Enlightenment Now その33

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

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第13章 テロリズム その1

 
第13章はテロリズム.ピンカーは,前著で「現代は人類史上最も安全な時代である」旨主張したときに,批判者が最初に思い浮かべるのはメディアが取り上げる「テロの恐怖」だろうと想像していたと書いて本章を始めている.

  • 2016年時点では,多くのアメリカ人にとって,現在アメリカが直面している最も重要な問題はテロリズムへの対応であり,ISISはアメリカの生存にとっての脅威だという認識だった.これは一般の市民だけでなく,特に西洋文明が崩壊の際にあると主張している文化ペシミストのインテリ*1にもはびこっていた.
  • しかし,これも幻想だ.テロはマイナーな加害によりメジャーな恐怖を引き起こすという点でユニークな危険要因なのだ.そしてこれまで見たような長期的減少トレンドを示さない.ここではテロがわれわれの進歩にとって,単に注意をそらす程度のものでしかないことを示していこう.

(2015年のテロによる死者が殺人,自動車事故などに比べて圧倒的に少ないことを示す表が掲示されている.戦争と比べると,アメリカやヨーロッパではテロの死者の方が多いが,全世界では半数以下になる)
 

  • まずアメリカ合衆国を見よう.2015年のテロによる死者は44人で,戦争の28人より多いが,殺人の16,000人,自動車事故の35,000人に比べると圧倒的に少ない.しかもこの44人の中にはヘイトクライムや銃乱射事件が含まれているのだ.アフガンの戦闘などを含む戦争死者は28人(これは2016年には58人になっている)で,これとほぼ同じレベルだ.そして落雷事故,熱湯によるやけど,ハチに刺される事故,イヌ以外の哺乳類に噛まれる事故などの死者よりも少ない.
  • 西ヨーロッパでの2015年のテロ死者は,パリ劇場乱射事件が生じたこともあり,175人(2014年は5人だった)で,殺人との比率はアメリカより高い.しかしこれはヨーロッパがその他の面でいかに安全かを示しているとも言える.ヨーロッパは概してアメリカより殺人的ではない(殺人率は1/4).
  • 全世界データを見るとわかるのは,テロは大きく見ると戦争地域(特に内乱地域)で生じる現象であり,アメリカや西ヨーロッパでは戦争地域ではないということだ.そしてそのような戦争犯罪を含めても全世界ではテロによる死者は殺人の1/10,自動者事故死の1/30に過ぎない.

 

  • ではテロは増加傾向を示しているのか.歴史的トレンドはとらえにくい.というのはテロというのは曖昧なカテゴリーだからだ.元データが内乱地域の戦争犯罪,多人数殺人,激怒の果ての自殺などを含めるかどうかによってトレンドは異なる.

(Global Terrorism Databaseの数字を使った1970~2015年のグラフが掲載されている.西欧ヨーロッパの曲線は1970年代からの減少トレンドに見える.全世界は1980年代に上昇し,1990~2010年にかけて下がってきたが,2010年代にはまた上向き加減に見える.アメリカは基本ゼロ近辺を這っていて2001年に特異点があるものになっている)

  • アメリカのデータは2001年と1995年(オクラホマの爆破事件)を除けばほとんどゼロ近辺で平坦だ.この2つを除けば,1990年以降,アメリカでのテロ死者の内訳を見ると,イスラム関連のテロの死者の2倍以上が右派によるテロで殺されている.ヨーロッパは2015年の上昇を除けば,1970年代のアイルランドやバスクの独立派によるテロからの減少傾向を示している.要するにアメリカ人の恐怖に裏付けはないのだ.

 
テロについてはピンカーは前著「The Better Angels of Our Nature」の第6章で詳しく扱っている.本書ではその簡潔版に2012年以降の進展を加えているということになる.全体のトレンドに絡んでは,シリア情勢の悪化以降の西ヨーロッパのテロの若干の上昇が
新しい要素ということになるだろう.だからテロも減少しているとははっきり言いきらずに,ほかの事故死に比べて非常に低いことを強調する書き方になっているのだろう.

*1:政治哲学者ジョン・グレイの名が挙げられている