「適応放散の生態学」

適応放散の生態学

適応放散の生態学


本書はガラパゴスフィンチやイトヨの研究者であり,種分化についての専門家シュルーターによる適応放散の生態学説にかかる概説書である.大家でなければ書けないような重厚な書物であり,一つの大きな総説論文であるとも評価できるだろう.原題は「The Ecology of Adaptive Radiation 」,2000年の出版とやや古いが,今でも適応放散を学ぶにはスタートポイントとして重要な本であるようだ.


個別の進化がどのように進むのかについては様々な有効な進化理論があり,実証もされている.しかし「適応放散」というのはそれより一つ上のレベルの現象であり,理論的には様々なことが起こり得る中で,実際にはどのようなことが生じる傾向があるのかという,より実証的なリサーチに重きが置かれる分野だ.
本書はその実証の総説であり,そしてそれぞれの論点にかかる現時点での結論は必ずしも明確ではないが,数多くのリサーチが複雑な見取り図を示す様は実際の学問的営みの実状がよく感じられるものになっている.


具体的には本書は「適応放散にかかる生態学説」をめぐる議論が中心に書かれている.生態学説とは誤解を恐れずに非常に簡単にいうと「適応放散のドライビングフォースは自然淘汰だ」という考え方だ.このきわめて常識的な仮説に対して,「すべてを自然淘汰で説明する」のをよしとしない学者たちは様々な疑問を呈し,難癖を付けてきた.それに対してねばり強く検証を進めた学説史とその評価が本書の中心である.


本書はまず適応放散を議論する意義(最終的には,進化がどう進むのかを予測できるかどうかという疑問に答える*1)を整理した後「適応放散」の定義を行う.定義は「共通祖先」「環境と表現型の相関」「表現型の有効性」「急速な種分化」を要件とするとされている*2.その後いくつかの印象的な実例が挙げられている.


最初の議論は適応放散の進み方に一般的な傾向はあるかという問題にかかるものだ.ニッチの分割や形態の分化順序については異なる系統において似たパターンが観測されることからある程度の傾向はあるようだ.
ニッチがより特殊化するか,祖先種はジェネラリストかという問題については,一般的な傾向はないというのが結論のようだ.前者はやや驚きだが,ニッチがどんどん分割されるという形より,新しいニッチにどんどん進出するという形の方が多いということらしい.どの検証もさまざまな具体例が示されていて読んでいて楽しいところだ.


ここから5章に渡って生態学説の吟味が行われる.
まず全体の見取り図が示される.
生態学説は(1)異なる環境への適応として表現型が分岐する.(2)さらにそのグループ間の競争により表現型分岐が進む(この過程では同所的な分化が可能になる).この際に生態学的な機会(空きニッチ)や鍵革新形質が重要なことがある.(3)両者の淘汰過程の副産物として種分化が生じる.(その際に一旦弱い交尾後隔離が生じると淘汰メカニズムが働いて交尾前隔離が進むことがある),という3つの点からなる.
これに対して反対説は,(1)適応の峰に沿って浮動が生じうる,また適応途上で進化速度が異なるグループによる分岐もあり得る.(2)そのようなことは実際には稀である.(3)浮動,ボトルネック効果,倍数化などの方が種分化には重要だ.と反論することになる.
なお議論が進む過程で生態学説はいくつかの拡張を経ている.一つは競争はリソース競合だけでなく,共通の捕食者に対するもの,直接の捕食などの種間の相互作用にかかるものがあることで,もうひとつは性淘汰が種分化においていくつかの役割を果たすというものだ.


最初の議論は異なる環境への適応による表現型分岐だ.検証としては量的遺伝形質を使ったもの,相互移植実験によるもの,淘汰圧の直接測定によるものなどが紹介されている.ここで面白いアイデアは形質から直接適応度を推定して適応度地形を描くという試み(頂点が複数現れれば生態学説を支持することになる)で,ダーウィンフィンチのくちばしの形状からの議論が納められている.この論点に対してシュルーターは基本的に生態学説の主張は支持されているとまとめている.


次の議論は競争による表現型分岐だ.まず理論的には何ら障害がないことを示した後*3,検証事例が紹介されている.基本は観察によるもので,2種が共存している方が表現型がより分岐している例,形質が過分散している例などが挙げられている.ここで印象的な過分散の例はある地域のネコ科の動物の犬歯の大きさが均等にばらけているものだ*4.ここではどこまで観察できれば生態学説が検証できたと考えるかという細かな議論が延々と紹介されている.なかなか観察だけでは決着が付きにくいのだろう.なお実験というリサーチエリアはこれからということらしい.
ここでリソース競合以外の相互作用に基づく表現型分岐という生態学説の拡張が議論されている.たとえば共通の捕食者がいる場合,警告色は収斂し,カモフラージュは分岐することが予想される.また両種が直接寄生や被捕食の関係になることもある.リサーチはこれからということらしいが,非常に複雑で興味深いエリアだろう.


この競争による表現型分岐に関連して生態学的機会と鍵革新の議論が次になされている.生態学的機会という仮説は,ガラパゴスやハワイの適応放散の例をみると当たり前で検証は容易だと考えてしまうが,驚くべきことに実際には定量的に検証できた事例は少ない.シュルーターはいくつか要因を推測しているが基本的にはまだよくわかっていないエリアということになる.
鍵革新については,昆虫による被子植物食性への進化(アルカロイド防衛との共進化による分化を引き起こすのだろう,詳細はわかっていないとされている),草食哺乳類における上顎大臼歯の咬頭,被子植物における距(送粉昆虫との共進化により分岐する)などいくつか印象的な例が示されていて面白い.これも今後の興味深いリサーチエリアだ.


種分化についてはいろいろなことが理論上起こり得ることが明らかだ.だからどのような過程がどのような順序で生じどれが主要だったかなど論争自体も込み入っていて,さらにどのメカニズムが主要なのかを示す検証アイデアもさまざまで読んでいて面白い.シュルーター生態学説が主張する過程が存在することは十分に示されているが,どの過程が主要なものかについてはなお結論を示すのは時期尚早だとまとめている.
なお種分化過程における性淘汰の役割については最近興味が持たれているエリアだとして詳しく紹介されている.自然淘汰なしで性淘汰のみによる種分化が生じるかどうかについては論争はあったが,結局チェイスアウェイメカニズムにおいてのみ可能であることが示された.しかし実際には何らかの自然淘汰によるメリットが性淘汰により拡大される状況との区別は難しいだろうとまとめている.いずれにせよ性淘汰は種分化に様々な影響するようだ.ここではマダラヒタキにはオスに2型(茶色と白黒)が存在するが,縄張り防衛が競合し,より優位種であるシロエキヒタキと共存しているかどうかによってメスの選好度が違ってくることが紹介されていて興味深い.


本書では最後に量的遺伝形質の集団遺伝学が登場する.主な論点は多型質間に相関がある場合の解析は共分散行列を用いて行うことができるというものだ.
形質間の相関がある場合には適応度勾配のもっとも急な方向とはずれた方向への進化が進みうる*5.印象的な解析例として,ダーウィンフィンチのくちばしのいくつかの形状に相関がある場合に真の淘汰圧は見かけの淘汰圧と異なることを示した例が挙げられている.これは適応放散だけの話ではない気もするが,現在のシュルーターの興味のある分野であるようで,今後のリサーチ方向としてここで説明しているのだろう.


本書を読むまでの私の理解は「オーストラリアの有袋類ガラパゴスフィンチやハワイミツスイをみれば明らかなように広大な空きニッチがあれば適応放散という事象は生じるし,それは「適応」というぐらいで自然淘汰が主要メカニズムであることは自明だ.種分化のための隔離だけがちょっと難しいところだろう」という程度だった.しかしある人にとっての「自明」は別の人にとっては「自明」ではない.そこから始まる論争によってより深い議論や理論の拡張がなされていく様を読むのは大変勉強になった.適応放散についてはなお広大なリサーチエリアが残っている.そして捕食や性淘汰については種分化との関係でも今後は目を離せなくなりそうだ.



関連書籍


原書


The Ecology of Adaptive Radiation (Oxford Series in Ecology & Evolution)

The Ecology of Adaptive Radiation (Oxford Series in Ecology & Evolution)


「日本語版への序」によるとこの分野の最近の本としては以下のようなところがあるようだ.私が読んだのは4冊目の「How & Why Species Multiply」だけだ.この本に関しての私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091127 3冊目の「Speciation in Birds」もなかなか面白そうだ.


Fitness Landscapes and the Origin of Species (Monographs in Population Biology)

Fitness Landscapes and the Origin of Species (Monographs in Population Biology)

Speciation

Speciation

Speciation in Birds

Speciation in Birds

How & Why Species Multiply: The Radiation of Darwin's Finches (Princeton Series in Evolutionary Biology)

How & Why Species Multiply: The Radiation of Darwin's Finches (Princeton Series in Evolutionary Biology)

Lizards in an Evolutionary Tree: Ecology and Adaptive Radiation of Anoles (Organisms and Environments)

Lizards in an Evolutionary Tree: Ecology and Adaptive Radiation of Anoles (Organisms and Environments)







 

*1:これはグールド的な偶然に重きを置く進化史観が適当かどうかというところと関わりがある

*2:共通祖先性を要件とするかどうかはやや恣意的な決めだろう.3番目の表現型の有効性は,まさに適応放散の「適応」の部分だ.

*3:おそらく過去にはここについても論争があったのだろう

*4:もっともここでは同一種のオスとメスを別に扱っているが,同じ獲物を食べているのならやや疑問な例だろう

*5:なおここで,進化が進む中でその角度偏差は縮小していくという議論がなされているが,なぜそうなるのかはよくわからなかった.偏差一定でも最終的には適応地点の頂上にたどり着けるのではないだろうか.