Inside Jokes 第9章 その3 

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)


第9章 高等なユーモア(承前) 


分析フレームまで解説したあとでここから有名なジョークの解説が続く.日本語にするのは難しいものが多いが,いくつか紹介しよう


最初はインターネットのとあるサイトで最優秀ジョークに選ばれた次のものだ(これはピンカーも「the stuff of thought」で紹介している)

  • ニュージャージーの2人のハンターが森に入った.突然1人が倒れて息が止まった.もう1人はあわてて携帯で緊急コールを行う.「友達が死んだ.どうすればいい?」「落ち着いてください.力になれます,まず,Let's make sure he's dead.」沈黙のあと銃声がした.「OK,つぎは?」


ハンターは連れが本当に死んだと思っているのか,それをオペレータも疑問に思う,音の意味は何か,オペレータの言葉の両義性(その時点では誰も気づいていない)これらが一気に落ちで解決している.
さらにおばかな主人公に対する優越感,フィクションであることによる安心が加わる.

  • ちっちゃなジョニーが教会の入り口に飾られているメモリアルの銘版をじっと見つめている.7歳児があまりに真剣なので神父が声をかける.「ジョニー,何を見てるんだい?」「神父様,あの板にある名前は何ですか?」「ああ,あれかい,あれはお務めで亡くなった大勢の若者たちを記念して掲げられているんだよ.: Well, it's a memorial to all the young men and women who died in the service」二人は厳粛な面持ちで大きな銘版をしばらく一緒に見つめた.しばらくしてジョニーは小さな声で尋ねた.「神父様,どっちのお務めですか,9時の?10時半の?」*1


ジョニーの最後の質問が,教会という場面設定とともに彼の間違った信念へのコミットメントのインディケーターになっている.


次はデネットが経験した実話だと言うことだ.

  • 英国はそのペットへの愛護精神で知られている.デネットはある日,立派な英国紳士である(実際にナイトの称号を受けている)とある教授の家に寄宿していた.デネットが朝食のテーブルに着いたときにその教授はこう言った.「ダン,おはよう.よく眠れたかい? 賞を取った私の娘のプッシーの写真に興味あるかい?」*2


これも単純な言葉の両義性にかかるジョークだが,言われたデネットの頭の中の感情的ローラーコースターを想像すると特別におかしい.「えっ!今なんて言った?あそこ?サー・セシルがそんなことをいうなんてありうるのか?賞って,イギリスにはそんなコンテストがあるのか?娘の?朝食の席で?」そしてシャム猫の写真が出てきたときのデネットの一瞬での理解と安心と脱力ぶりまでもが想像できる.またこのジョークには適切な前振り(「ペット好き」ぐらいがよくて「猫」と言ってしまってはかなり面白くなくなる)が重要で,英国紳士の謹厳ぶりが偏見としての背景知識となっているとさらにおかしい.

  • 見知らぬ若い男女がたまたま寝台列車に乗り合わせる.しばらくぎくしゃくするが,就寝時間になって女性が上段,男性が下段の寝台で寝ることになる.夜中に女性が声をかける「起こしてしまってすみません,でもとても寒いの,毛布をもう一枚取ってきてくださらないかしらと思って」男性は目をきらっと輝かせ,こう答える「僕にもっといい考えがありますよ.今晩だけ夫婦になったことにするっていうのはどうですか?」女性はしばらく考えるが応じることにする.「いいわ」すると男性はこう言った.「そうこなくっちゃ,じゃあ毛布ぐらいは自分で取ってこいよ」


これは古典的な騙しのジョークだ.男性の提案の意味について聴衆が期待し,女性も同じことを期待し,そして落ちで覆る.

  • 若い腹話術師が全米をツアーしてまわっている.ある日アーカンソーの小さな街のクラブで人形を膝に載せていつものブロンドジョークを披露していた.すると最前列にいたブロンドの若い女性が突然立ち上がって叫び始めた.「もうその馬鹿げたブロンドジョークはまっぴらだわ.女性をそんな偏見で見ていいと思っているわけ?髪の毛の色がその人間の価値にどうして関係すると思うわけ?あなたのような男たちが,私のような女性が職場やコミュニティでリスペクトされることを阻み,人として潜在的な活躍をすることを邪魔してるのよ.なぜならあなたみたいな男たちはブロンドだけでなく女性全般への偏見と差別をやめないからよ.そして,それをユーモアだったら許されるとでも思ってるのよ.」若い腹話術師はまごつき,謝り始めた.するとブロンド娘が遮った.「あなたは引っ込んでて,私はその膝の上の小僧と話をつけてるんだから」


ブロンド女性が実は知的で腹話術師に抗議しているという信念が覆る.そしてやはりブロンド女性は馬鹿だったという二重の落ちになっているのがおかしい.

  • 瞬間湯沸かし器的な性格と毒舌で知られる上院議員が議会で議事進行中にこう叫んだ.「上院議員の半分は大馬鹿者だ.」議会は紛糾し,議員たちはその議員に発言の撤回を求めた.その上院議員は,しばらく考えていたが,あっさりと引き下がった「いいだろう.発言を撤回する,上院議員の半分は大馬鹿者ではない」


このジョークのツボは,「発言を撤回するには発言文章を否定形にすればいいはずだ」という信念が覆るところだ.この後同僚議員がこの謝罪を受け入れれば(信念の誤りに気づかないという)政治家を風刺する形になって話はもっとおかしくなる.

  • 初老の男がハイウェイを運転していた.携帯が鳴って取ると妻からだった.「あんた,ラジオでハイウェイ280号線を逆走している馬鹿車が一台いるって言ってるわよ」「一台なもんか,何百台もいるぜ」


このジョークも有名でたくさんの変種があるそうだ.聴衆もこの男もこの男の車が正しいトラックにいると思っているが,それが覆る.

  • 教会で礼拝中に小さな男の子が母親にこう言う「ママー,おしっこ」「こんなところで『おしっこ』って言うもんじゃありません.次から教会では『ささやき』って言う言葉を使いなさい.」翌週その男の子はお父さんと教会に来た.「パパー.僕ささやきたいんだけど」「いいよ,パパの耳にささやきなさい」


これは次に生じる騒ぎを想像するからおかしい.そしてその場合に多くの誤信念(パパ:ささやきはささやき,坊や:意味がわからなくてもお父さんの言う通りにした方がいい,ママ:こう言いきかせておけば教会で恥ずかしい思いをしなくてすむ,その他の人:教会では馬鹿げた騒ぎは起こらない)があったことがわかるのだ.

  • 若いカトリックの司祭が街に用事があって出かける.そこで売春婦に声をかけられる.「兄ちゃん,クイッキーで20ドル.どうだい?」司祭は取り合わずに先に急ぐ,すると別の売春婦がまた声をかける「ヘイ,クイッキーで20ドル」やはり相手にせずに街を出る.ようやく田舎の教会のそばまでたどりつくと尼僧に出会う.司祭は尋ねる「シスター,すみません,クイッキーって何でしょうか?:What's a quickie?」尼僧はこう答えた.「20ドル.街と同じだよ」


これはWhat's a quickie?が値段を尋ねる意味もあることから来るジョークだが*3(だから日本語ではうまいジョークにならない),司祭の「尼僧なら教えてくれるだろう」という信念,「尼僧は貞淑だろう」という信念に加えて,尼僧の「司祭が値段を聞いている」という信念まであわせて3つ同時に見事に覆っているのでおかしい.

  • 若い男女がラスベガスのホテルのレストランでデートを楽しんでいた.男の方は向こうのテーブルにフランク・シナトラがいるのを見つけた.女性がトイレに立った隙に男はシナトラのテーブルに行きこう言った.「お邪魔して大変申し訳ありません,ミスター・シナトラ.でも今トイレに立った僕のガールフレンドはあなたのビッグファンなんです.それでもしあなたが僕のテーブルにきて『やあジョニー.となりの素敵な彼女は誰だい.隅に置けないね』とでも声をかけてくれれば,それは彼女にとって世界がひっくり返るようなことなんです.そして僕は一生このご恩を忘れないでしょう.」シナトラは肩をすくめた.若い男性はテーブルに戻り,女性も戻ってきたところでシナトラはそのテーブルに出向き声をかける「やあ,ジョニー,となりの素敵な彼女は・・・」若い男は,しかしそれを遮る.「フランキー,困るな,僕はこのお嬢さんの相手をしてるんだよ,無礼だってわからないかい」


若い男性の礼儀正しい様子が大胆な行動で覆るというのはこのジョークの表面的な要素に過ぎない.このジョークの真のツボはシナトラの心の動きだ. 若いひよっこ男性に懇願されて,ちょっとした親切心と,取り巻き連中の手前の虚栄心,若い女性をだまして喜ばせるという企てへの興味,そしてすこしばかりのノーブルオブライジの気分から引き受けるのだが,それがこんな仕打ちに遭うのだ.そして聴衆は苦笑いするシナトラがジョニーを許すだろうとも感じて楽しい気分になる.なおハーレーたちは,このジョークはフランク・シナトラの取り巻きを侍らせて豪遊する大物ぶりの背景知識が重要であるとも指摘している.

  • 二人の数学者がレストランで夕食を取っている.二人はアメリカの大衆の数学的な知識水準について議論を始める.一人はとんでもなく低いと言い,一人は結構高いはずだと譲らない.「じゃあこうしよう」懐疑論者の方がこう提案する.「あのウェイトレスに簡単な数学の質問をするんだ.もし答えられたらこのディナーは僕のおごりだ」懐疑論者がここでトイレに行ったのでもう一方はウェイトレスを呼んで20ドル札を握らせる.「友達が戻ってきたら君を呼んで質問するから,『3分の1エックスの3乗』と答えてくれないか,20ドル払うから頼むよ」懐疑論者がテーブルに戻ってきてウェイトレスを呼ぶ.「いや,大変おいしかったよ.ありがとう.」ここでもう1人の数学者がすかさず質問する.「ところで質問があるんだけど,エックスの2乗の積分はわかる?」ウェイトレスは眉をひそめて考え込む.室内を見回し,足元を見つめ,しばらくうなったあとこう答えた.「えーと,3分の1エックスの3乗かしら?」懐疑論者が勘定書を払った.ウェイトレスは2人が出て行くのを見送りながら,ため息とともに小声でこうつぶやいた「プラス積分定数


ここでは,最初ちょっとしたいたずらジョークのような話が進行しているのだが,聴衆の期待に対して,ウェイトレスには実は数学的知識があり,数学者の方が実はお馬鹿だという覆りになっている.ただし政治的に正しくしているために先ほどの腹話術師の話ほど面白くない.


ただただ紹介するだけになってしまったが,なかなかアメリカのジョークは面白い.このあたりはスピーチの前振りに必ず1つジョークを仕込むことが期待されているアメリカならではなのだろう.日本と比べて文化の差を感じるところの1つだ.

*1:military serviceは軍務,church serviceは礼拝という意味になる

*2:pussyはもともと子猫という意味の英単語だが,女性器を意味するスラングでもある.私にはよくわからないがアメリカでは子猫の意味にはあまり使わないのだろう

*3:私はWhat'sにそういう用法があるとは知らなかった.What is the price ofの省略形と言うことらしい.How muchでなくともそういう意味になるとはなかなか難しい