
The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?
- 作者: Jared Diamond
- 出版社/メーカー: Allen Lane
- 発売日: 2012/12/31
- メディア: ハードカバー
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前章では,導入として伝統社会のリスクへの対処の仕方の顕著な特徴《建設的パラノイア》《取るべきリスクは取る》を説明した.本章ではより包括的にリスク対処戦略を議論する.
まずダイアモンドは.伝統社会で育ち平気でライオンを追い払うことができる若者も先進国の都市の道路は両方から自動車が来るのでとても怖くて渡れないというエピソードを紹介している.人は,それぞれ特定のリスクに特定の戦略で対処している.だから自らが慣れていないリスクには対処が難しいのだ.
次にダイアモンドは現代社会のリスク対処のやり方に合理的でない点があることを指摘する.
- アンケートによると人々は「核は自動車より危険」「殺虫剤は,(銃や喫煙と同じぐらい)危険で手術のほうがより安全」と答えるがこれは事実には合わない.
- 結局現代社会はリスクの一部には合理的に対処しているが,一部は無視したり(祈りや宗教などに頼り)非合理的に対処する.
このあたりの非合理性は日本でもよく見かけるものだ.こういう対処は,「リスク判断に際して統計データは入手できず使えるのは自らの経験と言い伝えとゴシップだけ」というEEAで進化したヒトの心が現代環境で引き起こすユニバーサルということなのだろう.
では伝統社会では実際にはどうなっているだろうか.ダイアモンドはリスクを次の4つに類型化して順に議論する.
- 自然環境にある危険
- 人による暴力
- 伝染病
- 飢饉
<自然環境にある危険>
ダイアモンドによるとこれによる事故は伝統社会の死亡リスクで病気,暴力に次ぐ3位でしかないそうだ.しかしこれは因果が理解しやすいので,全般的な行動戦略はこのリスク要因に大きく影響されると説明している.
どのような危険があるかをダイアモンドは詳しく民族集団ごとの表にしている.ヘビやジャガーなどの動物,倒木,雷,道に迷うこと,溺れること,狩りの際の事故などが多いようだ.
また先進国の人間には想像しにくいことを書いてくれている,ここはなかなか面白い.
- 大型獣は危険だ.そしてアフリカではライオンやヒョウやワニよりもカバが危険だ.
- 毒を持つ動物も危険だ.アマゾンでは毒ヘビ>ジャガー
- 倒木のほか,木から落ちるのも重要な危険
- 野火より家の中の火が危険
- 毒矢などによる事故も重大な危険だ.
- 虫とかトゲなどによる小さな傷も感染によって致命的になりうる.
これらに対しては回避行動がなされるので実際の死亡率は低い.クンの死亡の中でライオンが占める割合は0.5%に過ぎない.しかし彼等は十分に注意を払っている.
彼等の対処戦略は基本的には建設的パラノイア.そのほかに宗教的な対処もある.
そのほかの特徴としては以下がある.
- 基本的に保守的で,慣習を変えるのは危険と見なされる.
- 西洋人の男性に良くあるマッチョのディスプレー(臆病と思われたくない)はまず無い.危険を恐れるのはプルーデントとされる.
- 自分たちが経験したリスクは延々と語り継ぐ.
この最後はなかなか面白い.ダイアモンドは指摘していないが,伝統社会の男性はいずれ部族間戦争で臆病であるかどうかをディスプレーせざるを得ないので,事故などの危険に対してまで蛮勇をふるうのは割が合わないのだろう.
<人による暴力>
殺人から戦争まですべて含めて伝統社会の死因の1位か2位を占める.(社会がより国家に近くなると2位になる)
ここでダイアモンドは「狩猟採集民は平和的である」という神話がどのようにくつがえされていったかをクンのリサーチを例に語っている.
1960年まではクンは平和的だと思われていた.しかし60年代にリーによって長期リサーチがなされ,彼自身は3年間で34の喧嘩のみ目撃し,殺人を見ることはなかったが,しかし長く滞在して仲良くなって初めて地元の人は本当のことを教えてくれるようになることに気づいた.そうした情報源の話を総合すると1920年から1969年までに(嬰児殺や老人の遺棄を除いて)22件の殺人があったことがわかったのだ.これは人口を加味すると1年当たり10万人当たり29人であり,当時のアメリカの3倍,欧州の10〜30倍だ.
そして最後の殺人は1955年で,それは警察ができて3年後.この殺人犯が処罰されたことを最後に殺人はなくなった.国家によるコントロールこそが私人間の暴力を減らすのだ.
ダイアモンドはこの22件を詳しく紹介している.犯人は全員成人男性で(被害者の19/22は成人男性)*1,すべて誰かが見ているところで行われ,うち15件が報復がらみで,残りは不貞や浮気が原因とされている.
もちろん民族差はある.ダイアモンドは,「アカやシリオノはより平和的で,アチェやヤノマモはより暴力的だ」と指摘し,アチェのリサーチ例も紹介している.
では彼等はこれに対しどう対処するのか
ダイアモンドはやはり中心は建設的パラノイアだと指摘している.
- 知らない人には気をつける,テリトリーに侵入したものは殺すか追い払う.
- 同盟相手の裏切りにも気を配る
- 村落の場所も防衛や見張りを優先
- グループ間,個人間で同盟を作る
- そしてこの危険について延々と語って子供を教育する.
要するにこれらも自然環境からの事故と同じで,因果が明確なので,対処にきちんと動く,しかし相手も人なので結局防ぎきれないのだろう.戦争にいたらない殺人の多さ,そして国家のリバイアサンの明確な有効性はピンカーを読んだあとではある意味当然の話だが,読者によってはかなりびっくりするところかもしれない.