Payback: Why We Retaliate, Redirect Aggression, and Take Our Revenge
- 作者: David P. Barash,Judith Eve Lipton
- 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr
- 発売日: 2011/05/19
- メディア: ハードカバー
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これはデイヴィッド・バラシュとジュリス・リプトン夫妻のコンビによるヒトの復讐と八つ当たりの心理についての進化的な解説とそれへの対処のハウツーを書いた本だ.どちらかと言えばハウツーの方に重心がかかっていて,科学啓蒙書的な色彩はやや薄い.2人の経験に基づくアドバイスについて科学的にも根拠を与えてみましたという形式になっている.
冒頭では2人の家庭の危機と,それを乗り越えるプロトコルの発見が書かれている.ともに学者としてのキャリアを目指しかつ筋金入りのリベラルだった2人は連れ子を連れて結婚し実子もできるが,70年代に反戦反核運動にのめり込み,2子を事故と家出で失い,家庭は崩壊寸前になる.怒り疲れ果てたリプトンは,ある日仏教僧のエッセイを読み,「許し」と「仲直り」を中核とするプロトコルを実践することを始める.そして少しずつ全てが上手く行き始めたのだ.バラシュは何故それが効果的だったかについて興味を持ち考察し始める.本書はその成果物だ.
まず,痛みを感じることとは何か,それに対してどのような反応があるかが説明される.
痛みとは何か自分にとって都合の悪いことが生じているサインだ.そしてそれに対してそれを和らげようとしたり誰かに訴えたりするほかに,「痛みを他者に渡そうとする」反応が広く見られる.バラシュはこれを,「retaliation,revenge,redirected aggression:(その場での)仕返し,復讐,八つ当たり」にまとめ「3つのR」と呼んでいる.
この中で「八つ当たり」は当初の加害者以外に痛みを渡すもので特に不公正に思われる.そしてこれはなぜ生じるのか,これが個人や社会にどのような影響を与えるのか,これを克服するにはどうしたらいいのかが本書の主題となる.
なぜ生じるのか.仕返しと復讐については抑止という面から割と理解しやすい.でも八つ当たりはなぜなのか.
実はこのような転化攻撃は動物にも観察される.バラシュはこれは何らかの適応的な機能があるはずであり,おそらく「俺はまだやれる」というシグナルだという議論を行う.これによりさらに攻撃を受けることを避ける効果があるというのだ.(この議論は周りが八つ当たりの害を避けようとなだめてくれる効果や,血縁者への八つ当たりによる脅しの効果もあるという補強がなされている)
実際に人々は周りの争いの状況に注意を払っているし,八つ当たりを行うにもコストがかかるから,このシグナル説は説得力があるように思われる.
ではこれは個人や社会にどのような影響を与えているだろうか.バラシュはこれのもつ弊害を次々をあげる.八つ当たりは子供の虐待,レイプ,広範囲なスケープゴートにつながりやすい.復讐は文化によっては単に権利ではなく,神聖な義務として扱われ,イングループびいき,アウトグループ排斥心理とつながり,集団間で何世代にも渡って怨念が蓄積される.そして実際に最悪の民族間暴動によくつながるのだ.この部分のバラシュの説明は結構詳しく,様々な歴史,事実,リサーチがちりばめられてその弊害が熱く語られている.
次に3つのRがヒトの本性と深く関わることの傍証としてフィクションにおける復讐や八つ当たりが解説される*1.ここではギリシア悲劇,シェイクスピアからハリウッド映画まで取り上げられていて読んでいて楽しいところだ.復讐や八つ当たりはアイスキュロスからの定番だし,白鯨のエイハブ船長やレ・ミゼラブルのジャヴェール警部は痛みを渡すことへの執着から自滅する物語と解釈できる.
そして人はそれを乗り越えることができることもフィクションには描かれているのだ.バラシュはアラバマ物語のフィンチ弁護士を例としてあげている.
バラシュはここで「復讐」と「正義」の関係についても論じている.バラシュの結論は正義と復讐は同じではないが大きく重なっているというものだ.それは物事には原因があり,誰かの意図に基づくものだという素朴心理学に根ざしており,痛みの是正を求める心が罰を要求するという仕組みで動いている.*2
実際にアメリカ刑法やイスラム刑法は比較的応報的だ.またこのような応報的な正義の成分は「俺をなめるな」という名誉の感覚に結びつき弊害を生みやすい.
このような議論は結局定義次第であまり面白いものにはならないのだが,バラシュとしてはどうしても「正義はそれほどアプリオリにいいものではない」ということを指摘しておきたかったということなのだろう.
では私たちはどうすればいいのか.バラシュは単純な解決法はないと断りながら,3大宗教やガンジーなどの先人たちの知恵やゲーム理論や心理学からの知見をいくつか紹介している.それには,「自分が加害者であれば加害を自覚し,謝罪し,償い,変わることを誓う.被害者であれば相手の痛みを感じ,哀れみ,謝罪や償いを受け入れ,許す.そもそもの復讐の意味を問い,復讐や八つ当たりにはいいことはないことを自覚する」などの要素があることがわかる.バラシュはそれらを概観した後に自分の得た結論をこうまとめている.
<長いバージョン>
不幸な偶然のほか,いじめやだましやバカが存在するので世界の痛みは不可避だ.しかし私の痛みは私で終わる.私はそれを渡さない.償いは受けるし,許しもするが,誰かにパスはしない.世界の痛みの一部は私が吸収するのだ.
そして容易に痛みの被害者にもならない.だましやいじめには向かい合う.誰かが被害者にならないように助ける.
これを毎日やる.子供にも生徒にも誰にでも伝えるのだ.<短いバージョン>
選択肢があるときに,どちらが世界の痛みがより少ないかを考え,より少ない方を選ぼう.
というわけで本書は復讐と八つ当たりについての進化心理学的解説と,個人的体験談と,ハウツーの混在した本だ.進化心理学としては仮説の提示に止まっているし,弊害はある意味当たり前だし,ハウツーもいかにもリベラル的価値観に基づきその意味で常識的なものだが,個人的な体験からくるものか不思議な説得力がある.ここでバラシュが最後にあげているエピソードを紹介しておこう.
あるイスラエルの男性はパレスティナテロリストの自殺爆弾テロに巻き込まれ重傷を負い,病院に運ばれたが死亡する.悲しみにくれる妻はせめて夫の死が誰かの役に立てばと思い,心臓,肝臓,腎臓,角膜を臓器バンクに提供することを承諾する.
そして病院がアレンジした心臓のレシピアントリストの筆頭者がパレスティナ人であることを知った担当医はあまりの状況に承諾書にサインしたばかりの未亡人を呼び,事情を説明し,異議はないかと尋ねる.彼女はそれに異議をとなえず,移植手術が成功した後レシピアントに会うことにも同意する.
その対面は,血の復讐,聖書的預言,政治的対立を,人々の純粋な感情の重みが解きほぐしていく瞬間となった.パレスティナ人の男とその妻,そしてイスラエル人の未亡人は抱き合った.2人の女性は男のベッドの上に身体を傾け,そして3人は堅く手を握り合った.3人は,そして周りの人々は,ただ泣くことしかできなかった.
関連書籍
バラシュとリプトン夫妻の本.バラシュは数多くの本を書いているが,最近は夫妻で進化心理学周りの話題を扱った本が多い.
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