The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Viking
- 発売日: 2011/10/04
- メディア: ハードカバー
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権利革命による暴力減少について,マイノリティ,女性,子供,ゲイ,動物と取り扱い,ピンカーは最後にこのような権利革命が何故生じたのかを考察している
VI 権利革命はどこからきたのか
権利革命自体は,長い平和と新しい平和の時期と重なっている.ピンカーは最初にこの暴力減少のリサーチを始めたときには,このような暴力が例外なく減少しているとは予想していなかったと書いている.では何故だろうか.
ピンカーは最初にこの権利革命の暴力減少は,ヒトの本性.一神教の教え,アジア文化,慣習の強い力に逆らって生じていると指摘する.
《ヒトの本性》
- アウトグループに対する非人間化
- 男性の性心理
- 親子コンフリクト
- 同性愛への嫌悪感
- 肉食への欲望,狩猟の楽しみ,共感を呼び覚まさない外見
これらに反して進む原動力は何か.ピンカーは,それは「共感・理性・権利という言葉」であり,「別の意識あるものの立場に立って考え,それまでの伝統的な考えを無視する」という姿勢だと指摘する.
これは啓蒙主義,人道主義,リベラリズムのモラル的側面なのだ.
それは政治的にはリベラル革命であり,西欧から,ブルーアメリカ,レッドアメリカ,ラテンアメリカ,アジアに進み,さらにアフリカ・イスラムに伝わりつつある.この道の所々で西欧の独自の価値観やタブーや政治的正しさも残して行ったが,しかし全体的に見てこの革命が多くの死と苦しみを減らしたのは間違いない.今日の極端なリベラル的な政治的な議論を聞いていると,アメリカはニクソン,レーガン,ブッシュ,ティーパーティと右傾化がどんどん進んでいるような印象を受ける.しかし権利革命の側面に関していえば,保守はリベラルの後を追ってどんどん進んでいるのだ.今日の保守は80年代ののリベラルよりはるかにリベラルなのだ.
ではさらにそのような姿勢をもたらしたものは何か.ピンカーはいくつかの候補をあげながら議論を進めている.
(1)繁栄
- 金で多くのものが買える.教育,警察,社会科学,社会福祉,メディア,女性の進出,子供のケア.
- しかしなぜそういう使い方をしたのかの説明にはならない.また景気の変動と権利革命の進捗の変動に相関はない
(2)民主政府
- 民主政治:自分たちのうちわの暴力を減らす取り決めとも言える.この拡大は確かに権利革命の種とも言える.
- しかし外因と言うにはタイミングが説明できない.民主制は外因ではなく,その中で権利革命が進行するステージのようなものだと考えたほうがしっくりくる.
(3)交易,商業
- ものの交換から情報の交換に進み,女性は家事から解放された.組織はより広い人材プールを使えるようになり,そこで雇われた女性やマイノリティは社会に影響を与えるようになった.
- これもあっただろう.しかしこれも外因というより包括的に進んだと理解した方が良いだろう.それに子供や動物については説明できない.
(4)アイデアの交換
ピンカーは最も重要な要因として1つをあげるならこれだろうと書いている.
- テレビ,長距離電話,コピー,FAX,インターネット,携帯,メール,Web動画,高速道路,高速鉄道,ジェット機,教育の高度化,科学リサーチの進展,出版点数の増大は「別の意識あるものの立場に立って考える」ことに大きく影響を与えただろう.
- これは識字率の向上と出版が人道主義を後押ししたという説明と似ている.
- この説は出版を抑制しているイスラムで権利革命が遅れていることも説明できる.
では何故アイデアの交換が広まると権利革命が進むのだろうか.ピンカーは3つあげている.
(i)迷信の否定
- 「他の人種は劣悪」「他の人種は非道」「陰謀論」「女性の心理や子供の教育についての怪しげな言説」「ホモは堕落」「動物は痛みを感じない」などを嘘だと判断できる
(ii)他人の視点を持てる
- テレビドラマ,本,テレビショーは他人の視点に立つことを容易にする.
- 知的な柔軟性を養成し,それまでの見方を疑う,自分の価値観や信仰を点検する,別の世界の想像してみることをより可能にする.
(iii)アイデアの交換が権利革命の進歩を直接後押しする.これは技術の進歩と似ている
この説明はちょっとわかりにくいが,ピンカーはダイアモンドの「銃,病原菌,鉄」の議論やキング牧師の思想変遷を例にあげて説明している.キング牧師については日本ではあまり知られていないように思われる(少なくとも私はあまり知らなかった)が,以下のような思想に次々と影響を受けているようだ.
- 聖書に基づく信仰,異端的神学者の本(歴史的事実やキリストの原罪を背負って死んだことへの懐疑論),西洋哲学(プラトンからルソー,ホッブス,ベンサム,ロック),マルクスとニーチェの否定,ガンジーの非暴力主義(それが神の声ではなく,独立への戦術であること:暴力的異分子を分離でき,短期的に抑圧されても支持を広げ,敵を分裂させる)
- そして(権利革命の象徴とも言える)63年の演説にはこれらの思想が織り込まれている.さらにこれがその他の権利革命にも影響を与えた.
確かに権利革命は,弱者の視点に立つことが推進力の基本であり,それについては,まず「それらの人達(あるいは動物)と自分が本質的に同じだ」という理解,そういう立場に立ってみるという想像力,そしてそうした想像を行って一定のモラル的感想を抱くようになった人々が人口の一定割合を超えてくることが決め手になるのだろう.それが歴史的にごく最近生じたことを最もよく説明できるのはアイデアの交換が増えたからだという議論には説得力があるように思われる.
ここまでがピンカーによる暴力の減少の歴史だ.ピンカーは次章からこのような減少が心理学としてどこまで理解できているかを見ていくと予告している.