「The Better Angels of Our Nature」スティーヴン・ピンカーとロバート・カプランの対談




http://www.ustream.tv/recorded/25752052


このURLにある動画は,最近9月27日にカーネギーカウンシルで両者が対談したものがUstreamで実況されたものの録画だ.(なおこの録画は何故か最初5分半ぐらい延々と対談開始前の風景が流れる)
カーネギーカウンシルというのは(今回私も始めて知ったが),鉄鋼王アンドリュー・カーネギー自ら1914年に設立した団体で,おもに国際平和,社会正義,倫理の問題を扱う民間団体ということになる.
ロバート・カプランはピンカーと同じくユダヤ系の出身で,国際関係,紛争,防衛問題が専門のジャーナリストだ.著書もたくさんあるが,邦訳されているものとしては「バルカンの亡霊たち」「インド洋圏が世界を動かす――モンスーンが結ぶ躍進国家群はどこへ向かうのか」などがあるようだ.
この対談ではピンカーの「The Better Angels of Our Nature」の大きな暴力減少傾向の主張の中の特に第五章の主題「長い平和」(第二次世界大戦後世界の戦争が減少したこと)について扱っている.


というわけで対談はまずピンカーが「長い平和」の趣旨をプレゼンして始まる.

  • 大国同士の戦争は16世紀以降減少のトレンドにある
  • 第二次世界大戦後は,戦争による死者が減少している
  • 戦争以外の紛争も減少している
  • 同じくジェノサイドも減少している
  • その要因としては民主化の進展,自由市場による交易,国際機関の存在,戦争コストの増加,倫理観のシフト(より人道主義的,コスモポリタンで,より他国の人間に共感的),歴史に学ぶ態度などが考えられる.

このあたりは「The Better Angels of Our Nature」の第5章の議論の要約といったところだ.


これを受けての最初のカプランのコメントはまず「長い平和」の暴力減少の現象自体は認めるとしてその要因について,ピンカーがあげたものの他に「外交のリアリズム」があるのではないかとの指摘.

  • ニクソンが中国と国交回復したときにしたことは,中国を国際社会に受け入れた方が得だという判断の下,中国に様々なことを保証した(ソ連については米国が抑える.日本の再侵略も米国が抑える.台湾についても本土に侵攻させない)ということだ.これを受けて中国は内向きになることができ,鄧小平が現れて現実的な経済運営が可能になり,その結果驚異的な成長を果たし,多くの人が中産階級に移行できるようになったのだ.
  • アイゼンハワーが水爆開発を了解したのも,抑止力としては最も安いという判断があった.


2番目のカプランのコメントは,長い平和が今後も継続するかどうかにかかるピンカーが見落としているかもしれない要素「ナショナリズム」だ.カプランは特に東アジアを例にあげて議論していて興味深い.

  • 現在東アジアでは軍事費の拡大という意味での軍拡が進行中だ.特に中国,ベトナム,オーストラリアで顕著だ.
  • この原因としてはナショナリズムの隆盛が挙げられる.それはインドから東南アジア,中国,日本にまで見られる.
  • 中国はただの裸の岩をめぐって複数の国と争っている.そして中国政府は国民の間のナショナリズムをコントロールできなくなっているように見える.
  • もう片方で核保有国の第2世代の国々は第1世代と異なっているという指摘がある.第2世代の核保有国の核保有動機は,第1世代の国々のようなの抑止力への冷徹な思いではなく,国民感情に根ざした熱いものだ.


ピンカーのコメント

  • リアリズムにはいろいろなものがある.(一括りで要因として議論するのは難しい)
  • 現代アジアの軍拡は軍事費の増大であって,軍人の増加ではない.軍事費の増加の1つの説明は経済成長でより大きな軍事費の支出が可能になったことだ.
  • 暴力の指標としては軍事費より軍人の数の方がいい.そういう意味ではなお暴力減少を示している.


カプランのコメント

  • 確かに軍人の数は減っているが,それは戦争の様相が変わったからだ,ハイテクな兵器があふれている今,大量の人員よりも少数のよく鍛えられたプロの方が効率がよくなっているのだ.
  • ピンカーのあげる要因のひとつ民主化について補足すると,確かに民主制国家同士は戦争をしにくくなる.しかしその成熟には時間がかかるのだ.パラノイア的な民主制は戦争を引き起こすことがある.(例:トルコとキプロス
  • 中国の危うさはそこにもあるのだ.中国は豊かになって今後民主制の方向に移行せざるを得なくなるだろう.しかし権威主義政権から民主制への移行は美しく進んだことはないのだ.あるいは中国のここ数十年の態度は僥倖だったのかもしれない.


ピンカーのコメント

  • 戦争の様相は確かに変わった.しかし何故変わったかまで考えると,それはまさに暴力忌避傾向の表れなのだ.現代社会はだんだん大量の戦死者に耐えられなくなっている.だからロボット兵器やドローン航空機が使用されるのだ.
  • 確かに民主制への移行期には危うさがある.しかし最初の2,3年の混乱を乗り越えれば,その後大規模な暴力が暴発せずに移行した平和な民主国も多い.ラテンアメリカ,マレーシア,多くの東欧諸国など


対談はここまでで時間切れ.議論がしっかりかみ合ってなかなか面白いやりとりだった.日本人視聴者としてはやはり東アジアの議論が気になるところだ.アメリカの専門家から見て,日本と中国の双方でナショナリズムが増加しているように見えるというのはちょっとした衝撃だ.そして同じく中国の制御しきれないナショナリズム民主化移行期の混乱はリスク要因に見える.ピンカーは(大きな流れとしては)なお楽観的なようだが,私達は日本国政府のよいマネジメントをひたすら願う限りということなのだろう.


さてこの動画では対談のあとフロアからの質問にも答えている.いくつか紹介しよう.


<何故モラルはシフトしたのか>
ピンカーのコメント

  • リテラシーの進展などにより,様々なノンフィクション,フィクションを読み,アイデアを交換すると,自分とは異なる国やグループに属する人間に対してより共感するようになる.また実際にいろいろな人々と交流すると「自分の国に属する人がより優れている」と本気で信じ真正面から主張することは難しくなる.自分と違うグループに属するからという理由で人間を非人間扱いすることが難しくなるのだ.


カプランのコメント

  • ただし人は共感的なフィクションだけ読むわけではない.より好戦的な内容のものも読むのだ.
  • ロシアの周辺国では軍事費は増加している.多くの国でナショナリズムが上昇している.


南シナ海をめぐる中国とベトナム,フィリピンの状況について>
カプランのコメント

  • リーガルにいえば中国の主張は認められない,しかし中国は国際法など無視して,自分たちは歴史に基づいた主張をするのだと言い放っている.だから状況は複雑なのだ.
  • この問題についてのソリューションはバランスオブパワーしかないだろう.実際にベトナムやフィリピンは米国にすり寄ってきている.


ピンカー

  • 解決についてはバランスオブパワーという議論と,むしろ力が非対称になった方が安定するという議論の2つがあると思う.


カプラン

  • この問題についていえば,態度を問われているのは中国ではなく米国だ.引くのか残るのかということだ.


<国際機関について>
ピンカー

  • 確かに国際機関はリバイアサンにはなっていない.
  • しかし全く影響がないわけでもない.平和維持活動は効果を上げている.
  • また国連発足以降,軍事的に征服された国はないし,軍事境界線が戦争により変更されたこともない.


カプラン

  • 確かに軍事征服はなくなったが,国が内側から崩壊するのは国連には止められない.ソ連もユーゴも崩壊した.
  • また民主主義国家の行動が全て正義ではないというのも重要な教訓だ.
  • まず民主主義国家が戦争をするには国民を感情的にあおって操作する必要が生じるのだ.
  • さらに重要な教訓は,動機が正義に基づいていても結果はそうならないことがあるということだ.それはベトナム戦争イラク侵攻の教訓だと言えるだろう.もはや皆忘れているかもしれないが,ベトナムに介入したとき,多くの米国人が介入を支持した動機の1つは疑いなくモラル的なものだった.北ベトナムは残酷な殺戮集団で,同胞を大量に殺していると信じていたのだ.


以上で対談は終了である.
和やかな雰囲気で部分部分のやりとりは面白い.全体としてみると,結局カプランもピンカーの過去の傾向についての統計的な主張は認めているので,ポイントは将来への不安ということになる.そしてカプランはジャーナリストらしくいかにも印象的な危機を上手く表現し,ピンカーは冷静に対応しているということなのだろう.


The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

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バルカンの亡霊たち (AROUND THE WORLD LIBRARY―気球の本)

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インド洋圏が、世界を動かす: モンスーンが結ぶ躍進国家群はどこへ向かうのか

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