「移行化石の発見」

移行化石の発見

移行化石の発見


本書はLaelapsブログ(http://www.wired.com/wiredscience/laelaps)で有名な古生物・化石マニアでサイエンスライターのブライアン・スウィーテクの手による化石本だ.様々な化石を巡る物語が集められている.


序章では最近話題になったメッセルの「イーダ」を巡る話題が取り上げられている.コリン・タッジの「ザ・リンク」でこれまでのヒトの進化に新しい知見をもたらすものだと紹介されているものだ.確かに見事な霊長類の化石だが,化石の重要性については何故そこまで吹くかとやや疑問だった.本書によると,これはこの化石の買い取りと調査の主導権をとっているフールムのかなり山師的な振る舞いによるところが大きく,イーダは単に保存状態のよいキツネザルの祖先化石ということのようだ.なお彼等の「ドリームチーム」によるリサーチの詳細がでるまでは判断は保留ということだが,私的には納得だ.


続く第1章と第2章で,化石の発見物語と地質学および進化論・進化学説の発展の経緯が平行して描かれる.本書では近代的な「化石の発見」は17世紀後半にニコラウス・ステノがトスカナで,地中海から上がった巨大サメの頭部を解剖した後に,よく郊外から発掘される「舌石」がサメの歯であると気づいたときに始まるとされている.そこからキュビエ,ライエル,ラマルク,ダーウィンと話が進む.私的に面白かったのは,斉一説のライエルは,恐竜や魚竜も後の時代に復活すると主張していたそうで,それが有名なイクチオサウルスが人類の絶滅について講義している風刺画*1の元になったという逸話だ.斉一説にどこまでもこだわるとそういう主張にならざるを得なくなるのだろう.この絵はグールドのエッセイ集の表紙になっていることもあって印象深い.


第3章以降は様々な移行化石が個別に語られる.

  • 第3章は魚類から両生類.このあたりは本も多いところだが.ユーステノプテロン,イクチオステガ,ティクターリクらの話が指の発生,肺の起源などの話題と主に簡潔にまとめられている.
  • 第4章は恐竜類から鳥類.ハクスレーの洞察,始祖鳥の発見,論争,そして中国の羽毛恐竜の発見と話は続く.ここは恐竜化石について特にマニアである著者の最新の話題の紹介が素晴らしい.羽根やその色についての新しい発見,気嚢システムの起源や,頭蓋骨への寄生微生物が鳥類と恐竜で共通することなどが語られている.
  • 第5章は哺乳類の起源.単弓類,盤竜類,獣弓類,獣歯類などの話題だ.本書では耳骨の動きなどを中心にまとめているが,このあたりはまだよくわかっていないことが多いのだろう.
  • 第6章はクジラの移行化石.ここではドイツ生まれの山師アルベルト・コッホがクジラの化石を化け物に仕立て上げ大活躍する話が面白い.ダーウィンのクマの話も振れられたりしながら,後半は今や有名になった偶蹄目からの素晴らしい移行化石群の発見物語となっている.
  • 第7章はゾウ.歯の形状からマストドンが肉食だと疑われた話も面白いし,4本牙の古代ゾウもその適応的価値が興味深い.ゾウの移行化石はあまり紹介されることのない話で本書の魅力のひとつだ.
  • 第8章は逆に超有名なウマの移行化石.本書によると,ウマの顔が長いのは,高摩耗性の草を食べるために歯を高くしたからだそうだ.このゾウとウマの2章は,かつて分岐を繰り返し大繁栄した動物群の様子が語られていて面白い.
  • 第9章は人類化石.これも大変よく語られる話であり,本書ではラミダスの復元まで取り込んで最新の知見を簡潔に紹介している.


そして終章では進化は必然か偶然かという話題を取り上げてサイモン・コンウェイ=モリスの「必然」という主張に反論している.進化には偶然の要素も予測可能な要素もあるのであまり意味のある議論ではないが,確かにコンウェイ=モリスの宗教的信念丸出しの主張がWiredに寄稿するようなサイエンスライターには受けが悪いのがよくわかる.


様々な話題を一冊に詰め込んでいるのでややまとまりはないが,著者の化石マニア振りがところどころに見えて楽しい一冊になっている.なお中間の個別の移行化石の章にはあまり最近の知見に基づく系統図が添えられていなくてとても残念だ.手元に系統図を置いて読むことをお薦めする.


関連書籍


原書

Written in Stone: Evolution, the Fossil Record, and Our Place in Nature

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フールムに乗せられたのか,イーダをややセンセーショナルに取り上げた「ザ・リンク」
私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091210

ザ・リンク―ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見

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両生類への移行化石の本としてはニール・シュービンのこれが比較的新しい.単なる化石物語ではなく,エヴォデヴォと合わせて語られるところが本書の魅力だ.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080923

ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト―最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅

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サイモン・コンウェイ=モリスの収斂本.収斂の話は素晴らしいが,主題の「進化が必然だ」という話ははっきり言ってつまらない.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100817

進化の運命-孤独な宇宙の必然としての人間

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イクチオサウルスの風刺画が表紙になっているグールドのEight Little Piggies. (邦題は「八匹の子豚」)

Eight Little Piggies: Reflections in Natural History (Norton Paperback)

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*1:大きな画像はここhttp://en.wikipedia.org/wiki/File:Awfulchanges.jpgにある.ヒトの頭蓋化石を前にイクチオサウルスの教授がまわりに集まった魚竜や首長竜たちに講義している.「君たちもすぐにわかると思うが,この頭蓋骨は下等動物のものだ.歯は貧弱で顎の力も弱い.・・・」