
Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind
- 作者: Robert Kurzban
- 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
- 発売日: 2011/01/03
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第3章 “私”とは誰か?
本章の章題は,モジュール性をよく考えていくと.「単一の統一人格」なるものが幻想であるということがわかるという趣旨だろう.この第3章では脳がモジュールの集合体であることをより具体的に語っていくことになる.
まずクツバンはディズニーのアトラクション「クラニウム・コマンド」の説明を始める.これはフロリダのディズニーワールドにあるアトラクションで,広大なディニーワールドの中のエプコットのワンダーズオブライフ館にあるアトラクションらしい.*1
このアトラクションでは脳の中が劇場になっていて,パイロットが右脳,左脳,辺縁系などの脳の各部分や内蔵から情報や指令を受けて身体をコントロールしようとするという構成になっているそうだ.クツバンは,全体を統括しているパイロットがいるというのはまさにデネットのいうカルタジアン劇場風*2で間違っているが,脳が機能ごとに区分けされて(区分けの仕方は大まかすぎるが)それぞれ独自に動き,さらにパイロットの存在に気づいていないという趣向はなかなか面白いとコメントしている.
そしてこのモデルが啓発的なのは,脳の各部分は,その各部分にとって必要があるときだけ情報を流すようになっているところだとクツバンは指摘している.つまり,あるモジュールと他のモジュールがつながっているかどうかは,つながっていないのがデフォルトで,機能から見てつながった方が効率が上がるときだけつながるようになっているとすると,クラニアム・コマンドは良いモデルになるということだ.
クツバンは次に「パイロット」があるという設定の背景について話題を移す.このアトラクションがこのような構成になっているのは,ヒトが非常に強くこのような「カルタジアン劇場」的な直感を抱いているからだ.デネットはこのような直感を誤りだと指摘した.確かに脳の中にコントロールセンターがあってすべてを統括しているわけではない.
しかし逆に,ヒトは自分が意識を持つと感じるのだから,何らかの「意識モジュール」があることになる.だとするとそれは一体どのようなものだということになるのか.
クツバンは次のようにコメントする.
- 私たちはこの機能がわかっていない.だからそれが重要だとか,必要だとか主張する根拠はない.
- これまで得られた証拠によると,意識は脳の機能のごく一部分しか占めていない.脳の各モジュールは自分の仕事をするのに忙しいのだ.
- そして多くの処理を意識はほとんど知らない.(ここでは視覚処理の例や,手を動かすというような処理の例をあげている)
- 手を動かそうと意識した瞬間を報告させると,それは脳の一連の活動のかなりあとになってからの時点になる.これは一連の動きを始めるモジュールが意識モジュールではないことの証拠だ.
- そして普通の人ははこのことを知らされると驚く.これも自分では脳の働きがわかっていないことのひとつの証拠だ.
認知科学の成果である多くの視覚処理の例はモジュール性を強く印象づけるもので説得的だ.これらの例はピンカーの本でも使われていてモジュール性を示す最も良い例ということなのだろう.また「手を動かそうと意識した瞬間を報告させると,それは脳の一連の活動のかなりあとになってからの時点になる.」という知見は非常に反直感的で衝撃的だ.私も最初に(たぶんデネットの本で)それを聞いたときには非常に驚いたことを覚えている.
<“私”とは誰か?>
そしてクツバンは章題の疑問にかかる議論を進める.
- ここまで示した事実は,多くのモジュールのうちごく一部に意識があり,多くは意識がないことをしめしている.そして多くの無意識のモジュールは重要な仕事をしている.
- もしそうなら特定の一部のモジュールを「私」と考えるのはおかしい.言語のコントロールに関するモジュールが何か特別なわけではないのだ.
- いかに自分の脳に誰かがいると感じても,脳内に誰かがいるわけではない.
- モジュールの機能を理解することがこの状況の理解の助けになる.
要するに普通に直感的に感じるような「『意識を持ち言語を司っている脳のある部分』が,すべてを統括している」わけではない,つまり普通の人が『私』だと考えるようなものは『意識』にかかる脳の部分では説明できない(そしてそのようなものは存在しない,中の人などいない),ということだ.議論の仕方はデネットとはまたちょっと違った角度からなされていて面白い.
すると『意識』は脳の活動のごく一部分をカバーしているだけだということになる.ではこの意識にかかる脳の部分は何なのだろうか.モジュール的にいえば,この『意識モジュール』の機能は何か?それは第4章で扱われる.
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