解していることを知ることを欲している.」ヒトにその脳にかかるコストにもかかわらず5次の志向姿勢があることはこの宗教のメリットで説明できる.
最後の宗教と志向姿勢の議論はなかなか面白い.もっともダンバーの議論だけからいうと集団結束にはゴシップと歌や踊りがあれば十分なような気もするし.単純なグループ淘汰的な説明以上のことがなされていない(シャーマンの個人的利益のための操作に陥らないのか?)ので,なお仮説としては弱いだろう.しかし高次の志向姿勢のコストとメリットという視点は興味深い.
本書では様々な話題が取り上げられ,ちょっとスコットランドの香りを感じつつ,やや自由にヒトの進化心理にかかる仮説が展開されている.また後半部分ではは高次の志向姿勢という主題が繰り返し現れて統一感を与えつつ,ダンバーの現在の興味がよくわかる仕掛けになっている.全体として肩の凝らないエッセイ集としてなかなか面白い一冊に仕上がっていると評価できるだろう.
関連書籍
ダンバーといえばこの本.邦訳もでている.
Grooming, Gossip, and the Evolution of Language
- 作者: Robin Dunbar
- 出版社/メーカー: Harvard University Press
- 発売日: 1998/10/01
- メディア: ペーパーバック
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- 作者: ロビンダンバー,Robin Dunbar,松浦俊輔,服部清美
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 1998/10
- メディア: 単行本
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ヒトの進化に関してはこのような本も出している.未読
- 作者: Robin Dunbar
- 出版社/メーカー: Faber & Faber
- 発売日: 2005/05/19
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これは科学論の本.こちらも邦訳がある.
- 作者: Robin Dunbar
- 出版社/メーカー: Faber & Faber
- 発売日: 1996/04/01
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- 作者: ロビンダンバー,Robin Dunbar,松浦俊輔
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 1997/06
- メディア: 単行本
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共著ではこのあたりが主要著作か.この本はごく初期の進化心理心理学の教科書のひとつ.
- 作者: Louise Barrett,Robin Dunbar,John Lycett
- 出版社/メーカー: Red Globe Press
- 発売日: 2001/11/26
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- 作者: Robin Ian MacDonald Dunbar
- 出版社/メーカー: Edinburgh University Press
- 発売日: 1999/04/01
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