- 作者: ウィリアム・H.マクニール,William H. McNeill,佐々木昭夫
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/12/01
- メディア: 文庫
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本書は歴史家ウィリアム・マクニールによる疫病がいかに世界史に影響を与えたのかについての本だ.原書は1976年に初版が刊行されて,1985年に邦訳,その後の原書1998年版の序言が追加されて文庫版になっている.原題は「Plagues and Peoples」
梅毒(本書では旧大陸起源説を採っている),ハンセン病,腺ペスト,コレラなどの個別の疫病の歴史も詳しく解説されていてなかなか面白いが,それを越えて疫病と歴史との関わりが深く考察されているのが本書の特徴だ.個別の歴史的な事件や趨勢の背後に疫病がどこでどういう具合に蔓延したのか,それが歴史的な帰結にどのように効いているということについて膨大な例をあげていて,読んでいて刺激的だ.かなり強引な議論も多いが,話半分としても結構興味深い指摘が多い.具体的にいくつかあげてみよう.
- ダイアモンドが衝撃的に議論した有名なスペイン人による新大陸の征服の背景の疫病と対比して,インド南部,アフリカ南部そして中国南部では古くからの固有の病気が逆に文明の進んだ北からの部族の征服を目指した侵入への抵抗力となった
- インドではそのような南部の固有疫病を持つ人達を北部から侵入した人々が忌避したことが不可触民の始まりではないかと思われる.
- 2000年前には文明と都市による広域疫病蔓延地帯は世界で大きく4地区になっていた.その後通商パターンがこれを連結し,大規模な疫病蔓延が発生するようになり,大きな歴史の力学になった.それはローマの没落を生じさせ,さらのその後ユスティニアヌスの帝国再興の野望をも挫折させた.中国でも様々なパターンを産んでいる.多くの場合に天然痘とはしかがかなり大きな影響を与えている.さらに疫病とともに襲いかかる中央アジアの遊牧民軍隊の強い征服力の背景になった.モンゴルの場合それは通商路が北に動いたことによる(草原の齧歯類経由の)腺ペストであっただろう.
- 突然理不尽に人が死んでいく疫病の蔓延は信仰への大きな圧力になっただろう.キリスト教などの隆盛には3世紀のローマ帝国内の疫病の蔓延という背景があるのだと思われる.そして14世紀以降の腺ペストに対するヨーロッパの様々な防疫対策の効果は,あきらめて受容したイスラム圏と対照的で,それは合理的精神とルネサンスに結びついた.
- 中世において英国がフランス,イタリア,ドイツに対して国力が及ばなかったのは,島国であったことが疫病感染の防波堤になり,逆に一旦侵入を許した際の破壊的な被害につながったからだ.逆に英国は19世紀以降の衛生対策を含む感染症の予防対策においてその他のヨーロッパ諸国よりも先行した.大陸欧州に対する英国の隆盛にはそのような背景がある.(なおこの島国であることの疫病を通じた歴史影響については日本も基本的に同じだと議論されているがやや納得感はない.)
ただし一部残念なところもある,著者が歴史家なのでやむを得ないとも言えるが,進化医学的に見て感染症の移り変わりの理解(最初激烈なものもいずれ毒性が下がり小児期に発生して免疫が得られるような温和なものに変わっていく)はややナイーブだ.実際には病原体の毒性の進化は,感染経路やその他の要因による毒性のもたらす増殖効率と感染効率のトレードオフ状況に依存して決まり,その結果疫病ごとに様々な経緯をたどる.(もっとも感染症の毒性が時間とともに変化し,多くの場合はマイルドになるというのは事実であり,歴史家にしては大変理解が深いとも言えるだろう.*1)また全体的な傾向として疫病が人口の決定要因として重要視されすぎているようにも感じられる.様々な制限要因のうち何がボトルネックになっているかということだが,それは食糧生産を含めた経済要因である場合も多いだろう.それらを割り引いて読むなら,世界史の流れを捉えたスケールの大きな考察が大変刺激的な面白い本だと評価できるだろう.
関連書籍
原書
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病原体の進化についてはこの本
Evolution of Infectious Disease
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その邦訳
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さらにその先を論じた本
Plague Time: The New Germ Theory of Disease
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*1:また本書の初版は進化医学勃興よりはるか前だということにも注意が必要だろう