「進化心理学を学びたいあなたへ」 その12

進化心理学を学びたいあなたへ: パイオニアからのメッセージ

進化心理学を学びたいあなたへ: パイオニアからのメッセージ

 
 

4.5 医者の不養生:産業組織心理学者がルールを守らないわけ スティーヴン・コラレッリ

コラレッリは最も早く進化的視点を産業組織心理学に応用しようとした研究者の1人で,研究テーマは,現代的な人材管理技術への進化心理学の応用,組織変革における進化的ダイナミズムの理解などになる.ここでは産業組織心理学者の視点から進化心理学への旅を語っている.

  • 1980年代私はコンサルタントとして働いていた.その時代ほとんどの組織は私が大学院で学んでいた最先端の人材管理手法を利用していなかった.伝統的な採用面接,推薦状,ニーズ分析なしの研修という手法が好まれていた.数年後大学の教職についてみると,産業組織心理学の同僚自身も,新しい教職員を雇うときに同じく伝統的な手法を好んでいることを発見した.講義では面接は構造化すべきで,推薦状は当てにならないと教えていたが,大学自身は推薦状を要求し,面接は構造化されていなかった.認知能力テストが能力の予測因子としてベストであり,他の予測因子と統合して単一の予測指標を作るべきだと教えてきたが,大学自身は判定にあたって場当たり的に対応していた.
  • 私はここに根本的な何かがあるはずだという問題意識を持った.この問題に対するスタンダードな説明は経営者の教育が足りないというものだったが,それがもう何十年も続いているのだ.経営者たちはほとんどの領域で新しい革新的な手法を取り入れるのに躊躇していない.私は,伝統的手法に私たちが気づいていない利点があるのだろうか,あるいは提唱している洗練されている手法に私たちの気づいていない非実用性があるのだろうか,と考えるようになった.
  • こうした考えをまとめるきっかけになったのはドナルド・キャンベルの伝統的な社会的慣行の機能知と有効性についての論文だった.人材資源の管理方法も,効果のないものが淘汰されてきた文化進化の産物であるという視点で考え始めた.
  • 組織におけるトレーニング量は,実用性と離職率のトレードオフで決まっていくだろう.(採用人数が少なくその後顔をつきあわせて働く)上級職の雇用には面接が,選考の効率が重要になると標準的な試験が使われるようだ.つまり人事慣行もその組織にとっての効用とヒトの心理メカニズムとの適合性について歴史の審判をくぐり抜けてきた文化進化産物なのだ.
  • 進化心理学をより深く学ぶにつれて,私の興味は進化産物である心理メカニズムが組織内での行動に及ぼす影響についての研究にシフトした.
  • 具体的にはセクシャルハラスメント,アファーマティブアクション,組織における集団行動の性差,移民の企業家精神,組織の人事選好における標準テストの採用/不採用について進化心理学的研究を行ってきた.現在は現代的環境とのミスマッチが組織デザインに与える含意について研究している.
  • 現在進化心理学的な視点を持つ組織心理学者や経営学者は依然として少数派ながら増えてきている.志を共有する研究者たちは国境を越えた緩やかなネットワークを作って共同研究を実施している.
  • しかしここまでの道は逆境の中の悪戦苦闘だった.未だに産業組織心理学や経営学と進化心理学の融合の歩みは遅い.その要因は,これらの分野の研究者には進化のバックグラウンドが薄いこと,そして応用実践を重んじる傾向があることだ.彼等はもっと学際的な視点に柔軟になり,クルト・レヴィンの「優れた理論ほど実践的なものはない」という言葉を思い出すべきだ.
  • このような状況の中,私のような教員は大学院生の指導に当たってある種の道徳的ジレンマに直面する.院生には進化的なアプローチを用いた研究をして欲しいが,そうすると就職に苦労するのではないかと心配なのだ.だから2方面戦略をとっている.まず産業組織心理学を専攻する院生には進化的視点を紹介するにとどめ,後は様子を見る.興味がある院生にはこの視点の受容が進んでいない現実も正直に話す.そしてもう片方で同じ大学の実験心理学研究室と交流を持ち進化心理学を学んでいる院生と共同研究ができる環境を作ることだ.
  • 私は今世紀のうちに進化心理学的視点が組織心理学や経営学の理論的基盤になると信じている.転機は年配の研究者が若い研究者と入れ替わるときだろう.


21世紀の日本でもほとんどの組織は人材管理にあたって面接中心の採用,ニーズ分析なしの研修といった伝統的手法を好んでいるようだ.本当にそれが文化進化の産物なのか,そして効果的な手法なのか(ほかの方法と比較した効果測定ができているのか)については疑問なしとしないが,人材管理担当者の心理メカニズムとはいかにも関連がありそうで,進化心理学的には面白い現象であることは間違いないだろう.


コラレッリの本

これは2003年の著作.ハードカバーしかないが,面白そうなのでamazon.comの船便で注文した記憶がある.
採用面接や推薦状については組織における個人の利益や複雑性から利点もあると説明している.
実務的な部分では,採用については少人数の採用であれば面接と紹介状による伝統的方法,中規模の採用(企業の一部門など,これからともに働く人が直接採用を担当する場合)なら伝統的な方法に進化的な新奇環境の観点からの修正(インタビューと採用決定者を分ける,紹介者にもフィーを払うなど)を加える方法,大人数の採用(大学入試や大企業の一括採用)については一定条件まで機械的方法で選んだのちくじ引きが良いのではとしている.訓練,研修については内容と文脈の重視(会話やゲームの存在)単一能力をあまり重視しないこと,進化的に新奇な技術についてはドリルの重要性などを説いている.あまり類書のない貴重な本だと思う.

No Best Way: An Evolutionary Perspective on Human Resource Management

No Best Way: An Evolutionary Perspective on Human Resource Management

 
 

4.6 仕事と性差 キングスレー・ブラウン

キングスレー・ブラウンは人類学を学んだあと法学に進み法学博士号をとり,裁判所や法律事務所で労働法専門の法曹として働いた後に大学の法学教授となった.最も早くから進化心理学の視点から性差の問題に取り組み,この問題を労働法に関する理論研究に応用した1人である.

  • 法科大学院時代,そして弁護士時代に非常に驚いたことがあった.それは訴訟でも社会風潮でも「男女は根本的に同じであり,行動に見られる性差は性差別的な社会化や差別そのものに起因する」という思い込みが広がっていたことだ.これは個人的な観察事実とは食い違っており,こじつけに思えた.そして性差と法をテーマにして研究を進め,進化心理学の理論を取り入れて論文を公刊してきた.
  • SSSMの支持者はヒトの本性を否定し,生得的な性差についてはさらに強硬に否定し,観察される性差は性差別的な社会化によって生じると主張する.一方現代の心理学は性差の包括的な記述を行っており,進化心理学はそれに理論的な説明を与えている.(簡単に概説がある)
  • SSSMの観点は,社会科学だけでなく公共政策の分野でも長らく支配的だった.企業幹部の男女比率や給与の性差はすべて差別によるものだと考えるのだ.進化心理学的な立場からは,差別に起因するものがあることを否定はしないが,生得的な性差が職業選択や昇進機会に対して男女で異なる選択をするように動機づけられていることにも注目する.つまり性差別を完全になくしてもなお幹部数や給与の男女差が残るだろうと予測する.


<ガラスの天井>

  • 企業幹部に占める女性の割合が低いことについて,しばしばそれは性差別に起因するとされるが,実際にはかなりの部分は性差によって説明できる.企業幹部になるには競争的で,野心(権力)のために仕事に身を捧げ,リスクをとることが有利になる.女性にとって最高権力者になることはそれほど魅力的ではなく,(転勤や仕事への献身により)家族や社会的つながりが断たれることを好まない.子どもへの投資についても男性は収入を上げることで貢献しようとするが,女性はより直接的な世話を選好するのだ.


<報酬におけるジェンダーギャップ>

  • アメリカにおける男性に対する女性の年収比率は0.78だ.これも性差別に起因すると説明される.しかしここにも上記心理的性差が大きく反映している.アメリカの賃金格差の大部分は婚姻関係や家族の状態とかかわっている.独身女性は独身男性とほぼ同じ年収を得ているが,結婚すると男性の60%となる.報酬に影響する妥当な影響*1を統制すると男女の賃金格差の大部分は消失する.


<職業分離>

  • アメリカでは性差別を禁じる法制度が半世紀以上施行されているが,なお男女は異なる仕事に従事し続けている.細かく見ると,かつて大半が男性であった仕事について女性が大きく進出している仕事(医師,弁護士など)とそうでない仕事(電気技師など)がある.これはSSSMでは説明できない.これは職業選好の性差から容易に理解することができる.(人への興味とモノへの興味,数学などの推論,空間把握,リスク選好の性差と職業選好の関係が説明されている)


<戦闘での女性>

  • いかなる時代においても戦争における戦闘要員となるのは男性の責任だと通文化的に見做されてきた.それは単に責任であるだけでなく,男らしさの象徴であったり,戦闘に参加して初めて一人前だと認められるということが様々な文化で見られた.しかしこうした歴史にもかかわらず,多くの現代国家では男性と戦争の関連を断ち切ろうという政策に舵を切っている.
  • カナダやノルウェーでは女性の戦闘参加の制限がすべて撤廃されたが,女性の地上部隊志願者はごくわずかにとまっている.アメリカやイギリスでも多くの戦闘関連職務を女性に開放しているが,攻撃的な地上戦への参加は禁止し続けている.
  • 地上戦部隊に女性を採用する政策は事実に反する仮定に基づいている.それは「過去女性が戦闘から排除されてきた理由は身体能力の問題だけであり,現代戦では知力だけが問題になるから女性排除の理由はなくなった」というものだ.
  • しかし身体的能力以外は男女は同じだという前提は誤っている.また現代戦では身体能力は問題にならないというのも間違いだ.
  • 戦闘任務では民間の職場以上に男女の心理的性差の影響が大きく出る.相手を殺す意思を含む攻撃性,進んでリスクをとる傾向,恐怖耐性は当然影響するし,女性により見られる思いやりや共感も戦闘意思(相手を殺すこと)への抑制要因になる.
  • さらにこれらの個人的な問題を克服した有能な女性兵士がいたとしても,彼女が部隊に属すること自体が問題を引き起こしうる.それはチーム内に性的な競争や嫉妬を生みチームの凝集性を阻害しかねないし,女性を守ろうとする男性隊員の心理が戦闘任務の障害になり得るのだ.(チームの凝集性の心理的なメカニズムについて詳しく解説されている)

 
 

  • 進化心理学は公共政策にかかわる多くの問題の分析する上で重要な道具になる.またある種の公共政策の成功の見込みに関しても洞察を与える.ヒトの本性は政策立案者にとって根本的に重要であり,それを無視することは大きな危険をもたらしうるのだ.


ブラウンは法学者なので,ここではかなり微妙な「政治的正しさ」問題についても大胆に踏み込んでいて,気迫を感じさせる.なお日本だと,(先日東京医科大入試問題が発覚したように)そもそもの剥き出しの性差別がまだ残存しており,なお「統制すると格差の大部分が消失する」ような状況には達していないのかもしれない.
 
 
ブラウンの本


ガラスの天井,および報酬格差についての本.

Divided Labours: An Evolutionary View of Women at Work (Darwinism Today series)

Divided Labours: An Evolutionary View of Women at Work (Darwinism Today series)

邦訳

女より男の給料が高いわけ 進化論の現在 (シリーズ「進化論の現在」)

女より男の給料が高いわけ 進化論の現在 (シリーズ「進化論の現在」)

  • 作者: キングズレー・ブラウン,竹内久美子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/02/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 2人 クリック: 32回
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同じ題材をより深く論じた本のようだ.

Biology at Work: Rethinking Sexual Equality (The Rutgers Series in Human Evolution)

Biology at Work: Rethinking Sexual Equality (The Rutgers Series in Human Evolution)


軍における女性地上戦闘員を認める政策がいかに軍を弱くするものであるかを切々と訴える本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20091116/1258322102

Co-ed Combat: The New Evidence That Women Shouldn't Fight the Nation's Wars

Co-ed Combat: The New Evidence That Women Shouldn't Fight the Nation's Wars


ガラスの天井や報酬格差に関する議論については以下の本も参考になる.


ハーバード総長ローレンス・サマーズの発言に端を発した.科学技術分野における女性進出についてエビデンスベースでの双方の議論を収録した本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20140313/1394710018

なぜ理系に進む女性は少ないのか?: トップ研究者による15の論争

なぜ理系に進む女性は少ないのか?: トップ研究者による15の論争

  • 作者: スティーブン・J.セシ,ウェンディ・M.ウィリアムス,Stephen J. Ceci,Wendy M. Williams,大隅典子
  • 出版社/メーカー: 西村書店
  • 発売日: 2013/06/08
  • メディア: 単行本
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原書

Why Aren't More Women in Science?: Top Researchers Debate the Evidence

Why Aren't More Women in Science?: Top Researchers Debate the Evidence


女性側のライフスタイル選好,プライオリティの面から議論している本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20090713/1247493384

なぜ女は昇進を拒むのか――進化心理学が解く性差のパラドクス

なぜ女は昇進を拒むのか――進化心理学が解く性差のパラドクス

 

*1:何が妥当な影響とされるものかについてここには記載がない.このため結婚したらなぜ60%になるのかについて,妥当な(心理的)要因と妥当でない(差別的な)要因を分けて統制しているのかどうか明らかではないが,おそらく最も重要な論点だろう