「Why everyone (else) is a hypocrite」 第4章 その2

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind



第4章 モジュラーな私


クツバンは脳についてモジュラー的に考えると,これまで当然と思ってきた概念も問題含みになると指摘している.
「心」についての伝統的理解の変更が迫られていることに関して,クツバンは,これまで哲学者が心を統一体と捉え,自己の中の矛盾を問題視してきたことも取り上げている.これは心理学の認知的不協和に関する状況とちょっと似ている.
クツバンは,ヒトはある時点でS1であって,同時にS2であることはできないと哲学者は考えてしまうが,それは事実とは異なると指摘している.


またクツバンは,脳の機能についてのモジュラー的な見方は,ヒトがしばしば犯す間違いについても洞察を与えてくれると指摘している.間違った方が得なら間違うようになっていると考えるべきなのだ.これは自信過剰傾向などをよく説明する.



<信じていない信念>
また単純な「ジョンは○○と信じている」という命題も問題含みになる.これは錯視のことを考えればわかる.線の長さが異なって見え,しかし同じだと知っているときにこの命題は真か偽のどちらかに決められるだろうか.つまり「ある特定のモジュール」が何を知っているかは議論できても「ある人」が全体として何を信じているかというのはナンセンスになるのだ.


クツバンはより細かく議論する.
社会心理学では「Implicit Association Test (IAT): 暗黙連想テスト」と呼ばれるテストで,組み合わせた質問への反応時間を測る膨大なリサーチがある.たとえば特定人種の名前と,悪いこと(殺人とか盗み)の組み合わせがスクリーンに提示されればボタンを押し,良いこと(虹とか朝)の組み合わせなら押さないというタスクを課してその反応時間を測るのだ.
このテストは反応時間の計測により連想の強さを直接アンケートして聞くよりも正確に測れるという前提で行われている.そしてこれを信じていいかについて論争がある.クツバンは「モジュラー的に考えると言葉をしゃべるモジュールが(正直に)話すことが間違っていて,IATが正しいと考える理由はどこにもないことになる」と説明している.


クツバンがここで強調しているのは,しゃべるモジュールや意識モジュールだけが「その人」の信念を表せると考えてはならないということだ.あるモジュールだけが「真実」であるわけではないし,自分が自分の脳に命令するという考えもナンセンスなのだ.


<意識モジュール>
クツバンは,「belief: 信念」という概念を扱うには注意が必要だと重ねて指摘している.この言葉は「統一体である誰かが何かを信じている」と捉えてしまいがちだ.しかしモジュラー的に考えると,それぞれのモジュールにそれぞれ(重なっていても)異なる情報があるだけなのだ.だから「ジョンのモジュールのうちいくつかは○○という情報を持っている」と捉えるべきだということになる.



<自己を再発明する>
クツバンはここで非一貫性のまとめを行っている.

  • 進化的過去には解決すべき多くの個別の適応的課題があったのだ.だから心はiPhoneならぬiMindになっているのだ.そのように脳をモジュラー性から考えることにより多くの心理学的現象(自己欺瞞,戦略的無知,偽善)を説明できる.
  • AIで有名なミンスキーは,脳が機能するには,サブパーツが組み合わさっていなければならないことを見抜いていた.そしてその各パーツの機能を考えなければならないと知っていたのだ.カルタジアン劇場や,全てを統括するパイロットは問題の解決にはなり得ないのだ.
  • しかしミンスキーさらにその機能が進化によって生まれたことを考えていなかった.進化的な考察こそ,なぜあるモジュールは潜在的に有益な情報を持たないのか,なぜ間違った推測をするのか,そしてなぜ偽善があるのかを理解可能にするのだ.


クツバンはかなりくどく書いているが,確かにこのあたりはなかなか直感と反している.進化やニュートン力学が素朴生物学や素朴物理学のモデルと異なるのと一緒で,これらは素朴心理学とはまったく異なった心のモデルになる.私達は非常に注意深く考察しないと,すぐにモジュール性を忘れ,カルタジアンな罠に落ちてしまうのだろう.またそういう論者から執拗に批判を浴びることになるのだろう.