日本進化学会2011 KYOTO 参加日誌 その1 


本年の日本進化学会は暑い盛りの京都で*1いつもより短く7月30日,31日という2日間の日程だった.前日29日は学会参加者は国際学会である国際分子進化学会(The Society for Molecular Biology and Evolution: SMBE)のレクチャーを丸一日聴けるという趣向になっていて,分子進化に関心のある参加者にとってはおいしい企画になっている.このためか例年よりも分子関係の発表比率が高く,行動生態を含めたそれ以外の発表は少なかったように思う.
なおいつものように発表については発表者のみを紹介し敬称は略させていただく.また英語演題については私が適宜仮訳してある.


第1日 7月30日


前日に京都入りして抹茶パフェなどををいただいて英気を養ったもののやはりじわっと熱い.東京ほどではないが,関西もやはり何となく冷房温度は高めだ.
午前中はシンポジウム4本.うち3本はSMBEとの共催でがちがちの分子進化の英語セッションということで,最後の「未知の多様性探索とゲノム情報」に参加.


シンポジウム 「未知の多様性探索とゲノム情報」


まずオーガナイザーの東樹宏和からイントロダクション


生態学が多様性を扱おうと考えたときにこれからはゲノム解析が重要なツールになるのだという展望を語ってくれた.
例にあげて説明されたのは地下の植物と菌の共生系.菌は非常に多様であることがわかってきており,記載種は10万ぐらいだが,おそらく150万から500万種ぐらいあると思われ,形態から識別が困難なものが大半である.また特定植物と特定の菌の相互作用がどうなっているかも重要な問題になる.
片方でシークエンサーの能力拡大のペースはムーアの法則を超えており,DNAから大まかな種識別(OTUというかたちで把握する),化学合成系の推測などが可能になる.
これをフルに使って行くにはインフラ整備が必要で,プライマーを見つけ,メタデータ化していく(メタゲノムアナリシス)ようなことを始めているという内容.具体的には京大キャンパスの裏山の吉田山でコナラとアラカシの菌根菌のデータを見せてくれた.


シークエンサーやコンピュータの能力拡大でこれまで手がつけられなかった問題が扱えるようになるという期待に満ちた状況をよく説明してくれる説明だった.


ベイジアンモデリングによる菌の地理的分布の推定:微生物は汎世界的な分布をとりうるのか? 佐藤博俊


微生物(ここでは菌)の世界的な分布の仮説検証にかかる話.
これまで微生物は増殖率が高く分散能力が高いので,大きな生物のような地理的障壁に区分けされた生物地理的な分布は示さずに汎世界的に分布しているのではないかという仮説が提唱されていた.
菌についてこの仮説を検証する上で問題になるのは,1.隠蔽種の識別が困難,2.目につかないので記載がなされていないものが多い,3.グローバルな基礎調査が不足している,ということだった.これをDNAから近似種OTUを決めてやり,GenBankのデータをブラストサーチし,基礎研究の地理的な濃淡についてはベイズモデリングで克服してみたというもの.
具体的には屋久島で一定の菌を集めてデータをとり,それがどの程度GenBankのものと一致するかを見る.ベイズモデリングは,まず菌の分布仮説(ホストの系統間距離,環境の類似度,屋久島からの距離,海が障壁になるかどうかなど)のモデルを作り,さらにある菌がGenbankに登録されているかどうか(研究が進んでいる地域かどうか,多様性,分類基準の偏りなど)のモデルを別途作り,これをベイズ的に処理する.
この結果,共生菌は類似ホストがいるかどうかが分布に効き,自由生活菌は極地で少ないという結果がまず表れ,さらに距離については弱い効果があり,海は一定の障壁になっていると説明されるというもの.つまり完全な汎世界的分布にはなっていないらしい.なかなか面白い.


氷床アイスコアにおける微生物解析 瀬川高広


キルギスタンの氷河と南極の氷河のアイスコアをとって分析した話.
キルギスタンの氷河は底が約1万2千年前,南極のものは72万年前で,様々な気候変化や環境変化が分析できるという内容.中身も面白いが,とにかく最近はコンタミネーションが問題になっていて,過去の有名な研究もかなりコンタミの影響があったらしいことや,アイスコアも一旦表面にDNA試料を大量に吹き付けてから外側を解凍して洗い落とし内側だけの資料にする(そして吹き付けたDNAがないことをもってコンタミがないことを確かめる)こと,南極の氷河下にあるボストーク湖は最後の秘境だが,コンタミが怖くて手を出せないなどの話がリアリティがあって興味深かった.


熱帯菌類の超多様性にかかるメタゲノミックス 大園享司


熱帯の菌類は非常に多様だが,どのぐらい多様なのかをDNAから調べてきたという報告.これまでの菌学では形態から分類してきたがごく一部しか記載できていない.アメリカではそのあたりの植物の根をとってきて分析すると簡単に数十から数百のOTUが得られ,(1サンプル1000リードでは)なお種数が飽和しないという報告がある.そこで沖縄でブナとツバキの根で1サンプル4万リードでやってみたというもの.
やはり300から800のOTUが得られたというのが結果.
発表ではシングルトンを除いてもこうなるというような説明がなされ,Q&Aではキメラが問題なのだからそれを除くようにすればいいのでシングルトンを除くのは根拠がないのではという突っ込みがなされていた.なかなか深い.


未培養系統群アーキアのメタゲノム解析とその真核生物型タンパク質修飾系 布浦拓郎


まず古細菌の研究史から.70年代には極限環境生物だと思われていたが,どんどん普遍的にいることがわかってきたことが解説される.あとは発表者による古細菌のゲノムの系統解析の話など.


シロアリ腸内微生物群集の多様性とゲノム情報に基づく機能解明 本郷裕一


シロアリの腸内には非常に多くの原生生物とバクテリアが棲んでいるが多くは単離培養できておらず,その生活史や機能はよくわかっていなかった.これをDNA分析することによりその化学的な機能や進化史を推測できるというもの.


次世代シークエンサーを用いたメタゲノムインフォマティックス 森宙史


シークエンサーの能力拡大ペースはムーアの法則を超えているため,これからはゲノムデータの処理の方がボトルネックになってくるだろうという衝撃の報告.得に系統解析などはデータサイズが1テラを超えてくるとこれまでのような方法ではできなくなるだろうという.
するとある程度一致したクラスタの代表データを抽出するような前処理を行ったり,系統樹以外の可視化が重要になるということで,その新しい可視化のひとつの試みが紹介される.
なかなかコンピュータパワーの増大ペースを超えるというのがすさまじい.基本的には技術進展の詳細の問題ということだろうが,なぜシークエンサーの方が速いのかというのもちょっと面白い問題なのかもしれない.


最後の質疑応答では,シークエンサーの能力拡大を考えると,「今得られたデータを大事にデータベース化するよりも一旦使い捨てと割り切って数年後にはまた一からデータを取り直した方が簡便では」とか,「今あるメタゲノムデータベースはクズだ」とかのメタゲノムデータについての様々な本音が飛び出て面白かった.




ここで一旦昼休みとなった.昼食は百万遍の新福菜館ラーメンをいただいた.最近まで横浜の港北ニュータウンにあったのだが撤退し,首都圏でこのラーメンを食べるのは難しくなっていたこともあり,京都駅そばの本店ではないが,食べられてちょっと嬉しかったりする.
(この項続く)

*1:何しろ今大会のプログラムの最初の大会委員長の挨拶は「ようこそ暑い京都へ」と題された上に,「暑さを考えて屋外への移動はなしで全てのイベントを同じ建物で行います」とか,「それでも京大時計台の2階は冷房が効かないので地獄のように熱い」とかの脅し文句が並んでいる.地獄とは恐れ入ったが,実際には2階の会場内も28度程度の冷房は効いていて薄着していればそれほど不快ではなかった.