「Did Darwin Write The Origin Backwards?」 第3章  「性比理論,ダーウィン,それ以前,そしてそれ以後」 その3 

Did Darwin Write the Origin Backwards?: Philosophical Essays on Darwin's Theory (Prometheus Prize)

Did Darwin Write the Origin Backwards?: Philosophical Essays on Darwin's Theory (Prometheus Prize)



ソーバーの性比エッセイはダーウィン以後に進む.ここでソーバーは,ダーウィン以降の自然淘汰による性比理論の嚆矢は,進化生物学者が好んで引用するフィッシャーではなく,デュージングだと指摘する.これはあまり知られていない事実の指摘だろう.カール・デュージングはドイツの学者で,ソーバーは進化生物学に数理モデルを最初に持ち込んだ人物だと紹介している.


<デュージングのモデル モノガミーは前提から落ちる>


デュージングはフィッシャーに40年以上先立つ1884年に以下のモデルを提示している

  • 明確に親,子,孫の3世代をモデル化する.
  • 子世代のオス数をm,メス数をf,彼等が産出する孫世代数をNとする
  • すると子世代のオスの平均孫数はN/m,メスはN/fとなる.これはより少ない性の子の方が平均孫数が多いことを意味する.そして孫数を最大化しようとする親世代はより少ない性の子を産むべきだ.
  • これによりより少ない性の子が増える過程が生じ,最終的に繁殖時の性比が1になるところが平衡になる.

ソーバーは以下の指摘を行っている.

  • デュージングはモノガミーという前提が不要であることを示している.
  • これは問題になるのが「平均繁殖成功」であるからだ.そしてダーウィンの誤りは繁殖成功と失敗だけに集中してしまったところにある.
  • これは大きな理論的な成功だが,逆に性比が1からずれている観察例はすべて理論にとっての問題になることになる.

その通りというところだろう.


<フィッシャーと親の投資>

ソーバーは1930年の「自然淘汰の遺伝理論」におけるフィッシャーの性比議論を「(いかにもフィッシャーというべき)特徴的な簡潔な扱い」と表現している.
フィッシャーはどちらの性の子を産むかが親の戦略であるとするなら,その投資額こそ問題であると正しく見抜いた.そして親が投資をやめる時点での性比が,親の両性にかける投資比率が1:1になる形で決まると明示したのだ.その意味ではダーウィンもデュージングも間違った問いに答えていたということになるとソーバーはまとめている.


ソーバーはフィッシャーの有意性検定は嫌いだが,さすがにこの性比理論のエレガントさには敬服していると見え,ここでフィッシャーの理論を数式もふくめて丁寧に説明している.
なおソーバーはこの中で「オスの方が子育て中の死亡率が高いなら,オス1匹あたりの平均投資額はメスのそれより小さくなるので,『独立時』の性比はオスに傾くことが予想される」と書いている.しかし確かに出生オス1匹あたりの投資額は小さくなるが,独立時のオス1匹あたりの投資額は逆に大きくなるはずで,独立時性比はメスに傾くはずだ.逆に『出生時』性比はオスに傾くことが予想される.ちょっとした勘違いだろうが,哲学者の書いた書物としてはちょっと残念なところだろう.


<ハミルトン グループ淘汰と個体淘汰>


さてここでハミルトンの登場なのだが,ソーバーはタイトルにグループ淘汰を入れ込んでいる.ハミルトンの性比理論は徹頭徹尾包括適応度的であったはずなので,なんだかまたも強引な記述が予想される.とりあえずソーバーの議論を追ってみよう.

  • 1966年にジョージ・ウィリアムズは性比が1に近いこと自体が,ナイーブグループ淘汰の誤りを示すものだ(もし種やグループにとって有利であるだけでそのような性質が進化するなら,多くの生物で性比は大きくメスに偏るはずなのにそうなっていない)という議論を行った.そしてフィッシャーの理論が個体淘汰的であると指摘した.ウィリアムズの指摘は基本的に正しい.
  • 翌年ハミルトンは「極端な性比」という論文においてフィッシャーと異なる結果を予想する数理モデルを提示した.
  • ハミルトンはある種の昆虫にみられる大きくメスに傾いた性比を説明しようとしたのだ.
  • ハミルトンはダーウィン,デュージング,フィッシャーと同じく3世代モデルを用いた.
  • ハミルトンはフィッシャーのモデルを否定しようとしたのではなく,それには狭い前提があることを示したのだ.フィッシャーのモデルは「ランダムに交配する単一の無限集団」を前提にしていた.ハミルトンは「近親交配があり得る有限の部分集団を含むメタ集団構造」に前提を広げた.
  • これはグループ内個体淘汰とグループ間淘汰が同時に生じた場合の集団全体の性比をモデル化したと解釈できる.グループ間淘汰は大きくメスに傾いた性比を,個体淘汰はフィッシャー的な性比を好む.そしてその妥協が実現する性比になるのだ.


ある意味予想通りの強引な記述だが,包括適応度理論とマルチレベルグループ淘汰理論は数理的に等価なので,このような解釈も可能だというのは正しいだろう.なおハミルトンのモデルのマルチレベル淘汰的解釈についてもソーバーは詳しく説明しているが,それはアペンディックスに落とされている.