「図説アフリカの哺乳類」

図説アフリカの哺乳類 その進化と古環境

図説アフリカの哺乳類 その進化と古環境


本書は,系統分類・進化生態学者のアラン・ターナー生物学者でかつイラストレーターのマウリシオ・アントンの手になるアフリカの哺乳類の進化についての総説書である.進化史の全体像を,大陸移動,気候変動,化石からの復元,生態的考察などの様々な視点から見事に描いてくれている.またアントンの手になる化石からの復元イラストは非常に素晴らしく,それだけでもこの本を手に取る価値はあるだろう.対象となっているのはアフリカの哺乳類ということだが,主に大型の哺乳類を扱っていて草食獣と肉食獣,そしてヒトの祖先が中心になっている.記述はアフリカ大陸の概説,個別の動物群の進化史,化石産地ごとの生態,動物相の変遷という順番になっているが,それぞれが有機的に結びついていて読み進めるごとに深くなっていくように構成されている.


アフリカはゴンドワナ由来の大陸で,中新世前期(2300万年〜1800万年前)頃にユーラシアと最終的に結合した.この結合以前に,哺乳類についてはいわゆるアフリカ獣類といわれるゾウ,ハイラックス,テンレック,ハネジネズミ,ツチブタが適応放散した.この時期には特にハイラックス類が様々な植物食のニッチに放散していたようで興味深い,本書には様々なゾウ類,巨大ハイラックス,大型のツチブタなどの復元イラストが載せられていて魅力的だ.
そしてユーラシアとの結合後,北方真獣類が渡ってきて現在の動物相になったというのが大まかな構図になる.しかし本書を読むと,北方からの侵入は一時に生じたのではなく大変複雑な経緯をたどってきたことがわかる.少なくとも霊長目は漸新世の3300万年前から侵入しているようだし,ウマは何度も,イヌは比較的最近に侵入したようだ.本書では何故そうなのかまでは議論されていないが*1,なかなか興味深い.このイヌの遅い侵入年代がハイエナ類の形態の変化を説明する.イヌの侵入以前はハイエナはもっとスマートで四肢の長さが均一だった.しかしイヌ類との競争により草原での長距離追跡による補食というニッチを奪われて,より骨砕き型ニッチに特化したようだ.


個別の動物群ではヒト科とウシ科が詳しい.原書出版が2004年なのでラミダスについては詳しい復元がなされていないが,それ以外のヒト祖先種の復元イラストが同一イラストレーターの手によって比較しやすく掲載されていて眺めていて飽きない.アフリカにはシカがほとんどいず,草食動物としてはウシが大規模に適応放散している.ハーテビースト(ヌーなど),ブルーバックオリックス),リードバック,リーボック,インパラ,アンテロープ(ガゼル),スイギュウ,ブッシュバック(イランドなど)という具合に分類されるようで,それぞれの形態の違いを比較するだけでもなかなか楽しい.
アフリカ特有の動物の進化史という点ではカバ(目がだんだん潜望鏡型に)とかキリン(首の長い現生型への方向と,大型のウシのようになる方向の両方が見える)なども面白い.


またアフリカの地形や気候の歴史と絡めた議論も興味深い.特に鮮新世後期の乾燥化にかかる議論はVrvaの転換パルス説と呼ばれるものだが,その影響が非常に広範囲であったことがよくわかる.
特に興味深いのは肉食獣についての議論だ.ネコ類の補食方法は犬歯トラ類の切り裂き型と現行ネコ類の窒息型があるが,アフリカでは鮮新世以降急速に切り裂き型から窒息型に交替している*2.本書ではこれを鮮新世後期以降の乾燥化による草原環境の出現で説明している.切り裂き型の補食では,一気に獲物を倒して素速く切り裂かなければ犬歯の損傷リスクが高く,それには短く強力な前肢と大きなかぎ爪も必要になるが,草原環境では追跡が必要でそれが難しくなったのだろうということになる.
またイノシシについての影響も面白い.イノシシはそれ以前に非常に繁栄し,体重450キロを超えるようなノトコエルス*3などが動物相の重要な部分を占めていたが,それ以降急速に衰退したようだ.もちろん転換パルス説の元になった偶蹄目の変化(開けた環境への適応が,体格,歯列などに見られる)についても詳しく解説されている.


本書では様々な角度から立体的に哺乳類の動物相の進化,生態環境との関わりが見事なイラストとともに描かれていて,非常に魅力的な書物に仕上げられている.価格は12000円とやや高価だが,手元に置いて時々眺める至福感を考えると購入して後悔のない一冊といえるだろう.

*1:偶然の要素が大きいのだろう

*2:北米では更新世後期まで犬歯型が残っていたようだ.この違いも興味深いところだ

*3:現生のイノシシと並んだ復元イラストが印象的だ.まさに「もののけ姫」の世界を思わせる.