「Sex Allocation」 第6章 条件付き性投資1:基本的なシナリオ その7

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


広い意味での条件付き性比調節には性転換も含まれる.


6.8 性転換


性転換は,様々な魚類,無脊椎動物節足動物,軟体動物,棘皮動物環形動物),植物に見られる.理論的には,性転換は,齢やサイズにより転換した方が繁殖価が高い場合に有利になると説明できる.このアイデアはギーゼリンのもの(Ghiselin 1969)とされるが,齢やサイズを繁殖価に影響を与える環境条件と考えるとTW仮説と同じ考え方とも捉えることができる.


6.8.1 性転換の方向


性転換の方向は繁殖価が齢やサイズとともに増加する相対増加率で決まる.性転換種は繁殖開始後も成長を続ける.メスの繁殖力は通常体サイズの3乗に比例するので,性転換の方向はオスの繁殖価がそれより大きく増加するか小さく増加するかで決まることになる.
雌性先熟はオスの齢やサイズに対する配偶成功増加率がメスより大きいときに生じる.最大サイズのオスが配偶を独占するような場合にこの状況が生じる.雄性先熟はオスの増加率がそれほど大きくない場合に生じる.もっとも齢やサイズに対する繁殖価の増加率についてのデータはほとんど計測されていない.ポリカンスキーはアメリカ産のテンナンショウ (Arisaema triphyllum)でこれを計測した.(Policansky 1981)彼はメスにおいてより大きなサイズが有利になることを示した.(なおこの植物では齢を重ねると繁殖力が下がるので,逆方向への再性転換も生じうるそうだ)


6.8.2 いつ転換するか


個体が一性転換するかについては大きく二つの方法がある.ひとつは固定的にあるサイズや年齢になったら転換するという方法で,もうひとつは周囲の環境についてアセスして調節するものだ.前者については環境が一定ならありうるものだが,実際には見つかっていないとウエストはコメントしている.後者には多くのリサーチがある.


雌性先熟の魚類では繁殖グループからドミナントのオスを除くことが転換のキューになっているという報告が数多くある.これは小さな繁殖グループを作るような場合に多い.ロバートソンはホンソメワケベラでリサーチした.ホンソメワケベラはオス1匹とメス数匹で繁殖グループを作る.そしてオスを除くと最大サイズのメスが2〜4日でオスに転換する.(Robertson 1972)なおこれはもっと大きな繁殖グループを作る場合にも観察されており,また雄性先熟種でも同様のことが観察されている.

何がキューになっているのかについては論争がある.ドミナントオスからの抑制,小さなメスからの刺激,行動的相互作用の頻度(絶対頻度,相対頻度),視覚刺激,性比,ドミナントオスの消失,階層性,化学的刺激などが議論されている.ウエストは,これはまだよくわかっておらず,決着をつけるためには注意深い実験が必要だろうとコメントしている.また性転換やドミナント個体からの攻撃を見越して成長戦略が可変になっているのであれば,非常に複雑になっていてもおかしくないと付言している.ウエストはいずれにしても重要なのは,より繁殖価の高い性になるという淘汰圧であり,転換方式やキューはその問題を解くためのメカニズムだということを強調している.


魚類以外の動物でも環境条件についてアセスして性転換を行っているものが多く見つかっている.ウエストは巻き貝やエビのリサーチを紹介し,状況は魚類と同じであることを説明している,


6.8.3 より複雑な適応度


理論的にはより複雑な性転換パターンも生じうる.齢やサイズと適応度の関係だけでなく,成長率や死亡率,さらにその個体差だけでなくグループ間の差異も性別の適応度に関連しうるためだ.そのような場合にはより複雑なモデルを組んでパラメータを設定しなければならないし,場合によっては個体ベースのダイナミックモデルも有用になる.

このカテゴリーに日本の魚類行動生態学者たちがリサーチしている様々な逆転換や双方向転換の例が含まれるのだろう.単に死亡率というだけでなく,ペアを組んだ相手の状況がどうなっているか,別の個体とペアを作る戦略を採るのと自ら転換するのとどちらが有利になるかなどの詳細条件が効いてくるというわけだ.残念ながらウエストはこのような詳細については深入りしてくれていない.


エストは,別の複雑化の要因としては「サイズ分布についての著しい歪み」があると指摘している.この分野の理論は雌性先熟の魚類において,最大サイズの個体が必ずしもオスに転換しない現象を説明するために創り出された.もしこの繁殖グループが比較的小さくて,最大サイズのメスの産卵能力が他のすべてのメスの産卵能力の合計より大きいのならば,最大サイズメスは性転換しない方が有利になる*1.これは期待繁殖成功閾値モデルと呼ばれる.一般的には,小さな個体群においてはサイズの組み合わせにより複雑な予測が生じうるということになる.またスニーカーがドミナントオスの繁殖成功を目減りさせるなら,最大メスがオスに転換しない閾値は広がる.

この期待繁殖成功閾値モデルはムニョスとワーナーによってムナテンブダイを使った実証リサーチがなされている.(Munoz and Warner 2004)ムナテンブダイは成長が速く,メスのサイズ,産卵能力のばらつきが大きい.彼等は理論的に最大メスが性転換しないことが予測される状況において,実際に最大メスがあまり性転換しないことを示した.ウエストは,このリサーチは理論と整合的だが,厳密に対照コントロールされているとは言えないとコメントしている.

最後にウエストは,性転換に関するリサーチ全般の傾向として,質的でメカニズム重視で,定量的な適応度計測が欠けている傾向があると指摘している.そしてその例外としてポリカンスキーのテンナンショウのリサーチ(Policansky 1981)とコリンズのネコゼフネガイのリサーチ(Collins 1995)を紹介している.そこではきちんと繁殖価が計測され,転換の閾値予測と実測値が調べられている.

エストによる「繁殖グループが小さいときに性転換に複雑性が生じる」現象の解説はなかなか理論的に面白い.数理モデル屋としての血が騒ぐ雰囲気がよくでていて読んでいても楽しいところだ.


6.9 結論と将来の方向


6.9.1 成功と失敗


広義に捉えると,TW仮説は,ある環境条件がオスとメスに異なる適応度をもたらすなら,その環境条件に合わせた性比調節が有利になるだろうと主張していることになる.この単純な主張は広く当てはまり,多くの性比リサーチをひとつのコンセプトで統一することを可能にする.
そして多くのリサーチでこの仮説は実証された,ウエストは二つのポイントを指摘している.

  • 支持されたキーになる仮説は,「性比は相対的環境条件に反応する」ということだ.ホストの相対的サイズや繁殖集団中の局所的なサイズ分布に反応する.
  • 性比調節の強度は淘汰圧の強さと個体の条件へのアセス能力に依存する.前者は霊長類における性的二型性の大きさと性比調節強度の関連に現れ,後者は寄生バチにおいてホストを殺すタイプのものと生かしたままホストが成長するタイプのものにおける性比調節強度の差異に明瞭に現れている.

片方で,TW仮説は最もよく誤解され誤適用される理論でもある.よく見られるのは単一要因だけ見て,性比との相関を調べてよしとするリサーチだ.しかし実際のフィールドでは多くの要因が関連しており,アプリオリに性比調節の方向を予測することは事実上不可能なのだ.


6.9.2 将来の方向


条件付き性比調節の存在を実証するには,環境条件に対して性比を調節することが適応度にどのような結果を与えるのかを(操作実験などにより)示さなければならない.ウエストは複雑な要因が絡む中でこれは非常に難しいタスクであることを強調している.

そのことをよく示しているのは,(ホストサイズに対する性比調整があることが100種を超えて示されているような)比較的単純な寄生バチのケースにおいてですら,きちんとメスにとっての適応度が示されているリサーチはないという事実だ.そしてその上には哺乳類の母の質が息子や娘の質にどう影響するかとか,性転換するエビの適応度がサイズや齢によりどう変わってくるのかという問題があるのだ.

それ以外にもウエストの強調点は多岐にわたっている.

  • 同じ要因が異なる生物にとって共通のパターンを示しているかという問題も未解決だ.これはメタアナリシスが有力な手法になるだろう.
  • この分野のこれまでのリサーチには方法論的な問題が多い.古典的なリサーチとされるものでも再吟味の必要があるものがある.問題には,たとえば,比較リサーチで系統的な影響を排除できていないもの,pseudoreplication(統計的に独立でないデータを独立だと扱っているもの,ウエストは同じ個体の別のブラッドの性比を独立データとして扱っているものなどを例としてあげている)などがある.
  • 将来の方向として一つあるのは,これまで無視されていたような生物群を用いることだ.(ウエストは有望な動物群としてESDを示す線形動物,性転換する無脊椎動物,植物,同時雌雄同体生物を挙げている)
  • 残された理論的問題も多い.ウエストは未解決の理論的問題として多要因が絡む複雑性,特に母の質と息子や娘の質の相関性の与える影響,性拮抗的に働くアレル(遺伝子座内性的コンフリクト),LRCが同時に働く場合などを挙げている.
  • 理論の定量的な検証が今後重要になる.転換点あるいは性比が0.5になる条件を定量的に示し,さらに環境条件と性比の関係の形を示すことが重要だ.これは理論的には閾値で鋭く性比が変わるはずだが実際には緩やかに変わっていくケースが多いことを踏まえると重要な問題になる.


なかなか環境条件依存性性比調節の詳細は複雑で面白い.残されたエリアが広いこともよくわかる.次章ではこのような個体ベースの環境依存性の性比調節が行われた場合に個体群全体の性比はどうなるかが扱われる.




 

*1:最大サイズ個体はメスにとどまり,次にサイズの大きなメスのみがオスに性転換する.これが(遺伝子プールが十分大きければ)ESSになるということになるだろう