「Leaders in Animal Behavior: The Second Generation」

Leaders in Animal Behavior: The Second Generation

Leaders in Animal Behavior: The Second Generation


本書は動物行動の研究者たち(基本的には行動生態学者ということになるが範囲は微妙に広いということのようだ)の自伝アンソロジーである.The Second Generationとあるように一世代前の研究者たちの自伝が「Studying Animal Behavior: Autobiographies of the Founders」(1985)として出されている.この前書に寄稿しているのは,ローレンツティンバーゲン,E. O. ウィルソン,ヒンデ,ウィン=エドワーズたちである.(メイナード=スミスの名も見えるが,彼はどちらかといえば第2世代という感じだろう.)
この本が好評だったので25年たって新しい自伝集が企画されたということのようだ.寄稿しているのはR. アレキサンダー,J. アルトマン,P. ベイトソン,T. クラットン=ブロック,N. B. デイビスリチャード・ドーキンス,フランス・ドゥバール,サラ・ハーディ,J. R. クレブス,G. A. パーカー,M. J. ウェストエバーハード,アモツ・ザハヴィほか21名である.(この両者の面子を見ると,ハミルトン,トリヴァース,ジョージ・ウィリアムズたちがちょうど狭間に落ち込んでいるようだ.もっともハミルトンとトリヴァースはそれぞれ自伝つき論文集を出してくれている.)やや大判の作りで,それぞれが30ページ程度の寄稿をしており,全体で600ページを超える大冊になっている.


最初は興味ある人の分だけ読もうと思って読み始めたのだが,やはりそれぞれの人生が詰まっていてなかなか面白くだんだん引き込まれて,結局全部読んでしまった.
21人の人生はもちろん様々だが,よくみられるパターンは,子ども時代から動物をみるのが好きだったこと,ローレンツティンバーゲンの本に触れて動物行動の研究に興味を持つようになること,しかし当時動物行動の講座は少なくいろいろな苦労をしてその道に進むこと,研究者になったころにハミルトン,ウィリアムズ,トリヴァースたちによる遺伝子視点からの行動進化の見方が広まり,ものすごくエキサイティングな時代に居合わせたと述懐していることなどだ.
また冒頭に自伝を書くことの意味だとか,記憶のバイアスなんかに触れてあるものが多いのはいかにもこの業界らしい.女性研究者はフェミニズムとの関わりにも触れているものが多い.実際子育てをしながらの苦闘や,なかなかテニュアが得られなかった話も語られている.この時代の英米での研究者生活では大きなトピックのひとつであったのだろう.
研究者の動物の行動研究以外の側面にはじめて出会うことがあるのも読んでいて面白いところだ.ベイトソンとマリアン・ドーキンスは動物の権利運動(ベイトソンキツネ狩り反対運動に,マリアン・ドーキンスは苦痛の少ない畜産業の実践に関わっている),クレブスは科学行政(英国におけるBSE騒動にまさに関わった),ザハヴィは自然環境保全(建国後のイスラエル環境保全の先駆けとなった)に大きな足跡を残している.


個別の自伝ではリチャード・ドーキンスのものが面白かった.いくつか逸話を紹介しよう.

  • 英国のナチュラリストの家系に生まれ,8歳までアフリカで育つのだが,本人はどちらかといえば本の虫で,英国に戻った少年時代に祖父から「あの鳥は何?」と聞かれ,アオガラをズアオアトリと答えてしまって*1,祖父に「こんなことがあり得るのか」と嘆かれた.
  • 大学ではティンバーゲンに私淑する.ティンバーゲンは問題の明確化と定量化の激しいトレーニングを行った.そして観察中即席でデータをグラフ化するのだが,砂の上に卵の殻でデータを示すそのやり方はまったくun-PowerPointだった.
  • 最初の学者生活はUCLAで,ベトナム反戦とヒッピーの文化に染まる.
  • オックスフォードに帰ってからはコンピュータにはまり,DecのミニコンPDP-8のプログラミングにのめり込む.
  • 最初の研究テーマはコオロギの信号.次はジガバチの行動で,コンコルドの誤謬があるのかどうかのリサーチは話題になった.
  • ハミルトンの包括適応度理論については1966年頃から魅せられていた.「Selfish Gene」出版後,社会生物学論争で様々なたたかれ方をしたが,ハミルトン本人に熱狂的に取り上げてもらって嬉しかった.
  • 動物の信号についてクレブスと仕事をした.だましはクレブスのアイデアで操作はドーキンスのアイデアが元になっている.
  • マークス&スペンサー(英国の総合高級小売スーパー)で,ナイスネスの講義を行い,当時有名になった繰り返し囚人ジレンマゲームを紹介し,上級管理職研修で実際にやらせてみたところ,繰り返し回数を定めていたために最後には裏切りの連鎖になってしまった.
  • 「Climbing Mount Improbable」「River out of Eden」はテレビシリーズの企画から生まれた本.前者は本人としては気に入っているが何故か世間の評価はあまり高くないので残念だ.*2
  • マイクロソフトのチャールズ・シモニが自分のために巨額の寄付をしてくれてできたのがチャールズシモニ教授職.これにあたってはシアトルに招待されて最高のもてなしを受けた.また様々な義務から解放されて嬉しかった.この自由を無駄にしてはいけないと取り組んだ巨大プロジェクトが「Ancestor's Tale」.実に5年の歳月をかけて完成させた労作だ.(これはもう一度読んでみたくなった)


リチャード・アレキサンダーの自伝では昆虫から研究に入り,真社会性の問題に絡んでヒトに行き着いた経緯が描かれていて面白い.真社会性のくだりでは生態要因として継続的給餌と防衛可能な巣が重要であることを「Alexander's Factory-Fortress Model」として早くから主張しており,だから哺乳類で真社会性が進化するとすればと考察してハダカデバネズミの真社会性の発見に至った経緯も書かれている.*3


クラットン=ブロックの自伝では英国北部の離れ小島のシカのフィールドや,アフリカのミーアキャットのフィールドの様子が詳しく描かれていて楽しい.ミーアキャットについてはアニマルプラネットの「Meerkat Manor」という番組(いわゆる自然ドキュメンタリーではなく,実話に基づくドラマ仕立てだそうだ.この題は「ミーアキャット荘園」というほどの意味だろうか.一族の盛衰にかかる大河ドラマのような趣ということだろう.)につながったことなども紹介されている.この番組は見逃してしまった*4が,なかなか面白そうだ.フィールドの面白さではライアンのカエルのフィールドも印象深い.カエルを主食にするコウモリもいるそうだ.


行動生態学者にバードウォッチャーが多いのも(当たり前かもしれないが)読んでいて印象深い.
ニック・デイビスの自伝でもその鳥オタク振りが発揮されている.ヨーロッパカヤクグリの研究は有名だが,それを近縁のアルプスのイワヒバリを比較した結果も紹介されていて参考になる.このほかエムレンは渡りのメカニズムの解析に,ゴワティやオリアンズは配偶システムについて,メレディス・ウェストはカウバードの学習(巨大な飼育設備を使った実験)について,ウィングフィールドホオジロ類についての行動と内分泌系について書いているが,いずれも鳥オタク振りが顕著だ.


ウェスト=エバーハードの自伝も面白い.とても奇矯な女の子(アライグマの帽子をかぶって男の子に混じって暴れていたそうだ)だったこと,アレキサンダーの元で昆虫のリサーチのバイトをしたことがこの世界に進むきっかけになったこと,ふとしたきっかけでコロンビアで研究するようになったこと,最も早くからハミルトンに傾倒してその理論を元にハチのリサーチを行ったこと(当時DNA分析ができなかったので,ハチの個体の色合いから血縁度を推定しようとした苦闘が描かれている),トリヴァースをハミルトンに引き合わせるきっかけになったこと,結婚後旧姓使用しようとしたところ夫から結婚に対するコミットを疑われてウェスト=エバーハードと名乗ることになったこと(当時相談した女性研究者は「離婚したらとても不便よ」と旧姓使用をアドバイスされたが,それこそもっとも夫に説明できないことだったと述懐している),そして子育てしながらコロンビアとコスタリカで昆虫の社会性,性淘汰,代替表現型,種分化などを研究し続けたことなどが語られている.


ザハヴィの自伝も鳥オタク振りが強いものだが(事実上引退した今でもアラビヤチメドリの観察は継続しているそうだ),ハンディキャップ理論の受容の話もあって興味深い.行動生態理論のメッカ,オックスフォードの人たちは数理モデルなしにはなかなか認めてくれなかったが,メイナード=スミスは少なくとも論文発表の価値があると認めて後押ししてくれ,このおかげでハンディキャップ理論は広く知られるようになった.それでもメイナード=スミス自身は懐疑的だった.そして長い年月の後,1989年にハミルトン(主流の研究者の中ではハミルトンのみがハミルトン=ズック仮説においてハンディキャップ理論の考え方を支持していた)の招きでオックスフォードで連続講演を開くことができた.そしてそこで説明したときに,ついにアラン・グラフェンが「あなたは正しいと思う.数理モデルを組み立ててみよう」といってくれた.そして翌年ハンディキャップ理論が成立する数理モデルを発表してくれて,この理論は業界で広く受け入れられるようになったということだ.


非常に大部な本だが,自伝という物語性があるので楽しく読み進めることができる.これまで論文や本の著者としてしか知らなかった学者の人生に触れられるのはなぜだかとても嬉しいものだ.行動生態学に興味がある人にはあまねくお勧めである.



関連書籍


第一世代の自伝集はこれ「Studying Animal Behavior: Autobiographies of the Founders」

Studying Animal Behavior: Autobiographies of the Founders

Studying Animal Behavior: Autobiographies of the Founders


ドーキンスのチャールズシモニ教授職就任後の渾身のプロジェクト.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060801

Ancestor's Tale: A Pilgrimage to the Dawn of Evolution

Ancestor's Tale: A Pilgrimage to the Dawn of Evolution


邦訳

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下


クラットン=ブロックの「ミーアキャット荘園」.本にもなっている.

Meerkat Manor: Flower Of The Kalahari

Meerkat Manor: Flower Of The Kalahari

*1:アオガラはシジュウカラの仲間で英国では普通種.かなりきれいな青色をしていて顔は白っぽく横に線が一本入った特徴的な種で識別は容易.ズアオアトリはヒワの仲間でやはり英国では普通種.こちらの全身の色は茶色と黒で,わずかに頭部に青みがある程度.少しでもバードウォッチングしていればこの2種をまず間違えることはない

*2:この「Climbing Mount Improbable」だけは邦訳が未だにでていない

*3:このあたりを読むと今更ながらにNowak et al.論文の筋悪さ(得意そうに主張している生態要因も二番煎じ)がよくわかる.

*4:ナショナルジオグラフィックチャンネルでこのダイジェスト版のような番組が最近放映されて観る機会があった.ヘルパーであるメスがよそ者の流れオスの子どもを宿して,女王メスに見つかり群れから追放され,最後に子供を失ってぼろぼろになって戻ってくるというエピソードが語られていた