「スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?」


本書は,スポーツイラストレイティッド誌のライターとして活躍した後,スポーツ周りのサイエンスライターとなったデイヴィッド・エプスタインによるスポーツにおける「遺伝か環境か」問題を扱った本だ.原題は「Sports Gene」.少し前に邦訳されていたが,今回文庫化を機に電子化されたので読んでみたものだ.

オリンピックを見ると誰でも気づくことの一つは,陸上の短距離種目では西アフリカ系の選手(西アフリカ系民族を祖先に持つアメリカ合衆国カリブ海諸国の選手を含む)が,中長距離では(ケニアエチオピアなどの)東アフリカ系の選手が圧倒的に強く,水泳とは全く異なった様相を見せているということだ.素朴に考えると何らかの遺伝的な要因が絡んでいそうだが,ジャーナリストとしてはこれは「人種問題」につながる地雷原でもあるだろう.エプスタインはしかしここに果敢に切り込む.それには遺伝要因と環境要因が複雑に絡むのだという結論は,ある意味常識的で当然な内容だが,誤解されやすい内容を丁寧に追い,説得的にプレゼンしていく手際は見事だ.

エプスタインが最初に取り上げる話題はいかにも純粋の環境要因のように見える「トレーニングで得られるスキル」についてだ.メジャーリーガーの打撃スキルは反射神経のなせる技のように思われやすい.しかし実際に計測してみると刺激に対する反応時間はメジャーリーガーと普通の人でほとんど変わらない.トレーニングの上で得られる次の展開を予測する「ソフトウェア」が決定的に重要なのだ.だから彼らは初めて対戦する一流女子ソフトボール投手の速球をまず打ち返せない.これは熟練の上で脳が自動判断できるようになる領域であり,テニスのリターンやバスケットボールのリバウンドでも,アメリカンフットボールクォーターバックやサッカー選手の状況判断でも,そしてチェスの盤面判断でも同じだ.エプスタインは引用していないが,カーネマンたちによるシステム1領域ということになるだろう.
ではこのソフトウェアはどのように実装されるのだろうか.エリクソンは音楽においてプロレベルに達した演奏家は平均1万時間の「意図を持った練習」を行っていることを見つけ,これはグラッドウェルによって「1万時間の法則」として紹介され有名になった.エプスタインは,1万時間は平均であって*1個人差が大きいこと(つまり生まれ持った才能の差があること)を強調している.トレーニングで得られるスキルについても遺伝要因は関係するのだ.これが遺伝と環境の相互作用の一つの形ということだろう.ここではこの法則を実行して(それまで全く経験がないにも関わらず)30歳からプロゴルファーになろうとしている選手や,幼少の頃からのトレーニングで一流になった走り高跳び選手とわずかなトレーニングで一流になった走り高跳び選手の対比などのエピソードがあげられていて読んでいて面白い.


ではこのソフトウェアのインストール効率を左右する才能とは何か.エプスタインの説明はまず視力から始まる.視力は打撃成績に大きな影響を与える.優秀なバッターはボールの縫い目の回転が作るパターンを識別して球種を知ることができる.そしてそれはソフトウェアのインストール効率に関わるのだ.同じことは様々な運動能力,トレーニングを継続する自己コントロール能力についても当てはまる.またインストール効率はトレーニングの時期にも左右される.ある程度若いうちに特定種目のトレーニングを始めないと効率が著しく下がる場合もあれば,早く始めすぎて定常状態から伸びなくなること*2もある.ここでもシュテフィ・グラフの並外れた運動能力やマイケル・ジョーダンの野球への挑戦の失敗などのエピソード満載で楽しい.

このあたりから本書は遺伝要因について真正面から取り上げ始める.エプスタインはリサーチャーたちが遺伝要因を取り上げることを避けている風潮を描き,しかしもしすべてが環境で決まるならなぜ多くの種目が男女別になっているのかと問いかける.普通ならここで運動能力の性差には遺伝要因が大きいことを議論していくのだが,エプスタインはここでひねっている.まず現代の女性アスリートたちが受けなければならない男女判定の問題を取り上げるのだ.染色体的には男性(XY)だが,アンドロゲン不反応症のために女性の身体を持つマルティネス=パティーニョが受けた理不尽な扱いを描写しつつ,男性と女性の境界は厳密には様々な意味で連続的であることを示す.ここからエプスタインは運動能力の性差の問題に進む*3.まず運動能力に性差が厳然とあること*4を示し,オスオス闘争において有利であったという性淘汰的な解説を加えている.やや荒い解説だが本筋は押さえている.そしてもう一度男女の境界線上のアスリートの問題を扱っている.ここはいろいろ難しい事例を並べていて迫力がある.本書の読みどころの一つだろう.


エプスタインが取り上げる次のトピックは「トレーニングによる運動能力向上」だ.これはいかにも環境要因側に入れられるそうなものだが,同じトレーニングが与える能力向上カーブには個人差があり,それには遺伝性がある.つまり遺伝と環境が相互作用を与えあいながら複雑に作用している部分の一つなのだ.エプスタインはまず最大酸素摂取量,次に筋肉量,遅筋繊維と速筋繊維の比率を取りあげ,そもそもの資質,トレーニングが与える影響,そしてその遺伝性などを解説している.ここでもトレーニングの効果が得られずに競技をあきらめていくアスリートや,27歳にして初めてトライアスロンに目覚めるアスリートの逸話が効果的にちりばめられていて読み物としても面白く仕上げている.


続いて体型の問題が扱われる.かつては運動選手には理想的な体型があり,それはあらゆるスポーツについて同じだと考えられてきた.しかしもちろんそんなことはない.当たり前だが,バスケットボールやバレーボールにおいては高身長が有利であり,長距離走*5フィギュアスケートや体操では低身長が有利になる.テニス選手の腕は長い方がよく,アメリカンフットボールではポジションごとに有利な体型は異なる.エプスタインは体型が種目ごとに特化していった時代に世界記録は大きく伸び,それが一段落した頃から記録の伸びは鈍っていると指摘している.ここではNBAにおいて動く金額が大きくなるにつれて選手の身長そして腕の長さが伸びたことと,その背景をなす高身長外国人選手のスカウト狂騒曲が描かれていて読んでいて面白い.
そしてもちろん体型には遺伝性があり,そして民族間にも差がある.ここでエプスタインの巧みな構成が明らかになる.「運動能力と人種」というセンシティブな話題に入る前に,性差,トレーニングへの反応性,体型という,遺伝性があっても受け入れやすいところから外堀を埋めて,ようやくこの問題に取り組むのだ.

冒頭でも触れたように陸上競技は短距離長距離ともにアフリカ系の選手が圧倒的に強い.これはなぜなのか.これについて特定人種の話にしたくないリベラルが喜びそうな答え方に「人類の遺伝的多様性は,圧倒的にアフリカで高い.だから個人能力の分散が大きく,最も優秀な選手はアフリカ系になりがちになるのだ」というものがある.しかし事実はそれほど単純ではない.エプスタインは,遺伝的多様性のリサーチの進展を詳しく追い,アフリカで多様性が大きいのは確かだが,様々な地域的な特異性もあるし,状況は形質によっても異なっていること,いくつかパフォーマンスに関連する遺伝子も見つかっている*6が,それは氷山のごく一部であり全貌ははっきりしないという状況を解説する.
さらにエプスタインは短距離走長距離走について,それぞれジャマイカケニアがなぜ強いのかというテーマに絞って詳しく取り扱っている.

  • ジャマイカには,命知らずの屈強な奴隷による反乱キャンプ(マルーン)という遺伝要因があることを示唆する逸話があるが,西アフリカ系の中で特にジャマイカの遺伝子プールが有利である証拠はなく,これは怪しい.しかし西アフリカ全体を考えると,マラリア耐性への進化が,全力スプリント時における酸素に依存しない代謝経路の働きを活発化させている可能性がある.速筋繊維の割合がこれにより増えると主張しているリサーチャーもいる.
  • 環境要因も様々なものがある.本書では少年少女にあるスプリンターとして身を立てることへの魅力*7,才能を掘り起こし育てようとする国全体の努力が解説されている.
  • ケニアにも同様に(特に有力ランナーを排出しているカレンジン族に)牛泥棒の慣習から長距離を走りきることへの淘汰圧があったという遺伝要因を示唆する逸話がある.筋繊維については調べられたがヨーロッパ系のランナーと差がなかった.しかし体型(特に手足の先が細いこと)には差があり,これは明らかに中長距離には有利だ.また高地適応性の遺伝的な素質がある可能性もある.
  • そしてやはりケニアには長距離走ランナー発掘育成プログラムがあり,少年少女は長距離選手として実績を残せば信じられないほどの成功を望めるのでランナーを目指す.そして少年少女はしばしば標高の高いところで歩くか走るかして長距離通学を行っている.同じような体型を持つ人の多いスーダン南部は国内が争乱状態で(さらに南部部族はスーダン国内で差別され),有力なランナーも現れていない.

エプスタインは様々な要因を詳しくレポートし,遺伝と環境の両方の要因が旨くかみ合ったときにはじめてすばらしい結果が生まれることを説得的に示すことに成功している.ここは本当に力が入っていて本書の白眉と呼べるところだろう.


続いて「トレーニングを続ける意欲」が取り上げられる.ここでは,それまでよいとされた「強い犬」ではなく「とにかく走りたい犬」を育種し,それでチームを組んで成功した犬ぞりレースのトレーナーのエピソードが効いている.そして人間にも自発的運動量には個人差があり,それは遺伝の影響を受ける*8.これも遺伝と環境の相互作用を示すものだ.*9
そして最後にエプスタインは,赤血球増加症という遺伝的に有利な資質を持ち(そのために血液ドーピングを何度も疑われつつ)さらにトレーニングと自己管理によりクロスカントリースキーの大選手になったフィンランドのエーロ・マンティランタの人生模様をインタビューを交えて紹介し,遺伝と環境の両方の要因の重要性を語る本書を締めくくっている.

本書はスポーツと遺伝そして環境をめぐる労作だ.重厚な取材に基づき,スポーツのパフォーマンスが,遺伝要因と環境要因の両方に,しかも複雑な相互作用の上に影響を受けることが説得的に示されている.それでも本書の主張は遺伝要因を説明に用いることを嫌悪する一部の論者からは批判されたようだ.すべてが環境で決まると信じたい彼らの最近のお気に入りが「1万時間の法則」であり,本書でその誇張版を信じすぎることによる弊害も含めてかなり丁寧に議論されているのはそういう背景があるのだろう.
中身的にはやはり陸上の短距離と長距離についての部分が充実している.本書では遺伝要因について,特定されている遺伝子がごく一部であって明確な結論がでていないとしている.ここに行動遺伝学的な考察がないのが残念といえば残念だが,それは(あまりリサーチされておらず)ないものねだりということなのかもしれない.そして本書の魅力の大きな部分はエプスタインのライターとしての手練れぶりだ*10.科学的知見とアスリートたちの人生模様を旨くブレンドさせて読者を飽きさせない.スポーツと科学に興味のある人にはまことに楽しい一冊だろう.


関連書籍


原書

The Sports Gene: Talent, Practice and the Truth About Success

The Sports Gene: Talent, Practice and the Truth About Success

*1:これは結構誤解されていて,すべての支配下選手に1万時間トレーニングをさせようとしているサッカーのユースクラブもあるのだそうだ

*2:陸上や水泳などのスピード・距離を争う種目にはその傾向があるそうだ

*3:ここでは少し前にこれまでの記録の伸びから,いずれいくつかの種目で女性の記録が男性の記録を上回るだろうとまじめに主張されたエピソードが皮肉混じりに取り上げられていて面白い.いかにもフェミニズムに都合がよいように単純な外挿を根拠にするところもナイーブだが,エプスタインによるとこのときに根拠にされた女性記録の伸びには男性ホルモンを利用したドーピングの影響が大きいそうで,これは二重に皮肉が効いている.

*4:最も性差の大きな運動能力は投擲能力,次いで瞬発力になるそうだ.

*5:ラソンでは身体が大きいとオーバーヒートの問題に対処しにくい.長身のポーラ・ラドクリフは全盛期の2002年から2008年にかけて秋冬のレースでは無敵だったが,夏に開かれるオリンピックではアテネ,北京とも惨敗だった.

*6:スピード遺伝子ともされたことがあるαアクチニン3については詳しくレポートしている.

*7:米国なら同じ素質を持つ少年はNBANFLを目指すだろうとコメントしている.なお最近ではジャマイカでもバスケットボールの人気が高まりつつあるそうだ.

*8:ADHDの遺伝要因とその進化的な理由仮説についてもふれられている

*9:またこのあとで運動を原因とする障害(肥大性心筋症,脳震盪,膝の怪我など,いずれもいくつか遺伝子が特定されている)を引き起こしやすい遺伝要因の話題,さらに痛みへの耐性には遺伝要因だけでなく「スポーツを行う」という環境要因も効いていることなどが扱われている.本書のテーマからやや離れた部分だが,仕入れたスポーツと遺伝に関する話題は全部ははき出しておきたいということなのだろう.

*10:日本の読者向けの序文では,野茂をはじめとする日本出身のメジャーリーガーやモンゴル出身力士の話題を取り上げ,最後に芭蕉の俳句を引用しながら東京オリンピックで世界中のアスリートが集まることの意義を書いてくれていて読ませる.