本書に関連するいくつかの理論的な問題についてのメモ


ハミルトンとメイによる分散の論文


W. D. Hamilton and Robert M. May, Dispersal in Stable Habitats, Nature 269, 578-81 (1977) Narrow Roads of Gene Land Volume 1 pp377-85


これはメイが加わっていることもあってハミルトンの論文にしては簡潔でエレガントな記述になっているものだ.「生物がパッチ状に分布している場合に,環境が安定していても,また分散成功率が低くても,リソースの半分以上を分散に回すのがESSになる」という結論が導かれている.
この結果はかなり直感に反するもので面白い知見だが,あまり行動生態学の本で強調されることはないように思う.分散は血縁集団を広げてしまうので近隣個体との血縁度を下げる方向に作用するためハミルトンは若い頃から興味を持っていたようで,それまでの論文にもしばしばいろいろな考察があるが,この論文で一定の結論を提示している.


導入部分では直感的議論がなされている.
パッチ状に住んでいる生物が,1シーズンでmの子孫を作り,うちvが分散成功率pをもって分散し,(1-v)が生まれたパッチにとどまるとする.するとどんなにpが小さくても,「分散しないという性質(v=0)」は決して広がらず,低い確率で分散されてきた個体に排除されるので,必ず「分散する性質」に侵入されてしまうことは明らかである.
で,ここからpをパラメータとしてESSであるv*の導入を行う.この部分は論文では省略されているのでなかなか厄介だが,実際に微分方程式を解いてみると確かにv*=1/(2-p)が導出できる.


これだけでも見事な結論だが,ハミルトンはさらに親が死なない場合,空きパッチがある場合,有性生殖の場合などに議論を広げている.



半倍数体の姉妹ワーカーカーストの進化閾値とアブラムシのクローンワーカーカーストの進化閾値が結局同じであるということについて


ここは大変面白いし,私も本書を読んで初めて理解した部分があるので整理しておこう.

  • 当初の3/4仮説による膜翅目の真社会性の進化の説明は,(女王が単独回交尾だとして)ワーカーと姉妹であるメスの繁殖虫の血縁度が3/4であり,これは自分の娘を繁殖虫とした場合の1/2より高いことから利他行為が進化しやすいという説明がその柱であった.(そして後述するようにオスの繁殖虫とは1/4しか血縁度はない.これは性比が1:1なら平均血縁度は1/2となる.)私は,これに対してアブラムシは兵隊とそれに守られる普通のアブラムシがクローンであり,血縁度は1であるから,当然膜翅目より進化しやすいのだと単純に考えていた.しかし本書の解説によるとそうではない.
  • なぜならワーカーの立場から真に比較するべきなのは同じ次世代の繁殖虫同士であり,膜翅目の場合は自分で繁殖した場合の娘と息子の繁殖虫と,妹や弟である繁殖虫の比較だ.これは1/2対(妹3/4,弟1/4の平均)1/2で同じになる.アブラムシの場合には自分の娘・息子(1/2)と,自分のクローンの娘・息子(1/2)の比較になってやはり同じになる.なおこれに対して一般的な2倍体生物が同世代である自分の兄弟の繁殖を手伝う場合には比較すべきは自分の子(1/2)と兄弟の子(1/4)になる.だからこれに対しては膜翅目昆虫もアブラムシも2倍ほど真社会性に移行しやすいということになる.
  • だから真社会性の進化に関して重要なのは,血縁度,(防衛しやすい巣のようなものなどの)b, cだけでなく,世代の構造(これも厳密には血縁度の問題ともいえるだろうが)もあるということなのだろう.年一度有性生殖をする昆虫の場合には,そこで同じ世代になるものを比較すべきことになる.だから早く生まれた膜翅目のメスは自分の子と,世代的に同じ甥姪ではなく,一つ世代が前の妹を比較すべきことになり,ここに真社会性の進化しやすさが生まれるのだ.またアブラムシについては世代はそろっているのでクローン間の血縁度の高さが素直に効いているということになるのだろう.
  • なお3/4仮説の「ヌエ」性については,それ以外にも,オスの繁殖虫との低い血縁度をどう考えるか(平均して1/2になってしまうのなら半倍数体だからといって上記の世代の構造を別にすると何の有利性もないことになる),ワーカーによる性比操作をどう考えるか(仮に平均して1/2となるにしても姉妹間の血縁度は3/4と高いので,この非対称で膜翅目で独立に何度もメスのワーカーが進化したことが説明できるかもしれない.しかし性比操作があると、この有利性はメスの繁殖虫の多さで相殺されてしまい,その非対称も失われる),多数回交尾,ポリシング,そしてそれぞれの特徴の進化順序などが問題になるだろう.これらは絡み合っていて非常に複雑だ.私自身は,姉妹間の血縁度が高くなりやすいという半倍数体の性質は,膜翅目で独立に何度も真社会性が進化して,ワーカーは皆メスであることの説明としてはなお重要であるように思う.


関連書籍

Narrow Roads of Gene Land: The Collected Papers of W. D. Hamilton : Evolution of Social Behaviour (Narrow Roads of Gene Land Vol. 1)

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