日本進化学会2011 KYOTO 参加日誌 その3 


学会初日 7月30日(承前)


午後のセッションのあとは総会と学会賞の授賞式,および受賞講演になる.
今年度の学会賞受賞者はTajima's D(田嶋のD)で有名な集団遺伝学者田嶋文生.会場には田嶋の先生に当たる根井先生の姿も見えていて,そのことが紹介されると田嶋は演壇から「緊張するから私は教え子の講演には姿を見せないことにしています」というひょうひょうとしたコメントで会場を沸かせていた.



日本進化学会賞および木村賞受賞講演 田嶋文生


講演は中立説についてダーウィンの記述から始まり,木村,キングとジュークス,太田の業績を簡単に紹介.そこから自分の研究の筋道を解説していくもの.
中立説の遺伝子頻度動態を表す式は,基本的に「変異は全て中立」「理想集団:ランダム交配,集団規模は不変」という仮定の下で組み立てられている.だからこれは常に検証が必要になる.
ここで全ての変異には共通祖先があるということから合着を考えていく.そういう形で数式を詰めていくと全てが中立かどうかの検証が可能になる統計量を見いだすことができた.これがTajima's Dということになる.


D=\frac{k-\frac{S}{a}}{\sqrt{eS+fS(S-1)}}


この分子にあるkとS/aは塩基多型を表す統計量θを合着の方式と中立説の方式からそれぞれ独立に導き出したもので,これが一致すればD=0となり,上記仮定が正しいということになる.(分母は分散のルートつまり標準偏差を表す)こうすると理想集団においては帰無仮説が中立淘汰という統計量ということになる.
田嶋はこれらの数式の解説ではこのDを表すときにk-S/aにするかS/a-kにするかが大変悩んだとか,伝統的に集団遺伝学では遺伝子多型に関してπという文字を使うのだが,自分が導いた式に円周率のπが出てきてしまってどうしようもなかったとくすぐりを入れていてなかなか面白い.

またこのDは集団が理想集団かそうでないかの検証にも使える.集団が増大しているとき,集団が縮小しているとき,さらに複雑な場合などの挙動が解説されていた.(このあたりはなかなか難解)
最後にこのDを使った様々な検証結果(免疫系は中立仮説より多型が多いなど)などの解説があり,講演を締めくくった.


田嶋のDが合着と深い関係にあることが示されて面白い講演だった.講演の後では司会の斎藤会長から,「木村先生は自分があれほど苦労した中立かそうでないかの検証が,田嶋のDで簡単に調べることができるようになって不機嫌そうだった」などの逸話が紹介されて会場が沸いていたのが印象的だった.


講演後は納涼ポスター発表.今年は短縮日程のためにポスター発表と懇親会を兼ねている形式.面白かったものをいくつか紹介しよう.


部分的自殖集団が進化の途上にある可能性について 中山新一朗


他殖と自殖の両戦略が共存している植物について,これが何らかの条件依存淘汰や頻度淘汰によるものである可能性と別に,純粋戦略間の移行中の過渡的な状態である可能性を数理的に示したもの.世代あたり有害突然変異量などのパラメータによっては,移行中に適応地形上の山のような状態にトラップされて(厳密には山ではないということらしい)以降に非常に世代数がかかることが生じうるというもの.実際にどれほどこのようなことがあるのかは疑問だが,純粋理論的にはちょっと面白い.


共生細菌が引き起こす昆虫の体色変化機構の解析 土田努


エンドウヒゲナガアブラムシは種内に明確な体色多型があるのだが,それが共生細菌によって引き起こされるということを発見したという報告.とりあえず発現機構などの解明を目指しているようだ.淘汰的にはどのような影響があるのか(相利共生的な性質なのか,細菌側の操作なのかなど)も興味深いだろう.


チンパンジー3亜種における苦味受容体遺伝子ファミリーの分子進化 早川卓志


亜種内でそれぞれ多型があるがハプロタイプはあまり共有されていないという結果が得られていて,何らかの淘汰適応的な事情を示しているようだというもの.それぞれの地域の特定の植物用だということだろうか.しかしそうすると何故全ての亜種で多型なのかということの説明も難しいだろう.これも興味深い.


食虫目における耳小骨の形態学的多様性と生態学的分化との関係 細島美里


モグラ,ハリネズミ,トガリネズミの12種を用いて耳小骨の形態分析をかけたところ,系統的な類似性よりハビタット類似性の方が説明力が高いというもの.典型的な収斂現象ということのようだ.


熱帯広域分布アリ類2種の対照的な系統地理 朝香友紀子


東南アジアの熱帯域に広く分布するツムギアリとアシナガキアリの分布域全体にわたるミトコンドリアDNAを用いて分子系統地理的分析を行ったところ,最近の人為的な侵入について大きな違いが見られた.これは社会性が単女王と多女王で異なっているために,多女王種で人為的な侵入が容易(少数個体でも中に女王がいる確率が高くなる)だったためではないかというもの.




以上で進化学会の第1日目は終了.せっかく京都に来て納涼ポスター会場のビールとつまみだけでは味気ないので,夜は河原町でおばんざいをいただいた.やはりこういうものはうまい.