- 作者: 後藤和久
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2011/11/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書は岩波科学ライブラリーの一冊.内容は(鳥類を除く)恐竜絶滅の原因にかかる論争が,実質的には小惑星衝突説で決着がついているということを世間に啓蒙しようというもので,2010年にサイエンスに掲載されたその旨の総説論文(http://www.sciencemag.org/content/327/5970/1214.short)の要約と背景説明になっている.著者はこの論文の共著者の1人であり,まさにこのトピックにかかるリサーチを行っている地質学者である.
まずはこの総説論文の書かれた背景が説明されている.筆頭著者のペーター・シュルテはドイツ生まれの若き俊英で,衝突説に激しく反対し無関係説を唱えているスティネスベックの弟子でありながら,師匠の学説に反対し,総説論文を主導してまとめ上げるにいたるのだ.その思いは,この論争は地質学界ではもはやほとんど決着しているのにもかかわらず,一部の反対論者は執拗なメディア戦略を取って衝突説がまだ疑問の多い学説であるかのような印象を与えているが,それを放置すべきではなくきちんと世間に説明したいというものだ.
次に白亜紀末の大量絶滅と衝突説の概略が説明される.ここは最新知見が整理されていて読みどころだ.いろいろなトリビアもある.(昔は白亜紀末は「K/T境界」と呼ばれていたのだが,現在では第三紀を古第三紀と呼び変えたので「K/Pg境界」と呼ぶそうだ.また年代も6500や6450ではなく6550万年前とされ,最新の研究では6580から6600万年前というものもあるそうだ)
絶滅の様相としては,光合成生物を基礎とした食物連鎖上の生物が大量絶滅し,腐食連鎖上にある生物は被害が小さいこと,一時的に菌類が大繁殖した形跡があること,淡水の生物系は被害が小さいこと,海洋では石灰質の殻を持つ生物の被害が大きいこと,地域別では北半球,特に北米の被害が大きい(ニュージーランドが最も被害が少ない)ことが特徴ということになる.
そして衝突説ではこれらを全てうまく説明できる.ユカタン半島先端のチチュルブに南南東の方角から直径10キロメートル以上の小惑星が激突し(この証拠は圧倒的で,もはや疑いようはない),高熱(数分から数時間程度世界中で大気が260度以上に),地震(M11以上),津波(最大高300メートル),塵や硫酸エアロゾルによる太陽光の遮光(数ヶ月から数年),大規模な硫酸による酸性雨などが生じる.これにより光合成が数ヶ月から数年ストップし,光合成生態系への被害が甚大なこと,腐食生態系は被害が小さいこと,酸性雨により石灰質生物に影響が大きかったこと,北半球にあるチチュルブでの南南東からの激突により舞い上がる埃の状況から北半球,特に北米で影響が大きいことが全て説明できる.淡水系の生物については,より腐食系の比率が高いこと,衝突地点の特殊性から淡水系でのみ酸性の緩和があったことを説明できる*1ということだ.
では反対説はどうか.本書ではそれを3説に分類している.まず恐竜はゆっくり絶滅したという説.これはシニュール・リップス効果という標本の見かけ上の効果が広く認められるようになったこと,さらに化石標本をより多く分析すればするほど突然の絶滅がはっきりしてきたことから退けられる.2番目にはデカン高原の火山が主因であるという説.これも詳しい化石証拠と合わない.3番目は絶滅は衝突とは無関係という説で.衝突は絶滅の30万年前だとする.しかしこれも地層を詳しく分析すればするほど,証拠と合わない.そして何よりもこの3説とも,上記の大量絶滅の様相(特に北半球での被害の大きさ,淡水系での被害の少なさ)をうまく説明できないのだ.
著者はこの後論争の様子や今後の研究の課題をまとめている.読んでいて面白いのは,アルバレスたちが衝突説を提唱した1980年当初は健全な懐疑論であった反対説が,だんだんと出口のないところに追い詰められていく様子だ.これは私の目には自己欺瞞的な自信過剰傾向の心理学的な見本のように思われる.少しずつ小さな証拠が積み重なっていくときにはなかなか自説を撤回しにくいのだろう.チチュルブクレーター発見の時が最後のチャンスだったのかもしれない.著者は,衝突説は当初の主張者アルバレスたちはもはや表には出てこずにシュルテや著者のような若手が主体になっているにもかかわらず,反対説サイドは若手が誰も相手にせず30年前と同じ面子で老骨にむち打ってがんばっているという様子にも触れている.決着がついた科学論争の最後の様相としてよく見られるもの*2だが,やはり何となく切ないものもある.
この白亜紀末の恐竜絶滅に関する衝突説は,それまで大きな謎とされていた恐竜絶滅の原因について極めて説得的に説明する斬新な学説として1980年代に彗星のように現れ,大変衝撃的だった*3.私も,その後の周期的大量絶滅説,ネメシス説,核の冬への認識*4,チチュルブクレーターの発見などの状況の推移を胸をときめかせて見ていたものだ.30年たって証拠が積み上がりほぼ決着がついたということで,読み終えて1つ大きな整理がついたという気分を味わうことができたように思う.
関連書籍
恐竜絶滅本は非常に数多く出されている.印象に残っているのは以下のような本だ.
これはアルバレスたちによって衝突説が提唱されてしばらくして出された本で,日本語で詳細が解説された初めての本だったように思う.隕石が落ちてきてどのような衝突になるのかの物理的な詳細が詳しくて面白かった.
恐竜はなぜ絶滅したか―進化史のミステリーに挑む (ブルーバックス (B‐589))
- 作者: ミカエル・アラビー,ジェームス・ラブロック,中沢宣也,萩原輝彦
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1984/12
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これはその後周期的大量絶滅説が出された後,ネメシス説を唱えた本人による本.現在では否定されているが,当時の生々しい状況が紹介されている.
- 作者: リチャードミュラー,手塚治虫
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1987/05
- メディア: 単行本
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こちらはチチュルブクレーターが見つかった後の解説書として読んだ一冊.
- 作者: ジェームズ・ローレンスパウエル,James Lawrence Powell,寺嶋英志,瀬戸口烈司
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2001/07
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そしてこれも外せない.衝突説生みの親による回顧録
- 作者: ウォルターアルヴァレズ,Walter Alvarez,月森左知
- 出版社/メーカー: 新評論
- 発売日: 1997/08
- メディア: 単行本
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