「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


第9章で扱われたのは子供の性をめぐる血縁者間のコンフリクトだが,その性について利害関心がある寄生体や,遺伝子間にもコンフリクトがある.ウエストはこれらを利己的性比歪曲者としてこの10章でまとめて扱う.このあたりは遺伝子視点をとる行動生態学の最も魅惑的な部分だろう.


冒頭でウエストはこう述べている.

個体の中のどの遺伝子の観点から見るかによってもESS性比は異なりうる.実際に利己的に性比を歪めようとする多様な性比歪曲要素が発見されている.これらには核遺伝子も細胞質遺伝要素もあり,後者にはウォルバキアのような寄生体も含まれる.
リサーチはまず性比歪曲者が実在することに焦点が置かれたが,最近ではこれらの存在や多様性の説明,さらにそれらに影響を与える個体群構造や抑制因子の淘汰などが調べられている.実際に性比歪曲者たちは,利己的な遺伝要素の中で,最もよくこれらの問題を調べる機会を提供してくれている.

ウォルバキアの性比歪曲は有名だが,これらも細胞内の利己的遺伝要素と見て,同じ細胞に同居している遺伝要素同士のコンフリクトとして広く統一的に解釈できるわけだ.そしてその作用が性比という形で定量的に観測できるのでリサーチ上の有用性が大きいということになる.


10.1 導入

本書のここまでの記述は「個体は包括適応度最大化に向けて自然淘汰を受ける」という前提を暗黙裏に置いていた.これはPhenotypic Gambitをとる行動生態学の伝統的な方法であり,個体内にある遺伝子たちは共通の運命をもつので協力するはずだという「遺伝子の議会」の考えに基づいている.
しかしもしある遺伝子にとって他の遺伝子のコストにおいて自らに有利な増殖を行う方法があるなら,それは淘汰によって有利になる.そしてこのうち最も明瞭な例が利己的性比歪曲者ということになる.ウエストはここでバートとトリヴァースによる2006年の「Genes in Conflict」を引用文献としてあげている.

そしてここでもこのアイデアを最初に思いついたのはハミルトンだ(Hamilton 1967 1979).ハミルトンは利己的性比歪曲者が個体群にいかに素速く広がるかを理論的に示し,それに対抗する性比歪曲抑制者に強い淘汰圧がかかることも示唆した.
それ以降数多くの利己的性比歪曲者が実際に見つかってきた.これらには核遺伝子,細胞質遺伝要素,共生微生物がある.


10.2 性比歪曲者の分類


性比歪曲者の分類は,どこにいるか,あるいはどのような効果を持つかなどによって可能だ.


10.2.1 核遺伝子


10.2.1.1 性染色体によるマイオティックドライブ


ハミルトンによる利己的遺伝要素の最初の理論的な示唆は,性染色体が減数分裂時により多く卵に入り込もうとする現象;マイオティックドライブについてだった.

  • 倍数体でXY型(XYでオスになる)の性染色体システムを持つ生物の場合,Y染色体にある遺伝子はオス系列を通じてのみ子孫に伝わる.ハミルトンは性比をオスに歪曲できるY染色体上の遺伝子があるならそれは素速く広がり,その結果個体群性比は強くオスに傾き,その個体群はすぐに絶滅してしまうことを示した.
  • 同様に性比をメスに傾けるX染色体上の遺伝子も広がる.この場合オス歪曲Y遺伝子の広がり方に比べて拡大ペースはより緩く1/3程度になることをハミルトンは示した.またこの場合に個体群は最初拡大し,その後ごく稀になったオスがすべての卵を受精できなくなってから減り始める.
  • この仮想的な性染色体の実例が最初に発見されたのはショウジョウバエDrosophilaのX染色体だった.(これは利己的性比歪曲者の最初の発見例でもある)X染色体の作用によりY染色体を持つ個体が殺されていたのだ.それ以降このような性比歪曲X染色体は双翅目昆虫で10種以上見つかっている.なおそれ以外の動物群でも主張されているものはあるが代替説明が排除されていない.
  • Y染色体によるマイオティックドライブはネッタイシマカAedes aegyptiで発見された.この発見例ではY染色体を持つオスの子孫はすべてオスになる.
  • なぜ性染色体マイオティックドライブが双翅目昆虫に多いのか,そしてなぜY染色体よりX染色体で多く見つかるのかは明らかではない.10.3節でいくつかの要因を議論する.
  • このほかの動物群では昆虫,脊椎動物,植物で見つかっている.有名な例ではレミングがある.
  • 性染色体でよく見つかるのは,それにはドライブに関与する遺伝子と自分がドライブされないための抵抗遺伝子がタイトに連鎖することが重要だからだとすれば説明できる.性染色体では組み替えが生じないためだ.

双翅目で多いのは興味深い.なお残念なことに,なぜ(ハミルトンが予想したように)ネッタイシマカY染色体マイオティックドライブがこの種を絶滅させてしまわないのかについてウエストは解説してくれていない.何か平衡になるコストがあるのだろうか,あるいは抑制遺伝要素とのアームレースが平衡になっているのか?


10.2.1.2 B染色体

B染色体というのは,生存繁殖に特に必要ない余分な染色体のことだ.これらは通常性比とは関係ないが,しかし重要な例外がある.それはキョウソヤドリコバチのPSR要素としてのものだ.

  • ウィーレンたちは,性比の実験を行っていた際に偶然オス系列で伝達される性比歪曲要素を発見した.これはpaternal sex ratio(PSR)と呼ばれその正体はB染色体であることが後にわかった.
  • PSRはオス系列を通じて伝達され,本来メスになる受精卵をオスに変えるものだ.その際には,当該B染色体以外のオス由来の染色体が消失することにより2倍体の卵が半数体になるのだ.この達成効率は99%以上で,PSRオスと交尾したメスの産出する卵はほとんどオスになってしまう.見方を変えると,PSRは自分の伝達を確実にするために,同じオス個体のゲノムを構成する他のすべての染色体を犠牲にしていることになる.ある意味で究極の利己的遺伝要素だ.
  • 最近別のPSRであるB染色体が寄生バチの一種であるTrichogramma kaykaiでみつかった.メカニズムはキョウソヤドリコバチのものとほぼ同じだった.
  • このほか他の寄生バチで,B染色体ではないPSR現象が報告されており,さらに2倍体生物(甲殻類)でもオス系列で伝達するオスへの性比歪曲要素が疑われる事例が報告されている.


PSRやB染色体については私もトリヴァースとバートの本出始めて知ったのだが,詳細が大変興味深かったことをよく憶えている.



関連書籍

トリヴァースとバートによる素晴らしい本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061127,読書ノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060424以降に掲載している.

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

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同邦訳.こんなニッチな専門書が翻訳されているのは素晴らしいことだ.即買いしているものの邦訳自体は未読だ.

せめぎ合う遺伝子 -利己的な遺伝因子の生物学-

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