- 作者: 平石界,長谷川寿一,的場知之,王暁田,蘇彦捷
- 出版社/メーカー: 東京大学出版会
- 発売日: 2018/05/30
- メディア: 単行本
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4.7 ビジネスとマネジメントに進化心理学を導入する ナイジェル・ニコルソン
ナイジェル・ニコルソンは,ウェールズで心理学を学び,シェフィールド大で社会応用心理学を教えたあと,ロンドン・ビジネススクールに移り組織行動学の教授となっている.ビジネスにおける協力,リーダーシップ,組織変革,リスクマネジメントなどがリサーチエリアで,そこに進化的な視点を取り入れているということになる.
- 1995年以降,進化心理学のアイデアをビジネスの世界に紹介することが私の使命になっている.
- この試みは賛否両論の反応を巻き起こした.組織行動学と産業・組織心理学の大部分にはSSSMが依然として君臨し続けていたのだ.特に社会構成主義学派は進化的な見方を素朴な生物学的決定論として誤解して激しく抵抗してきた,しかしこの15年で進化的視点も大分受け入れられるようになり,新たな学問的統合が起こりつつある.
- 1998年にビジネス誌(Harvard Bisuness Review)向けの記事を出すと,一部の実業家から強い反発を受けた.彼等は自分たちは事業遂行についての無限の自由と裁量を持っていると感じており,ヒトの本性や生得的バイアスなどの不都合な真実に邪魔されたくなかったのだ.しかし同時に多くのポジティブな影響も与えられた.あるコンサルタント会社はこれを飯の種にして繁盛したし,ある会社(Australian Flight Centre)は進化心理学の知見にあわせて組織を再編成*1した.
- これにより私の仕事はよく知られるようになり,学会で進化心理をテーマにしたシンポジウムも開かれるようになったが,なお組織行動学の主流にはなれず,少数派に止まっている.
<家族企業>
- 2000年頃,血縁関係を基盤にする家族的経営には多種多様な葛藤や問題が生じるが,同時に強みもあるはずだと考え,文化や気風,リーダーシップ,企業内対立についてリサーチを始めた.そして以下のことがわかった.
- 家族企業は世界のあらゆるところで存続している.これは血縁関係と企業が自然で相性のよい組合せだからだ.家族はその献身と活力を中心に柔軟で実利的な会社を作ることができる.
- 家族企業は強力な企業内文化を創ることにより,しばしばそうでない会社をしのぐ業績を上げる.これによる強みは家族性が企業内に浸透することにより,家族の一員だという感覚が家族以外の社員にも共有されることによって作られる.
- そのような家族意識を浸透させる際にはリーダーが重要な役割を果たす.特に重要なのは家族とそれ以外のメンバーを差別し身内びいきに陥るリスクを回避することだ.
- 血縁関連の対立は家族企業特有の問題であり,予測し,抑制する必要がある.家族は外部からの役員と対立しがちだ.父と息子の対立,兄弟間の対立はしばしば生じる.姻戚間の対立も無視できない.
<進化心理学をビジネスリーダーたちに紹介する>
- ビジネス界に進化心理学を紹介すると,年齢の上下や役職の高低によって異なる反応が見られた.若い人や役職の低い人は,自分は何でもできると信じたがり,反発しがちだ.年を重ねた上級職の人は状況の制約,ヒトの本性,自分自身のバイアスにより自覚的だ.
- 近年の不況(リーマンショック後の不況を指すと思われる)は進化心理学の浸透を後押しした.ヒトの本性(特にアニマルスピリット)が市場や経済を動かし,従来の理論では予測も制御も困難だという認識が広がったためだ.
- 企業幹部と一緒に行う研究では次の3つのテーマを扱ってきた.
- リーダーシップの共進化:共通目的のためにグループの行動を指揮・調整する権利を1人(または少数)の主体に付与するというのは,ヒトが特に好む方法だ.その基礎は順位制にある.多種多様なリーダーシップのあり方は二重継承理論に基づく文化進化の枠組みで理解できる.(狩猟採集時代以来のリーダーシップの歴史,リーダーに女性が少ないことの理由*2が概説されている)
- 個人差,自己制御と適応:これまでのリーダーシップの研究は個人差研究に終始してきたが結論は出ていない.それは(文化との共進化産物であるため)オールラウンドなリーダーなど存在しないからだ.リーダーの失敗は主に(1)柔軟性の失敗(自己制御の失敗,自己欺瞞に起因する文脈への適応の失敗)(2)十分なインパクトを生み出せないことにある.自己制御理論はこのような過程の分析をするための枠組みを提供してくれる.
- ヒトの本性とグローバルな課題:現在世界は気候変動,エネルギーをはじめとするリソース枯渇問題,戦争やテロという問題を抱えている.進化的分析からは多くの社会病理や脅威は「世界的な共有地の悲劇」問題に起因するものであると考えられる.歴史はヒトの創意工夫がほとんど無限であることを示している.マット・リドレーは「繁栄」の中でこれに基づく楽観論を唱えている.この見方には説得力があるが,進化心理的に考えるとヒトの自己制御に関する最も危険な特徴は「自己欺瞞」の能力であり,これの克服こそが我々の最大の課題なのだ.
ビジネス世界では最近行動経済学の人気が高く(ビジネス書もたくさん出ている),進化心理学はなおマイナーな認知に止まっているだろう.しかしビジネスもヒトが行う試みであり,当然進化心理的な知見が有用な状況があるだろう.家族企業についてはまさにそういう場面なのだろう(もっとも個別の知見は長年の経験的な智恵として知られていたものが大半なのだろうが).そしてビジネスはやってきたことの是非が利益や財務諸表を通じてすぐにフィードバックされる世界(そしてイデオロギーや権威が役に立たない世界)であり,一旦有用性が周知されると一気に浸透する可能性を秘めている.今後面白いエリアだと思う.
ニコルソンの本
Harvard Bisuness Reviewへの寄稿が元になった一般向けの本
Executive Instinct: Managing the Human Animal in the Information Age
- 作者: Nigel Nicholson
- 出版社/メーカー: Crown Business
- 発売日: 2000/11/07
- メディア: ハードカバー
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家族企業を扱ったもの
Family Wars: Stories and Insights from Famous Family Business Feuds
- 作者: Grant Gordon,Nigel Nicholson
- 出版社/メーカー: Kogan Page
- 発売日: 2010/03/03
- メディア: Kindle版
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最新刊.リーダーシップを扱っている.
The "I" of Leadership: Strategies for Seeing, Being and Doing
- 作者: Nigel Nicholson
- 出版社/メーカー: Jossey-Bass
- 発売日: 2013/03/26
- メディア: Kindle版
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コラム4 なぜヒトのシグナルを研究しているか 大坪庸介
日本人研究者のコラム第4弾は大坪によるもの.北大の社会心理出身で,学部時代にロバート・フランクの「Passion within Reasons」を読んで惹かれたが当時はどう自分の研究に活かせばいいかわからなかったこと,博士号をとった2000年頃から進化的視点を取り入れたいと考え心の理論や意図性推論の研究に着手したこと,しかしなぜ心の理論が進化したかの説明に納得がいかなかったこと*3,そこでザハヴィのハンディキャップ理論に触れてヒトのシグナルの研究に進んだこと,そこで謝罪するヒトが伝える誠意こそ心の理論を使って推論する対象ではないかと気づいたことなどの自分の研究歴が語られている.また今後は神経学的基盤などの至近メカニズムもあわせて研究したいという抱負も語られている.
大坪の本
社会心理学を見開き左ページに英語,右ページに日本語で解説するという異色の本.世界を目指す研究者を養成するなら,教育は英語で行うべきだという信念から生まれた本だ.
- 作者: 大坪庸介,アダム・スミス
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2017/12/22
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進化的視点を取り入れた社会心理学の教科書.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130503
- 作者: 北村英哉,大坪庸介
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2012/04/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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最初に触れられているフランクの本の邦訳.共訳者として参加している.
- 作者: R.H.フランク,大坪庸介
- 出版社/メーカー: サイエンス社
- 発売日: 1995/01/01
- メディア: 単行本
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