The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Viking
- 発売日: 2011/10/04
- メディア: ハードカバー
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何が4人の天使をして5人の悪魔を抑える歴史的な傾向を生んだのか.ピンカーはよく議論されるが的外れな要員候補を除外したあと,いよいよ考察に入る.ここではどのような力が働くと囚人ジレンマのペイオフがより協力を産むように変わっていくかというゲーム理論を利用したアプローチがとられていてわかりやすい.
<平和主義者のジレンマ>
ベースライン
ピンカーが提示する戦争と平和に関するベースラインのペイオフは以下のようなものだ.
平和 | 攻撃 | |
---|---|---|
平和 | 5 | -100 |
攻撃 | 10 | -50 |
- これは二つの意味で悲劇的だ. 1.平和主義は非合理的だ.2.攻撃の利益は,敗北のコストに比べてあまりにも小さい
- この非対象はエントロピーで説明できる.すでに十分秩序のある世界ではさらに利益をあげるのは難しいが,破壊は簡単なのだ.
- そしてこの非対象を第三者的にみると,攻撃は馬鹿げているように見える.しかし当事者にとってはそこから抜け出すのは難しい.自分から平和的に動くのは搾取される.平和になるには相手と同時に行うしかない.これが暴力と平和がスパイラル的で不安定な理由だ.先制攻撃の誘惑は平和を不安定にする.
- 繰り返しゲームであっても,自信過剰傾向は報復の連鎖につながりやすい.(ただし平和方向に向けてのスパイラルもある)
ピンカーは課題を次のように設定する.「そして暴力減少のキーはペイオフマトリクスの変更だ.左上が魅力的であるようにすればいいのだ.」その上で暴力抑制に働くメカニズムを考察していく.
(1)リバイアサン
- 政府による暴力の独占は,暴力者に罰を与えてマトリクスを変更できる
平和 | 攻撃 | |
---|---|---|
平和 | 5 | -100 |
攻撃 | 10-15=-5 | -50-150=-200 |
- これは平和化プロセスと文明化プロセスに見られる.さらに周辺部が取り残されると名誉の文化がはびこり,脱植民地や内戦で政府が崩壊すると暴力が増え,60年代の逆転にもつながった
- 政府による手段は暴力でなくとも良い.名声が重要な場合には法システムだけで十分だ.このソフトパワーは国際関係では非常に重要だ.
- この4つのセルの下側だけ,必要最小限に下げることがポイントになる.それには民主主義が適している.
(2)交易
- 交易はポジティブサムを作る
平和 | 攻撃 | |
---|---|---|
平和 | 5+100=105 | -100 |
攻撃 | 10 | -50 |
- これにより相手が平和主義の時に平和主義的になる誘因が生まれる
- 確かに交易メリットの量は様々な条件に依存する.しかし一旦交易をするようになるとそれを増やすような力が働く.
ピンカーは文明化プロセスにこの要素が多いことを説明し,さらに定量的なサポートも紹介している.
- 中世の王国では公益のインフラを整えた.貨幣,裁判所.そして交易が進むに連れて暴力は減った.さらに航海術,金融システム,重商主義の放棄などが続く.
- 18世紀には帝国主義競争から脱落したスウェーデン,デンマーク,オランダ.スペインが交易により繁栄した.
- そして現在同じことが中国,ベトナムで生じつつある.国家やイデオロギーの栄光から,金儲けに転換して暴力は減ったのだ.これはイデオロギーの悪い面を自覚したこともあるだろうが,繁栄の誘惑に屈したということもあるのだろう
- 定量的データのサポート:長い平和,新しい平和の時期と交易の上昇は同時期に生じている.交易相手とは戦争しにくい.オープンな国家はジェノサイドや内戦が少ない.資源国は,それを加工して貿易する国より戦争に陥りやすい
なおラボ実験はほとんどないそうだ.ピンカーは「この交易が重要というのは,自分たちはビジネスパーソンより上だと思っている文化エリートには認めたくない説明なのだろう.」と皮肉っている.
(3)女性化
- 暴力は圧倒的に男性に偏っている.それは少年期から一貫している.そこは進化心理からある程度理解でき,男性はより競争的で,女性はリスク回避的だ.要するに男性はゼロサムの競争にとりつかれ,名誉,地位,栄光を争うのだ.
- 平和主義のジレンマのマトリクスを勝利の栄光と敗北の損失の8割は男性のエゴだとして補正するとこうなる.
平和 | 攻撃 | |
---|---|---|
平和 | 5 | -100*0.2=-20 |
攻撃 | 10*0.2=2 | -50 |
- このマトリクスでは平和主義が合理的になる.
- 但しこのような補正が常に有効なわけではない.残虐な外敵がいる時には敗北はすべてを失うことを意味する.だからこのようなマトリクスが成立するのはある意味捕食リスクが減少した環境による贅沢なのだ.
- しかし補正が有効なようにできる部分もある.
- データ的には女性が社会進出するほど,社会は非暴力になることを示している.例:西洋民主社会と,イスラミックアフリカ
- 男性的な名誉,子供の体罰,軍隊の栄光の否定という形でもいい.これは西欧やアメリカのブルーステートで生じていることだ.
ピンカーはここで,現代の保守派が「西洋は勇気や豪胆さと言う徳を失い,軽薄で女々しく退廃的になった.そして栄光が失われた」と嘆くことがあることについてもコメントしている.
- これは平和VS名誉,栄光という価値の衝突だ.
- そして本書では暴力は(より大きな暴力を抑制するのでなければ)悪だとして記述してきたが,確かにこれは価値判断の問題だ.
- ここでは一言だけ言っておこう.「少なくともこの男性的な価値の犠牲になる人々に,この代償についてコメントする権利はあるだろう.」
ピンカーはさらに女性化が平和に結びつくもう一つの理由をあげている.「それは女性が望み,好む社会的な環境が平和化に資するということだ」と
- 結婚:結婚し,子供の養育の義務が生じると男性は非暴力的になる
- 集団の中が男女同数になる
- 家族構成の好み
この部分のピンカーの説明は少しわかりにくい.(1)は結婚を主題にしているが,むしろ女性の価値観を社会が認めるようになると,男性の子供の養育義務がより強調されるという意味なのだろう.(2)は女性化により暴力が抑制されるというより,集団の性比が男性に傾くことが暴力につながるということがポイントのようだ.(3)については女性の方が子供の数の希望が小さく,急激な人口増加を回避しやすいということをいっているようだ.ここではマルコム・ポッツの「Sex and War」が引用されている.
ピンカーは最後に「要するに女性化は,政治決断,名誉の非価値化,結婚の推進,避妊の自由を通じて暴力減少を促せるのだ.」とまとめている.
(4)広がるサークル
- 共感の広がりは視点の取り方を変えることだ.相手の幸せを自分の幸せと同じに思う.もし完全に融合すればマトリクスは次のようになる.
平和 | 攻撃 | |
---|---|---|
平和 | 5+5=10 | -100+10=-90 |
攻撃 | 10-100=-90 | -50-50=-100 |
- これで平和主義が合理的になる.もちろん完全に融合はしないだろう.しかし少しづつなら可能だ.
- では何がこれを可能にするのか.それは出版と識字率の向上と読書革命だ.これらは18世紀の人道主義と時期的に合致する.そしてラボ実験でもそうなる.
- 識字率の向上と,都市,移動,マスメディアは19,20世紀にも続いた.さらに20世紀後半にはグローバルな社会と電子革命が生じた
そしてそれは,長い平和,新しい平和,権利主義革命にも効いただろう
(5)理性の上昇
- 共感でなくとも抽象的に相手の価値を認めることを是とできるならマトリクスは共感と同じになる.
- そしてこれを可能にする要因も同じだ.:識字率の向上,コスモポリタン,教育
- しかし心理的なメカニズムは異なる.「共感:相手の視点に立つ」 「理性:超越的な視点に立つ」
- 理性にはもう一つ共感とは異なる要因がある.それは「現実」だ.nature of reality
- 現実を知るとそれは暴力減少に結びつく「迷信による殺人」「奴隷制」「マイノリティや女性の抑圧」について正当化できるかどうか考察
最後にピンカーは「理性には共感を超えたメリットがある」と強調する..
- 共感にある限界がない.
- 平和にする方策も考察できる:民主制,カントの平和機構,仲直り,宥和政策,非暴力による抵抗,国連平和維持軍
- 価値について,部族,共同体,権威,神聖,から人道主義,リベラル,自律に流れを作る.より正当化しやすいのは後者なのだ.そしてより多様な人が議論すればするほど後者に向けた流れができる.当初反対した保守派も最後には流れに飲み込まれる.その原則を称する例外は,まさに孤立した社会でのみそれに抵抗した価値にしがみつく事例を見つけることができるということだ
- これはナイーブな整理に見えるかもしれない.しかし現実に生じてきたのだ.
以上がピンカーの議論のあらましだ.囚人ジレンマゲームの利得表を使って双方協力にする方策を議論するのはよく見かけるものだが,歴史的な流れを解説しているところが面白い試みだ.まずはリバイアサンの警察.そして交易の重要性,そして男権社会から女性の価値を認める社会への移行,共感の輪のサークルの拡大,理性が効くということだ.この議論にのるなら,平和のためには保守だけでもリベラルだけでもまずいということになるのだろう.保守派は女性やマイノリティの権利や価値観を認めるべきだし,リベラルは警察や自由貿易の重要性を理解すべきで,いずれもイデオロギーにとらわれたり反知性的になってはならないのだ.
関連書籍
マルコム・ポッツの「Sex and War」私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110205
Sex and War: How Biology Explains Warfare and Terrorism and Offers a Path to a Safer World
- 作者: Malcolm Potts,Thomas Hayden
- 出版社/メーカー: BenBella Books
- 発売日: 2010/06/22
- メディア: ペーパーバック
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