「反共感論」

反共感論―社会はいかに判断を誤るか

反共感論―社会はいかに判断を誤るか


以前私が書評したポール・ブルームによる「Against Empathy: The Case for Rational Compassion」が「反共感論」という邦題で邦訳出版されるようだ.

原書の私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20170103


本書は,発達心理学者で道徳獲得や本質主義についてリサーチを行っている著者による,世間にはびこる「共感こそ,道徳の向上,そして差別のない世界を作るために最も重要な要素であり,手放しで礼賛されるべきものだ」という風潮に対する批判を行う本である.本書の基本メッセージは「共感は絶対的な善などではない.それは容易にバイアスし邪悪な目的にも使用されうるし,対人関係でコストになることもある」そして「道徳についてはより功利主義的に理性を働かせるべきだ」というものになる.

共感能力自体進化的な適応産物であることを考えると,それは一次的には包括適応度最大化に向かって進化してきたはずであり,絶対的な善であることが保証されないのは当然だし,操作の対象にもなるだろう.そしてさらに現代社会は進化的には新奇環境であり,包括適応度最大化に資すること自体も保証されるわけではない.単にそう言い切ってしまっては身も蓋もないところだが,ブルームは本書において,具体例,リサーチを丁寧に紹介して,共感がナローフォーカスでバイアスの影響を逃れられないこと,共感することが個人的なコストになり得ること,道徳的行動をとることにとって共感が必須ではないこと,共感と暴力の関係は複雑なものになりうることなどを説得的に解説し,最後により良い社会を作るにはより理性的な判断が必要であることを強調している.

日本ではアメリカほど「共感」が「至高の善」として強調されることはないようだが,「寄り添い」や「心」を問題にする風潮はやはり濃厚であり,本書で指摘されている問題にはより注意が払われるべきだと思う.多くの人に読まれることを期待したい.


関連書籍


原書

Against Empathy: The Case for Rational Compassion

Against Empathy: The Case for Rational Compassion


同じような問題意識が採り上げられている対談集.Kindle版も出ているようだ.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20170115


その他のブルームの訳本.

前著 私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20151124

ジャスト・ベイビー:赤ちゃんが教えてくれる善悪の起源

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本質主義についての1冊.原書の私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110622

喜びはどれほど深い?: 心の根源にあるもの

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発達心理にかかる本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060306

赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理解の起源

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