「Sex Allocation」 第4章 血縁者間の相互作用2:局所配偶競争(LMC) その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


冒頭にはハミルトンの「Narrow Roads of Gene Land」第1巻に収められた「Extraordinary sex ratios」(LMCを提唱した記念碑的論文)の前につけられたハミルトン自身のエッセイ「Gender and Genome」の文章が引かれている.私もリスペクトしてちょっと意訳してみよう.

私はこの論文を自分のほかのどの論文よりも誇りにしている.それはおそらく,この論文が性比理論を進化生物学の重要な理論にするのに大きく貢献したと自分自身で信じているからだろう.性比理論はネオダーウィニズムパラダイム全体が持つパワーと正確性を最もよく証明する進化生物学理論の一分野となったのだ.


エストの冒頭の文章も気合いが入っているように感じられる.ここも訳してみよう

個体群が,配偶が局所的に生じ血縁オス同士が配偶相手を巡って競争するように構造化されると,局所配偶競争(LMC)と呼ばれるプロセスによってメスに傾いた性比が有利になる.
具体的には,LMC理論は(1)非常に多様な生物群(昆虫,ダニ,クモ,単細胞寄生生物,線形動物,ヘビ,魚類,顕花植物が含まれる)におけるメスに傾いた性比を説明可能であり,(2)局所条件依存性比調節のケースも含めて種間や個体群間の性比の多様性を説明可能であり,(3)しばしば性比が少数の観測容易なパラメータに大きく依存していることを予測する.そして理論とデータ間の十分な定量的なフィットが期待できるのだ.


4.1 イントロダクション


第4章ではLRCの特殊なケースを扱う.それは局所配偶競争(LMC)と呼ばれるもので,個体群がいくつかに分割され,その中で血縁オスが限られた配偶機会を争い,近親交配が可能である場合に生じる.この場合にはメスに傾いた性比が有利になる.

エストは本章の構成を予告している.
まずハミルトンの古典的なモデルを説明する.その後このモデルの実証的リサーチを,平均的な性比を個体群や種間で比較したリサーチと個体が局所条件に合わせて性比を調整しているかどうかを調べたリサーチに分けて紹介する.またハミルトンのオリジナルなモデルには様々な拡張がある.これらは第5章で扱う.


4.2 局所配偶競争の古典的理論


4.2.1 ハミルトンのモデル


ハミルトンは最初に局所配偶競争が生じると性比がメスに傾くことを示した.ハミルトンのモデルは二倍体生物についてのもので,その前提は以下の通りだ.

  • 個体群はパッチで構造化されている.
  • 各世代において,あるパッチについて個体数Nの創設メスが同数の卵を産み付ける.
  • 孵化した子はパッチの中で成長成熟し,その中で交尾する.その後メスのみが分散して次世代の創設メスになる.

ハミルトンは,以上の前提のもとで各創設メスにとってのESS性比(以下第4章,第5章においては特に断りのない限り,オスとメスにかかるコストは同等として性配分ではなく性比という言葉を用いるとされている)は以下になることを示した.(Hamilton 1967)

これは大きなNの元では性比はフィッシャー性比である0.5に近づき,Nが小さくなると性比は0に近づく.後者はオスをゼロにするのではなく,最小限の数(通常パッチあたり1匹)にして,残りをメスにすることを意味していると解釈できる.

<ハミルトン性比の導出について>

エストは本書ではESS性比について,既に得られた式を紹介しているだけでその導出については解説してくれていない.ここではハミルトンのこの美しい式をリスペクトしてその導出をやってみよう.

あるパッチに産卵する創設メスの数がNで,それぞれm個の卵を性比sで産むとする.するとm(1-s)がメス,msがオスとなる.すると母親1の適応度w1は娘から得られる適応度と息子から得られる適応度の合計になるので以下のように表記される.右辺左項は娘を通じた適応度成分,右項は息子を通じた適応度成分で,後者は息子の数×受精成功度で表される.



ここで性比sは確率的に連続的に決定されうると仮定して,ESS性比をs*と表記する.すると均衡状態ではすべての創設メスが同じ性比戦略をとるので



さらに他個体がs*を取っている時に,i個体のとるsiはwiを最大化しているので,si=s*において以下の式が成り立つ.



これを,展開していくと(以降siをsと表記する)





ここでsi=s*を代入して



これで



が得られる.



なお正確にはsi=s*において



についても確認しておく必要があるが,ここでは省略する.


さて本書に戻って,このハミルトン性比までは教科書にも載っている説明だ.ウエストはなぜLMCの元で性比がメスに傾くのかについて論争があったと紹介している.引かれている論文は24編にもなり,かなり込み入った論争であったようだ.
エストの説明によると,これは一部の論者が,いくつかの異なる力が働いていると主張したことによるそうだ.異なる力というのは,血縁者間の競争,近親交配,パッチ生産力,グループ淘汰,個体淘汰あたりを指す.
例えば近親交配が効いているかどうかについてはアレクサンダー,シャーマン,メイナード=スミスが効いていると主張し,タイラー,バルマー,シャノフは効いていないと主張し,フランクとヘーレは一部効いていると主張した.ウエストは正しいのは最後の議論だとしている.(この議論は第11章で取り扱われる)


エストはここで,包括適応度理論とグループ淘汰理論の等価性の話に進んでいる.基本的には,LMCはいずれも正しいいくつかのアプローチがあることを理解することが重要だとコメントして,そのあたりを解説している.

  • 1つのアプローチは包括適応度理論を用いるものだ.これはハミルトンのオリジナルなアプローチから生まれるものであり,ハミルトン自身は孫の数を最大化する性比戦略として説明している.孫の数を問題にするのは,競争の後のステージを見ることができるので有用だ.またハミルトンは,ある性比戦略がunbeatable strategy*1であるためには,娘の数と息子の受精にいたる交尾数を最大化する戦略であるべきだとしている.その上で息子間の配偶相手を巡る競争は,追加1匹の息子の価値(限界価値)を娘に比べて下げるので性比はメスに傾くと説明している.
  • テイラーはハミルトンの包括適応度アプローチモデルで性比がメスに傾く理由を2つに整理している.(Taylor 1981)1つには血縁オス間の競争がある.これは息子を産むリターンを減少させる.2つ目にオスが受精させるメスは姉妹である可能性がある.この近親交配の可能性は娘を産むリターンを増加させる.追加の娘はその娘自身の価値に加えて,息子による受精を増やす効果があるからだ.
  • もうひとつのアプローチはグループ淘汰を用いるものだ.この方法論は通常プライス方程式を用いたものが使われる.

エストはグループ淘汰アプローチの説明にはN=2で,メスに傾く性比で産む個体(H)と等性比で産む個体(F)が,グループ内とグループ間でそれぞれ別の方向に淘汰を受けることを示して説明している.
学説史としてみるなら,「このメスに傾いた性比はグループ淘汰理論でななければ説明できない」と多くのグループ淘汰主義者が主張したことで極めてややこしい論争が生じ,その論争はこの両アプローチが数理的に等価であることが明らかになったきっかけとなったということになる.ウエストはグループ淘汰アプローチの構図を包括適応度的にどう解釈できるかをかなり丁寧に説明している.

またここでウエストは,パッチやデームのような形で個体群が構造化されなくても,単にオスとメスで分散距離が異なるという連続モデルでもLMC下では性比がメスに傾くということを強調している.これはアプローチとしての包括適応度理論の優越性を主張しているということだろう.

エストは最後に両アプローチは数理的に等価でありどちらも「正しい」が,どちらも同じように「有用である」とは限らないとコメントし,包括適応度アプローチの方がより広い状況下に用いることができ,より一般化されたモデルとより単純に表現できると主張している.(West et al. 2008)
このあたりは本ブログでも何度も取り上げた議論ということになる.ここでの表現は論争の中心メンバーの1人としてはかなり抑えた表現なのかもしれない.なお本書では今後基本的に包括適応度アプローチを用いて説明していくこととなる.



 

*1:事実上ESSとほぼ同義の概念.メイナード=スミスは後にESSをハミルトンの議論よりはるかにエレガントに包括的に整理した.