The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?
- 作者: Jared Diamond
- 出版社/メーカー: Allen Lane
- 発売日: 2012/12/31
- メディア: ハードカバー
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現代西洋のライフスタイルが非感染性疾病のリスクを高めるという話題.具体例として高血圧の次の話題は糖尿病だ.
<糖尿病>
ここでは初歩の糖尿病講座がまず語られる.
- 砂糖の摂取は伝統的なライフスタイルではほとんどなく,1700年頃の英国でも年間で4ポンド(2キロ弱)これが現在の米国では150ポンド(68キロ)だそうだ.
- 砂糖を摂取すると血中ブドウ糖濃度が上がり,膵臓でインシュリンが分泌され,筋肉でグリコーゲンに,脂肪細胞で脂肪に転換される.この仕組みのどこかでうまく行かなくなると糖尿ということになる.だから糖尿にはいろいろな種類があるが.大きく分けるとタイプ1とタイプ2に分かれる.
- タイプ1 :若年性ともいわれる.患者は若くやせている.これは一種の自己免疫疾患で,交代が膵臓を攻撃することによりインシュリンが分泌できなくなるために生じる.本書では以後はタイプ2についてのみ論じる.
- タイプ2:成人性ともいわれる.患者は通常肥満体だ.体組織が少しずつインシュリンに対して不感症になる.膵臓はがんばってインシュリンを産出するが,ついに降参する.これにより血中ブドウ糖濃度が上昇する.
- タイプ2糖尿病の要因には遺伝要素と環境要素がありそれぞれ多要因だ.環境要因としては肥満,運動不足,ハイカロリー食,砂糖消費などがあげられる.多くのリサーチではこれが西洋的ライフスタイルと相関する.
ダイアモンドはここで多くの糖尿の疫学的なリサーチを紹介し,さらに最も劇的なケースとしてピマインディアンとナウル島民のケースを詳しく説明している.
- ピマインディアン:彼らはアリゾナの砂漠で2000年以上暮らしてきた.潅漑農業と狩猟採集だが,食糧事情は不安定でしばしば飢饉に直面したらしい.白人が入植してからはいっそう不安定になった.20世紀以降西洋風の生活になった.現在35歳で50%が糖尿に,55歳以上だと70%
- ナウル島民:農業と漁業で暮らしてきた.食糧事情はよくなく肥満者が魅力的とされる文化を持つ.1906年にリン鉱石が発見される.ドイツ領を経てオーストラリア領,さらに第二次世界大戦中は日本に占領され.集団で労働にかり出される.第二次世界大戦後1968独立,鉱山のロイヤリティが入るようになり,全く運動せずに優雅に暮らすようになる.今日太平洋地域でもっとも肥満した民族として知られる.20歳以上で1/3が糖尿,55歳以上では2/3
ナウル島民の糖尿病頻度は最近下がりつつあるようだ.ダイアモンドによると,これはライフスタイルを改めたためではなく,あまりの高頻度の糖尿発症に,自然淘汰が働いた結果,糖尿になりやすい遺伝要因が減少したことによるものではないかということだ.もしこの解釈が正しければ,これまで記録された人類の自然淘汰の最も速い実例ということになるそうだ.
ではなぜそれ以前に糖尿になりやすい遺伝要因は淘汰されずに残っていたのだろうか.ダイアモンドは,かなり若いときにも発病するし頻度が高すぎることから多面発現だけでは説明しきれないだろうとコメントし,倹約仮説「予測不可能な食糧事情にあるなら,食料のあるときにはドカ喰いして脂肪にため込むようになっている方が有利だっただろう」を紹介している.
ダイアモンドは「糖尿病の遺伝要因についてはもうひとつ説明すべきことがある」とコメントする.それはヨーロッパ人のみが他民族と比べて糖尿になりにくいことだ.ヨーロッパ人(そしてアメリカのヨーロッパ系の人々)はまさに西洋風のライフスタイルをしていても人口の2〜10%しか糖尿病にならないのだ.
確かにアメリカなどを旅行すると健康そうに働いているビヤ樽体型の人を高頻度で見かける.日本人にこれほどの頻度でビヤ樽体型の人がいないのは,食事内容などの差もあるが,あのような体型になると極めて高い確率で糖尿病を発病してしまうからだと聞いたことがある.
ダイアモンドはこれについてルネサンスの頃から急速に飢饉が減ったために倹約遺伝子の有利性が薄れて淘汰されたためだろうと推測している.
- 国家による再配分
- 新世界の農産物の導入などによる農業生産力の向上
- 輸送技術の進歩
- 元々灌漑農業でなかったこと
- アイルランドのジャガイモ飢饉は恐らく唯一の例外
<NCDの将来>
ダイアモンドは,ここでは高血圧と糖尿のみを扱ったが,他にもNCDはあり,また問題になる環境要因も塩分と砂糖と肥満だけではないと断っている.重要な環境要因としては他に喫煙,アルコール,コレステロール,トリグリセリド,不飽和脂肪酸,飽和脂肪酸などをあげている.
そしてこう本章を結んでいる.
NCDsは本書の読者の後期人生に大きな影を落とすだろう.しかしこれらは伝統社会にはなかったのだ.私はすべての生活を伝統社会のようにしろといっているのではない.リスク要因を避けるようにすればいいのだ.一部のリスク要因は明白で,運動,塩分,砂糖,カロリー,喫煙だ.だからコントロールするためのやり方はかなり明白だ.禁煙し,運動し,食事をよく考えるのだ.これらはある意味ありふれたアドバイスだ.でも繰り返す価値がある.運命は私たちの手にあるのだから.
確かに全くよくあるアドバイスであり,そして繰り返す価値があるものだろう.これは特に伝統社会を考えなくとも疫学的な知見だけからでも明白だと言えばその通りだが,過去にはなかった病気だと言われるとより生活習慣を深く考える人も出てきやすいということはあるかもしれない.
なおダイアモンドは(喫煙と肺ガンの関係を除いて)ガンについては多くを語っていない.これは伝統社会になかったというわけでもないし,また別の話でもあるだろう.伝統的ライフスタイルのいろいろな要素と様々な発がん確率にはどのような関係があるのだろうか.なかなか興味深いところだが,まだはっきり書けることは少ないということなのかもしれない.