「The Better Angels of Our Nature」 第5章 長い平和 その6  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


戦争の歴史を物語的に説明した後.いよいよ第二次世界大戦後の「長い平和」の解説が始まる.


<長い平和:それを示す数字>


ピンカーは「長い平和」について,「それは0という数字によって特徴付けられる」と書いている.


1.核戦争は起こらなかった.
5大国が核を持ち,それぞれが戦争を行ったにもかかわらず誰も核を使用しなかった.
それは相互確証破壊の効果だけではない.米国のみが独占している時期もあったが,米国は使わなかった.その他の4国も非核国との戦争において戦術核すら使わなかった.実際の殺戮数/殺戮能力という数字でみると,この時期の暴力抑制ぶりは歴史に例を見ないものだ.


ピンカーは,「ドゥームズデイクロック」を取り上げて,「それはかつて核戦争による破局的な破壊までの時間を表示していたが,いまや地球温暖化による破局も終末の定義に含まれるように変わった.これは進歩だろう.」とコメントしている.正確には温暖化時計に変わったというわけではなく「核からの脅威のみならず,気候変動による環境破壊や生命科学の負の側面による脅威」も考慮して決定されているということのようだが*1,一般の人の「世界の終わり」のイメージにおける熱核戦争の比率は確かに下がっているだろう.


2.2超大国は直接対戦しなかった.
片方が軍を出したところにはもう片方は軍を出さなかった.ベルリン,ハンガリーベトナムチェコ,アフガンにおいてその例が見られる.
第二次世界大戦までは,にらみ合っている仮想敵国同士の片方がある地域に軍を出せばもう片方も軍事介入を行うのが普通だったのだ(そのようにして第一次世界大戦は始まった).ピンカーは「アフガンでは米国はオリンピックをボイコットしただけだった.」とコメントしている.


3.大国同士の戦争もなかった.
朝鮮戦争時の中国を大国と考える(多くの学者が中国を大国に入れるのは朝鮮戦争の後としているようだ)と朝鮮戦争は(結局地域限定であったが)大国同士の戦争ということになる.それでも1953年以降今日まで大国同士の戦争はない.2011年現在でこれは58年ということになる.これは19世紀の38年,44年という記録を上回る.世界はローマ帝国以来の平和継続記録を更新しているのだ.


4.西ヨーロッパの国同士の戦争もない.ハンガリー動乱の1953年以降は全ヨーロッパにおいてもない.1400ー1945では年当たり2つの戦争があったのだ.


5.先進国同士の戦争もない(これはソ連ハンガリーを先進国と考えると1953年以降).現在私たちは戦争というのは途上国で生じるものだと思っているが第二次世界大戦まではそうではなかったのだ.


6.他国を征服して領土を広げた先進国はない.
どんな国でも他国の一部を(長期間)占領したことは1975年以降ない.
むしろ逆の解体過程が進行した.植民地からは独立が相次いだ.もはや植民地の獲得や保持のための戦争はなくなった.


7.征服により消えた国もない.
南ベトナムは解釈次第,内戦だったと考えるとないことに)


ピンカーのあげる項目を見ると,要するに先進国の「軍事力によって領土獲得その他の政治目的を遂行する」という行動パターンがなくなっていることがよくわかる.第二次世界大戦は確かに先進国の行為規範の何かを変えたのだ.


ピンカーはこうまとめている.

  • この0は心理的にもたらされた.
  • 特に先進国の戦争に対する認識が変わったのだ.
  • 戦争の正統性は主張できなくなった.
  • 戦争をもたらしてきた心理は(パーツごとには残っているが)解体した.


一部の論者は,これは戦争の行われる場所が変わっただけだという議論をするそうだ.「先進地域からそうでない地域に移っただけだ」というわけだろう.ピンカーはこの議論を一蹴している.「(あとで数字でも示すが,)この主張は馬鹿げている,ある場所で戦争が減ったから別の場所で増えるというメカニズムはないのだ.」


ピンカーは「長い平和」はまだ数十年であり,永続性は保証されていないが,戦争確率は確実に下がっているように見えると指摘し,これがありもしないパターンを見ているということがありうるかについても考察している.


(1)これはサイクルの1局面に過ぎないということがあるだろうか.もしそうならまた戦争確率は上がっていくことになる.もしそうならスイスやデンマークはまた戦争を始めるということになる.ピンカーはそれはありそうもないだろうとコメントしている.(つまり先進国については何か不可逆の定性的な性質が変わったように思えるということだろう)

(2)では偶然だということがあるだろうか.ピンカーはいろいろな指標から偶然の確率を計算し,それは1/1000以下だとコメントしている.


また歴史家,特に軍事史家は1980年代の後半から,戦争の開戦確率は人々の認識が変わって減少したと主張しているという事実も指摘している.ピンカーは,特にキーガンなどの専門家の発言は重みがあるとしてその「少なくとも戦争が「望ましい」とか「合理的だ」とは考えられなくなった」という言葉を紹介している.


以上のことからピンカーは「長い平和によって戦争確率が下がった」と主張できると整理し,その様相・原因について議論を進める.

*1:アメリカの科学誌 Bulletin of the Atomic Scientists の表紙に掲げられたのが最初で現在も定期的に見直しされているようだ.ちなみに.キューバ危機で2分前まで進められ,1991年に12分前まで戻ったが,今は5分前だそうだ.おそらく北朝鮮やイランのような局地的な核も視野に入れているのだろう.個人的には「世界の終わり」というにはややや進めすぎだという感じだ.なお6分前から5分前に進められたのは今年の1月で,理由の1つには福島原発事故も挙げられているようだ.事故による放射能汚染を問題にしているなら違和感がある.この事故によって原発が減り,温暖化が進むという趣旨だろうか