「Where Song Began」

Where Song Began: Australia's Birds and How They Changed the World

Where Song Began: Australia's Birds and How They Changed the World


本書はオーストラリアの生物学者ティム・ローによるオーストラリアの鳥類についての解説書だ.オーストラリアはゴンドワナ分裂以降他の大陸から隔離された大陸で,そこには独自の進化を遂げた生物による独特の生態系が形成されており,哺乳類においては有胎盤類ではなく有袋類の優越する世界であることが特に名高い.しかし鳥類についてもオーストラリアは独特なのだ.そしてその特異性はどのように説明されるのか.本書はその理由,特に究極因について詳しくそして説得的に解説するものになる.

序章

オーストラリア(含むニューギニア)は鳥類においても極めて特異的だ.大規模な鳥類の分子系統解析によると,鳥類の最大グループである鳴鳥類はオーストラリア起源であることが強く示唆される.また生態的には蜜食の鳥が多いことが,そして行動的には攻撃性が高いことが特徴になる.そしてそれはオーストラリアの大地が(火山が乏しいことにより)貧栄養であること,有袋類がいくつかの生態的地位を獲得できなかったことによっているとローは言う.そしてこれからその詳しい解説が始まるのだ.

第1章 防衛する価値のある食糧

英国からオーストラリアへ渡った初期の入植者たちはオーストラリアの鳥たちが美しく囀らずに騒がしくギャーギャー鳴くことを不満に思ったらしい.ローはこれはオーストラリアでは花蜜が豊富で鳥たちはそれをより激しく防衛するからだとしている,ほかの大陸では花蜜を主食とする送粉鳥は小さなハチドリとタイヨウチョウぐらいだが,オーストラリアではホオダレムクドリのような大きな鳥が主食にすることが可能なほど花蜜を多く産出する樹木が通年にわたって存在する.オライアンズとミルスキーは「オーストラリは豊富な日光と貧栄養の土壌により植物の炭水化物生産がより過剰になり,それが多くの花蜜食の送粉鳥の進化を促した」という仮説を提唱した.
樹木は南の海洋により緩和された氷河期をレフュージアで生き延び,貧栄養土壌に適応し,様々な時期に花をつけ,多くの花蜜を生産し,送粉鳥と共進化したらしい.しかしローは,オライアン=ミルスキー仮説は南アフリカやハワイにより当てはまり,オーストラリアの物語はさらに込み入っているのだと主張する.オーストラリアでは特定の樹木と特定の鳥による送粉シンドロームは明確ではない.それはオウム類の器用で大きなクチバシの進化が盗蜜を巡るアームレースに打ち勝った結果であり,それにより花は蜜を隠すことをやめ,花蜜食鳥はクチバシの進化の自由を得て,多くのニッチに適応放散していったのだとローは説明する.このあたりの解説は大変詳細で具体例に満ちていて面白い.

第2章 エネルギーをあふれさせる森

植物が余剰炭水化物を排出する方法は花蜜だけではない.本章はそれ以外の植物浸出液(exudates:ゴム,漆,シェラック,バルサムなどが含まれる)についてのものだ.オーストラリアがヨーロッパ人に植民されたのは世界中で有用な植物浸出液が探し求められている時期だった.植物学者たちはすぐにオーストラリアの樹木が豊富に浸出液を出すことに気づいた.特に多くみられるのはある種のユーカリからでる甘くて柔らかいオーストラリアマナと,樹木につくキジラミからでるやはりとても甘いラープだった.これらはオーストラリアの多くの鳥の重要な餌になっている.ローはこのマナやラープの性質や,それを食べる様々な鳥を楽しそうに紹介している.
これらの浸出液は生態的にも重要だ.エネルギー源としても結構大きいし,特に開花カレンダーのギャップを埋めるという意味で重要なのだ.そして通年の餌を提供する樹木は鳥にとって防衛するに値する資産になる.これがスズミツスイ(bell miner)とクロガオミツスイ(noisy miner)の攻撃性を説明する.スズミツスイはラープを特に好み,キジラミを増やし,それを食べる鳥からキジラミを防衛し,最終的にその木を枯らしてしまう.クロガオミツスイは群れを作り広いエリアから多様な小鳥たちを完全に閉め出すために多くの樹木に悪影響を与え,公園管理者の悩みの種になっている.ローはこのミツスイたちについて,その起源まで含めて詳しく解説している.

第3章 最初の歌

第3章は鳴鳥類の物語.ローは鳥類学における北半球中心主義をまず糾弾する.鳥類学はヨーロッパと北米で発展し,渡りを行い美しく囀る鳴鳥類中心のリサーチが行われた.そして彼等はオーストラリアを辺境と考え,その鳥類相は空白の大陸にユーラシア起源の鳥が渡っていって形成されたものと見做した.それは分類にも現れて,発見される鳥を既知の形態的に類似したユーラシアの鳥の近縁種だと決めつけた.しかし1980年代以降シブレーとアルクイストたちによる分子系統分析がその見方を大きく覆す.実はオーストラリアこそ鳥類に関するスケールの大きな分岐分散元だったのだ.ローは北半球中心主義者の1人としてエルンスト・マイヤーを登場させてこの学説的転換を描き出している.
この起源地としてのオーストラリアの最も印象的な例は鳴鳥類(songbirds;ここではスズメ亜目の鳥類を指す*1)になる.シブレーが最初に鳴鳥類の起源地をオーストラリアだと主張すると,多くの北半球中心主義者は憤激した*2.しかしリサーチが積み重なり,(オーストラリア固有である)コトドリ類がスズメ亜目の中で最も分岐が古いグループであり,(同じくオーストラリア固有の)ハシリチメドリが2番目に分岐が古いグループであること,さらにニュージーランドのイワサザイ類がスズメ亜目と最も近縁な姉妹群であることがわかり,また最も古い(54百万年前)スズメ亜目鳥類の化石もオーストラリアで発見され,鳴鳥類オーストラリア起源は確固たるものになった.
ここからローは鳴鳥類の中の古い分岐群であるコトドリ,クサムラドリを楽しそうに解説する.コトドリはその音声模倣振りが有名であり,他の鳴鳥類より喉の構造が単純であるのに音域は広い.ローはまずコトドリ類の歌が地上の広い音域を占有してしまい,その後現れた鳴鳥類は空いていた狭い音域ニッチに特化し,それがヒトの音楽的好みとマッチしていたのではないかと推測している.
また鳥類の中での繁殖システムの多様性はオーストラリアで高い.オオツチスドリはヘルパーにするためにヒナを他の巣から誘拐する.ツカツクリは発酵マウンドを作ってその中に卵を産み込む.ルリオーストラリアムシクイはこれまで調べられた社会的モノガミー種の中で最もつがい外交尾の多いことで有名だ.グループ繁殖する比率も高い.この多様性は欧州や北米の鳴鳥類の大半が社会的モノガミーであることと好対照になっている.ローは,これは北半球が偏っているのであり,厳しい冬のために生じる高い死亡率,若い時期からの繁殖,そして渡りというニッチに関連するのだろうと解説している.警戒音が音源特定されにくい高音域であるというのも実は北半球の鳥類のローカルな特徴だとローは指摘する.オーストラリアではグループ繁殖,高い攻撃性,体型の大きな鳥が多いことからそのような傾向は明確ではないのだ.

第4章 ニューギニア

ニューギニアの鳥相はフウチョウで名高く,オーストラリアとは別に考えられやすいが,隔てる海は浅く何度も陸つながりになっており,生物地理的にはオーストラリアの一部ということになる.実際にオーストラリア北部の熱帯林にも4種のフウチョウが分布している.オーストラリアはかつて熱帯林が生い茂る世界だった.乾燥化が進みニューギニアは熱帯に適応したオーストラリア生物相のレフュージアになったと考えられる.
フウチョウはその素晴らしい性淘汰オーナメントでウォレスを始め多くの研究者を魅了した.なぜこの地にこのようなとりわけ派手な性淘汰産物がみられるのか.ローはそれは豊富な食糧にあるのだろうとしている.オーストラリア区はフルーツを食べるサルやリスを欠き,有袋類はそのニッチに進出しなかった.このため樹木は種子分散について鳥類に頼るようになったのだ.
ニューギニアのフウチョウモドキ(satinbird)は,永らくその系統的地位が不明確だったが,フウチョウ類とは別のクレードになり,スズメ小目の姉妹群であることがわかった.これもオーストラリアが鳴鳥類の起源地であることを示している.そしてニューギニアは世界のオリオール類(コウライウグイスムクドリモドキなど)のセンターであり起源地でもある.さらにローはここで様々なニューギニア鳥類を楽しそうに紹介し,ニューギニアとオーストラリアの鳴鳥類を合わせて考察するとさらにその起源地としての性格が明確になることを力説している.

第5章 オウムの土地

オウム(cockatoos)とインコ(parrots)はオーストラリアを特徴付ける鳥類群だ.その他の世界のどこよりも多様なオウム類が多数生息する.その最大の特徴は大きめのクチバシと舌を動かす強い筋肉,そして器用な対趾足だ.これにより鳥類には例外的に硬いものをしっかりとつかんで砕くことが可能になり(シロアリにより柔らかくなったユーカリ樹に洞をうがち巣として利用することと合わせ)ニッチを大きく広げることができた.そして彼等は賢い.ローは,ミヤマオウムのいたずら,ヤシオウムの道具作り,アカオクロオウムとその餌となる種子のセロテニー性(火事に対する適応)の関係などの様々なオウムの逸話を紹介している.
彼等の起源はどういうものだろうか.分子分析は,スズメ目との共通祖先からまずニュージーランドに3種のみ現存するフクロウオウム類が別れ,そこからオウム類とインコ類に別れたこと,そして世界各地のオウム類はオーストラリアからの何波かにわたる分散で最もよく説明できることを示しており,またも起源大陸はオーストラリアであったことを物語る.ローは音声模倣や賢さの収斂進化などについてもここで議論している.

第6章 最後の森の巨人

第6章はヒクイドリに当てられている.ヒクイドリはダチョウに次ぐ世界第二の大きさの鳥であり,森林の種子分散を司る生態系のキーストーン種でもある.そしてヒクイドリはガーデンバード(身近に観察可能な鳥)として(外敵を蹴り上げる習性から)最も危険な鳥でもある.ローは,ヒクイドリはその危険性がしばしば誇張され気味だったが,現在ではクイーンズランドの一部地域で地元のアイドル的存在になっていることをまず紹介している.
ヒクイドリ熱帯雨林の巨大動物群の最後の生き残りになる.ローは絶滅した新生代の巨大鳥類(南アメリカのフォルスコラス類,ユーラシアと北米のディアトリマ類,オーストラリアのドロモルニス類)を紹介し,さらにモアやエピオルニスのヒトの狩猟圧による絶滅,生物地理学の分散説と分断説の論争に果たした走鳥類の役割と走行性への進化が収斂であったこと,そしてさらに鳥類全体の系統との関わり(鳥類全体の最も古い分岐は古顎類と新顎類への分岐だが,この古顎類の現生の生き残りが走鳥類になる)などにも触れている.生態的にはヒクイドリは巨大な種子を分散できるオーストラリアで唯一の動物になる.ローはモアも含めて走鳥類と様々な巨大種子との共進化を解説している.

第7章 起源の中心としてのオーストラリア

第3章で鳴鳥類の,第5章でオウム類の起源地としてオーストラリアが紹介されたが,ローはここで現生鳥類全体の起源地の話題に進む.クレイクラフトは白亜紀末の大絶滅の後生き残った鳥類は南(特に当時小惑星激突の裏側にあった西南極周辺のゴンドワナ由来地)にいたのではないかと主張した.またエリクソンは2012年に分子系統樹から鳴鳥類,オウム類.ハヤブサ類はオーストラリア起源,カワセミ類,キツツキ類,ワシタカ類,フクロウ類はアフリカ起源だと主張した.
ここからローは,ノアの洪水的な生物地理観(空白地に単一起源地から生物が分散する),南説と北説の論争(化石は北を指し,分子は南を指す),分子生物学者と形態分類学者の相克など背景の混乱要因をまず語る.そしてカモ類とキジ類に話を進める.カモ類とキジ類は新顎類のなかでの古い分岐群になる(その他の新顎類と別れてからカモ類とキジ類に分岐している).カモ類の中ではまずサケビドリが分岐し,次にカササギガンが分岐し,残りがその他すべてのカモ類になる.そしてサケビドリとカササギガンの古い分岐はまたもオーストラリアの起源地としての性格を指し示す.確かに乾燥したオーストラリアにはカモ類は少ないが,現生のカモ類には独特のもの(ニオイガモ,サザナミオオハシガモ,シロガシラツクシガモなど)も多く,多様であり,それはかつての起源地での残存種だと考えると納得できるのだ.キジ類でもツカツクリは非常に古い分岐群であり,またもオーストラリア起源を示すように見える.ただしキジ類では化石は北起源を強く指し示している.(ロー自身はキジは欧州起源かもしれないとしている)
新顎類内の次の分岐はまだ定説がない.ローはエリクソンによるMetavesとCoronavesの分岐説にちょっと触れた後*3に,ハト類のゴンドワナ起源説を解説する.オーストラリアではハト類も独特だ.それはフルーツに特化できたこと,そして地上行動が多くなっていることに現れている.そしてドードーの最新の分子分析はこの巨大なハトのオーストラリア起源を強く示唆しているのだ.またハチドリ類はアマツバメ類と近縁だが,これらはオーストラリアのズクヨタカがそもそもの起源であるらしい.
ローは引き続き,最新の化石や分子分析によるリサーチ結果をいくつか紹介し(少なくとも複数の系統が白亜紀末の大絶滅を生き残ったらしいこと,分子の証拠と化石の証拠の不一致とそれを整合的に説明するいくつかの考え方,オーストラリアはワライカセミなどの巨大カワセミの産地だがそれは起源を指し示すというより後天的にトカゲを獲物とすることにより獲得された形質であるらしいこと,飛翔能力の優れた分類群については起源地を考えること自体があまり意味がないこと),さらにより広い南起源説について,陸橋の存在を巡る学説史やニュージーランドのオウムとミソサザイの独自性を考察する.そして最後に起源地としてのオーストラリア,ゴンドワナ由来地の重要性について総括している.

第8章 森を作るもの

オーストラリアの北部植物相はゴンドワナ由来植物相の上にアジアからの侵入種が入り交じったものだ.ローはここでこのような植物の分散に鳥が果たした役割に焦点を当てる.ミノバト,アオバト,ミカドバトなどのハト類は果実を飲み込んで種子を運ぶ.最古の果実食鳥は古顎類のツカツクリとなる.オーストラリア全体での種子分散者の重要性をランクづけると,ヒクイドリ,ハト,そしてオオコウモリの順序になる.北部亜熱帯地域ではカミカザリバト,ソデグロバトが重要な種子分散者であり,膨大な量の種子を分散し,森林を作り上げる.そしてこれらのハトたちの影響を無視してはオーストラリアやニューギニアの森林の植物相を理解することはできない.東南アジアで優越するフタバガキ類の種子分散は風に頼っており,そのためにオーストラリア区には分布を広げられなかったのだ.そしてそれは東南アジアには(サルやリスが存在するために)果実食ハトが分布していないからでもある.またアジアから戻ってきた鳴鳥で果実食に転じたものもいる.ローはここでオナガカラスモドキやオニカッコウの物語を語っている.
鳥による種子の分散は果実食鳥でなくとも生じる.ローは涉禽類やカモの脚や羽毛に乗って大洋間を分散したと思われる植物相(そしてそれがもたらした謎の解明の学説史)を解説している.

第9章 草と火

オーストラリアの大地は乾燥し,草原と火事抜きに語ることはできない.ユーカリとイネ科の植物が火事に適応しているというアイデアは1970年代に始めて現れる.ただしイネ科の植物の起源地はオーストラリアではない.花粉の化石の分析はオーストラリアではほかの大陸より数百万年遅く草原が現れたことを示している.そして当初オーストラリアからアジアに渡り,オウムやハトとの競争がない中で種子食になり(あるいは別の方法で)草原に適応した鳴鳥類がアジアから帰還した.北半球中心主義者の主張はセキレイ,ヒバリ,ヨシキリ,セッカ,ヒワについては正しかったのだ.
そしてオーストラリアでは戻ってきたヒワ類とオウム類の間で種子食を巡る競争が大規模に生じた.ヒワ類は小さな種子のある草原で有利になり,オウム類は仁(カーネル)の硬い大きめの種子が多い森林で優勢となった.その中でセキセイインコは乾燥地域と採餌地域を往復できる飛翔能力によって草原でのニッチを得た.
ここでローは保全の問題を扱っている.乾燥したオーストラリアでは植物だけでなく鳥類も火事に適応しているはずだ.しかしその詳細は明らかではなく,さらにアボリジニの定着が火事の様相をどう変えたかもよくわかっておらず,今後どのように火を管理することが保全に役立つかは研究課題となっている.また草原に適応した鳥類が家畜の放牧によって被る影響も明らかではないということのようだ.

第10章 海での生活

ここでローは海鳥類の話題に移る.海鳥は飛翔距離が膨大で,オーストラリア特有というわけではなく南半球共通の海鳥相になる.そこはアホウドリ,ミズナギドリ,ウミツバメたちの世界だ.これらミズナギドリ目の鳥類は,素晴らしい飛翔能力を誇って世界最強の西風に乗り,空中で眠り,嗅覚を発達させている.その多様性はオーストラリア,ニュージーランド近辺で最大になるが,それは天敵が容易に接近できないような繁殖適地が多いことによる.またニュージーランド近辺は海鳥にとって氷河期におけるレフュージアのひとつになったと思われる.ローは,ミズナギドリ類にみられる強い繁殖地へのこだわりを説明し,そのためにこの海鳥の楽園の多くがヒトの侵入や有胎盤類哺乳類の持ち込みにより危機に瀕していることにも触れている.

第11章 大陸間比較

ここはオーストラリアの鳥類の特異性についてのまとめと補完の章になる,オーストラリアは欧州や北米のような厳冬を持つ極端に偏った環境ではなくより熱帯的だったこと,そして貧栄養土壌により植物の過剰炭水化物が多かったことから,その鳥類も独特のものに進化していった.オーストラリアは花蜜に依存する大型鳥類を産み,防衛に値する樹木はその攻撃性を高めさせた.またミツスイ類との競争およびタンパク源をどう採るかについて様々な方策が試されて多様性が生まれた.例えばゴシキセイガイインコは花粉を食べ,キノボリは樹皮下の昆虫を狙うようになった.歯による種子の損傷がなく,飛翔により分散能力の高い鳥は樹木と共進化し緊密な関係をもつ森を作り上げた.これらが可能になったのは有胎盤類に比べて有袋類が多くのニッチを空白にしていたためでもある.樹上の果実は手つかずで,大型の草食獣も肉食補食獣もわずかしか存在しなかった.そしてそのユニークな生態系はヒトの侵入以降様々な影響を受けている.例えばハナバチの侵入後オーストラリアの花粉分散量は大きく下がっていると思われる.キツツキの侵入はキノボリ類,そして樹皮下の昆虫を食べるオウム類に深刻な影響を与えつつある.このほかにもフクロウ,ムクドリツグミ,カラス,トキが最近侵入を果たしている.ヤドリギに特化したヤドリギハナドリの侵入は,オーストラリアでのヤドリギ利用者だったミミジロセグロミツスイを窮地に陥れつつある.
ローは続いて残されたオーストラリア鳥類の謎を数多く挙げている.ミツスイがなぜ今のような形態に進化したのか,カササギフエガラスの特異性はどこから来たのかなど,なかなか細かいが考えてみるとまだまだ説明できないことが多いことがよくわかる.そして最後に各地理区の鳥類の特徴をまとめて比較し,やはりオーストラリアは進化的生態的にみて飛び抜けて独特であることを強調している.

第12章 ヒトと鳥

ローは最後にオーストラリアの鳥とヒトとの関係の歴史を扱う.当然ながら最近までは,鳥は単なる資源として,あるいは害鳥として扱われるだけの歴史だった.
ヒトがオーストラリアに渡ってきたのち,巨大なカモであるゲニオルニスは絶滅に追い込まれ,本土からカヌーでたどり着ける海鳥の繁殖地はほぼ壊滅したと思われる.ヨーロッパ人の入植後は銃と大型の船が利用可能になり,鳥の資源利用のスケールは大幅に拡大した.ペンギンを含むありとあらゆる鳥が撃たれ食べられた.19世紀後半以降規制もされるようになったが,1960年代まで,ハシボソミズナギドリのヒナは日焼けオイルの成分として,卵は食糧として「収穫」され続けた.エミュは小麦を荒らすものとして駆除され,オーストラリア市民はカモのほかにオウムやワライカセミを狩猟鳥として捕って食べていた.オウム類は欧州でペットとしての人気が高まり,乾燥に強く種子だけ与えればよいセキセイインコとキンカチョウが大量に輸出された.
保全や保護は20世紀の初めからの動きだ.最初は害虫を駆除するものとしてコトドリが注目された.これは今日の「生態系サービス」概念につながるものだ.そして2つの大戦をはさみ,コトドリ,エミュ,フウチョウはナショナルアイコンになった*4.ローは最後にバードウォッチングの興隆,野鳥への給餌の是非,オーストラリア特有の保全問題*5を描いて本書を終えている.

オーストラリアはバードウォッチャーにとって楽しいところだ.旧北区とも東洋区とも全く異なる鳥の世界であり,目につくものみな珍しい.固有の鳥としてのワライカセミやコクチョウは有名だし,都市部ではクロトキがゴミ箱をあさり,ツチスドリやフエガラスなどのツートンカラーの鳥が頭上を飛び回り,ゴシキセイガイインコなどの色鮮やかなオウム類が街路樹に群がる.しかしその様々な特性がどこから来るのかについてこれまであまり解説を見たことがなかった.本書は単に孤立した大陸であったというだけでなく,どのような条件や原因が積み重なって固有の特徴が生まれているのかを実に説得的に解説してくれる.それはまず貧栄養土壌による植物の過剰炭水化物の排出による環境条件であり,サルやリスの生態的地位を有袋類が埋めずに鳥類がそこに侵入できたことにある.そしてもう1つは視点の転換で,オーストラリアは鳴鳥類を含む様々な鳥類の起源地であり,欧州や北米こそ厳しい冬による高い死亡率と渡りという習性を持たざるを得ない(鳥類進化史からみた)辺境の地であったことによるのだ.そして本書はその詳細がまた楽しい.生物地理,進化生態,鳥類に,そしてもちろんオーストラリアでのバードウォッチングに興味のある人には読み出したら止まらない充実の一冊だ.


関連書籍

ティム・ローの本.
これはヒトと野生生物との関わり全般を扱ったもの

The New Nature

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侵入外来種問題をあつかったもの

Feral Future: The Untold Story of Australia's Exotic Invaders

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1990年頃に続け様に出されている本.上2冊は写真集(coffee table book)らしい.下2冊はガイドブック.いずれも入手は困難なようだ.

Bush Medicine: A Pharmacopoeia of Natural Remedies

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Bush Tucker: Australia's Wild Food Harvest

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Wild Food Plants of Australia

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Wild Herbs of Australia (Oe)

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これは私が昔オーストラリアで見かけた鳥だ.朝公園を散歩しているだけでこういう感じのいろいろな独特の鳥に出会える.上からコクチョウ,アカミミダレミツスイ,クビワアカツクシガモ,ゴシキセイガイインコになる.




*1:スズメ目の分類は分子系統分析が進んでかなりややこしいことになっている.まずスズメ目Passeriformesがあり,その中からタイランチョウやイワサザイを除いたものがスズメ亜目Passeri(Oscines),さらにコトドリ,クサムラドリなどを除いたものがスズメ小目Passerida,さらにカラス類を除いたものがスズメ上科Passeridaeとされる.これ以外にもいろいろな分類が提唱されているようだ.

*2:その1人は若き日のスティーヴン・ジェイ・グールドだったそうだ

*3:Metaves全体の南起源説も一部で主張されている

*4:もっとも現在はコアラに押されてそのアイコン性は薄くなったそうだ.

*5:英国と異なり中大型の鳥が多く,現状の都市部の鳥相が歪んでいることからいろいろ難しい問題が生じるそうだ